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⑪ キアーラの提案

 ローレンス一味が全員捕縛された後、私とキアーラとマックスは馬車に放り込まれてシストレイン子爵家のタウンハウスに送り返された。

 エリオットとフェリクスは事後処理に奔走し、もう完全に日が落ちて夜になったころにジークと三人でタウンハウスにやってきた。

 今夜のジークは髪を染めておらず、王太子に相応しい艶やかな衣装に身を包んでいる。

 いつもは気安く親切な家令や侍女たちもジークの正体に気づいたらしく、青ざめた顔になったのが申し訳なかった。


「ローレンスはマックスとレオがローグ屋台の常連だということを突き止め、屋台の店主の妹を攫って店主を脅して毒を盛らせたらしい。

 店主が洗いざらい話してくれたよ。証言を元に、人質になっていた妹も無事に保護することができた。

 ローグを調べたところ、中毒性の強い麻薬の一種が検出された。それから、レオに渡されたローグには媚薬の成分も含まれていた。どちらもアレグリンドでは違法薬物に指定されているものだ」


 媚薬。私は全身から血が引くのを感じた。


「ローレンスはあの面だから、媚薬を使えばレオを篭絡できると確信していたようだ。ついでに麻薬でマックスまでいいように操ろうと企んでいた」


 もしマックスがいなかったら。

 マックスがローグに毒が盛られていることに気がつかなかったら。

 私は今頃どうなっていたのだろうか。

 ローレンスは宿がどうとか言っていた。

 そこで私になにをするつもりだったのか、考えたくもない。


 寒気がしてぎゅっと手を握りしめた私の肩をキアーラが抱きしめてくれた。


「ローレンスは終身刑。炭鉱かどこかで死ぬまで強制労働だ。パーカー商会は、頭を挿げ替え、王家御用達という文言を今後一切使えなくなる。温いと思われるかもしれないけど、お忍びで街歩きをしていた以上、この一件を公にするわけにはいかない。これくらいが妥当だと僕は思う」


 それからジークはマックスに視線を向けた。


「マックス。体調はどう?」


「ああ、どこもなんともない。大丈夫だ」


 タウンハウスに着いてすぐ医者をよんでもらってた。

 毒が効きにくいというのは本当のようで、なにも異常はないという診察結果だった。


 ただ、仮面が壊れてしまったので今