⑫ アルツェークへ
かくしてキアーラの提案はそのまま採用されることとなった。
王都からアルツェークまで馬車で五日かかる。
一時も無駄にはできない!とキアーラは大張り切りで用意周到に準備を整え、長期休暇初日の早朝に私たちは王都を出発した。
馬車にはキアーラと私、『レオ様を可愛くし隊』の隊員でもあるキアーラの侍女が二人。
私は王都から出るのは初めてで、馬車の窓から見えるもの全てが珍しい。
キアーラたちはあれこれ指さしながら私にいろいろなことを教えてくれる。
四人で楽しくおしゃべりをしながらの旅だ。
そして、馬車の外には、シストレイン子爵家に仕える騎士が二人と、なぜかマックスが馬に乗って馬車に並走している。
キルシュと国境を接しているアルツェークには、キルシュ南部に続く街道が通っているのだ。
マックスの家があるキルシュの帝都は北部側に位置しているので、この街道を通ると遠回りになるのだけど、帰省の往復で私たちに同行するようにとジークに頼まれたらしい。
帰省といっても家と関係者にのところに顔を出してすぐにアレグリンドに帰ってくるつもりだから、往路はともかく復路は予定が合わないとマックスは言ったけど、
「まあ!それなら、是非アルツェークの我が家に滞在してくださいませ!夏には大規模な魔獣狩りが恒例行事なのです。マックス様が参加してくださったらとても助かります。私の家族も大歓迎いたしますわ!」
とキアーラに言われ、魔獣狩りに興味を惹かれたらしく承諾してくれた。
私としても知り合いが一人でも多い方が心強い。
キアーラの家族は本当に大歓迎してくれた。
キアーラの両親であるシストレイン子爵夫妻、嫡男のファーガスさんとその家族、次男のカイルさんが総出で邸宅の前で出迎えてくれたのだ。
「お出迎えありがとうございます。レオナ・リザルドと申します。しばらくお世話になります。よろしくお願いいたします」
私は旅装のドレスのスカートを広げて淑女の礼をとった。
本名を名乗るわけにはいかないので、ここではあだ名がレオになるような偽名を使うことにしている。
リザルドというのは母の旧姓だ。
キアーラの家族は私の正体を知っているけど、表向きはキアーラの学友で王都の下級騎士の娘という設定になっている。
「マクスウェル・ハインツです。キルシュからの留学生です。お世話になります」
続いて騎士の礼をとったマックスに、カイルさんが反応した。
「ハインツ?って、火竜のハインツ!?もしかしてその仮面は」
「カイル兄様!」
キアーラと同じ碧の瞳を好奇心に輝かせてマックスに迫る兄を、キアーラが険しい顔で咎めた。
カイルさんははっととしたように周りを見まわし、それから小声でマックスに詫びて引き下がった。
火竜のハインツってなんだろう?
侍女と侍従たちが私たちの荷物を運んでいるのを眺めていると、キアーラとマックスが私に説明してくれた。
「言い伝えで証拠などはないが、ハインツ家は火竜の子孫なのだそうだ。だから、今でも数代に一人くらいの割合で赤い鱗のような模様を体の一部にもつ子が産まれる。その模様をもつ子は火竜の力を受け継いで魔力や身体能力に秀でていると言われている。槍の名手だった曾祖父は背中に模様があったらしいが、俺は顔の左側に出てしまった」
私は一度だけマックスの仮面の下を見たときのことを思い出した。
あの赤い模様は、確かに鱗のように見えなくもない。
手で触った感触では、鱗のような硬さはなくただの肌でしかなかったはずだけど。
あの模様にはそのような意味があったのか。
「ジークたちは知っていると思っていたが、キアーラ嬢も知ってたんだな」
「はい……我が家はキルシュとも付きあいが多いので、情報もはいってきますので。ごめんなさい、無神経な兄で……」
「いや、いいんだ。キルシュでは知られた話だ」
気まずい顔で頭を下げるキアーラに、マックスは首をふった。
私は全く知らなかった。
ジークも知ってるなら教えてくれてもいいのにと思ったけど、仮面を被ってまで隠していることだから敢えてなにも言わなかったのだろうと思い直した。
シストレイン子爵家の人々は物凄く親切だった。
私の立場を理解しつつ、お忍びということで私のことをキアーラの学友として扱ってくれるのがとても有難い。
その距離感は、貴族というよりは前世でいうところの親しい親戚くらいの感じだ。
私は子爵夫妻をおじ様おば様、ファーガスさんとカイルさんを兄様、ファーガス氏の奥方のアネッタさんをお姉様と呼ぶことになった。
おば様とお姉様は即座に『レオ様を可愛くし隊』の隊員となり、私はおば様の若いころのドレスやアルツェーク地方の民族衣装なんかで着せ替え人形をさせられた。
マックスも男性陣に気に入られ、特に弟が欲しかったというカイル兄様に構い倒されていた。
王族の端くれである私はこのように扱われたことがなく、最初は戸惑ったけどすぐに馴染んだ。
マックスはもっと馴染むのが早く、邸宅に到着した翌日の晩餐にはカイル兄様とマックスが狩ってきた魔獣の肉が饗されるほどだった。
私にとってシストレイン子爵家はとても居心地がよかった。
マックスもここでは柔らかい表情をすることが多くなった。
十日くらいで戻ってくると単騎でキルシュに帰省したマックスは七日で戻ってきてシストレイン子爵家の騎士たちに混ざって狩りやら訓練やらするようになった。
あまり自分のことを語らないマックスも、私と同じように複雑な家庭の事情があるのかもしれない。
私も着せ替え人形だけやっているわけではない。
アルツェークに来た本来の目的のため、キアーラと魔獣狩りをすることになった。
「まずは小さな魔獣からですわね。ちょうどいい場所があるのです!」
連れてこられたのは清らかな水が流れる小川だった。
「今の時期にこの辺りでは黄色い蛙の形をしたルルグという魔獣が出るのです。最初は掌に乗るくらいの大きさなのですけど、成長が早くて冬には犬くらいの大きさになります。ぴょんぴょん跳んで狩るのが面倒なので、今のうちにできるだけ数を減らしておきたいのです」
ついでだから、とキアーラは小川に釣り糸を垂らした。運がよければ美味しい魚が手に入るそうだ。
さらについでだからと、魔獣を探しながら食べられる野草などを教えてもらい摘んでいった。
山菜や木の実や茸で手にしたバスケットが半分くらい埋まったころ、やっと目当ての魔獣を見つけた。
「レオ様、あれですわ」
キアーラが指さした先には黄色っぽい色をした蛙が二十匹くらい群れていた。
「今回は私がいきますね。レオ様は見ていてください」
キアーラは腰からナイフを抜くと逆手に構えて足音を殺して群れに近づいた。
そして、地面を蹴って一気に距離を縮めると、素早くナイフを振りかざして一番近くにいた一匹に突き刺した。ゲコゲコ鳴きながら逃げ出した魔獣たちに追いすがり、連続でナイフを振るって一匹ずつ屠っていく。
騎士科を履修しているわけではないのに、無駄のない動きだった。
でも……効率悪くない?
実際、数匹は逃がしてしまったようだ。
「さあ、魔石を回収しましょう。手伝ってくださいませ」
見える範囲の魔獣をすべて倒した後、キアーラはいい笑顔で額の汗を拭った。
私はまた教えてもらいながらナイフで魔獣の腹を切り裂き、心臓のあたりにある魔石を取り出していった。
正直、蛙に触るのは気持ち悪かったけど、そんなことを言っていられない。
これが私に課せられた試練なのだ。
キアーラと私が持つナイフは、ジークがくれたお揃いのものだ。
王家の紋章は入っていないけど、マックスのナイフと同じように強化と自己修復の付加魔法がかけられている。
キアーラはまた私とのお揃いが増えたと喜んでいた。
切れ味抜群のナイフのおかげもあり、魔石の回収はすぐに終わった。
魔石は浄化魔法をかけてから袋にいれ、残った魔獣の死体は他にとれる素材もないとのことなのでまとめて燃やした。
しばらく歩き回って、また同じ魔獣の群れを見つけた。
「レオ様、いってみますか?」
「うん……ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ええ。なにかあったら私が助けに入りますわ。なにをなさるのですか?」
口で説明するより見せる方が早いと、私は風魔法を起動させた。
家政科の授業で作り出した、 自動で動いて掃除をしてくれる某掃除機のイメージの魔法だ。
魔法を組み上げて魔獣の群れに向かって放つと、小さなつむじ風が魔獣をクルクルと巻きこみながら群れの中をスイスイ移動し、全ての魔獣を逃すことなく一つの場所に集めた。
そこにぽんと火魔法を放り込むと、一気にこんがり焼きルルグの出来上がりだ。
「まあ!それは、あのお掃除の魔法ではありませんか!こんな使い方ができるなんて、すごいですわ!」
キアーラは碧の瞳をこぼれそうなほど見開いて称賛の声を上げた。
「弱くて小さい魔獣だからできるんじゃないかと思ったんだ。上手くいってよかったよ」
なんとかやっていけそうな感触に、私はほっと胸を撫でおろした。
こうして私の人生初の魔獣退治は成功に終わった。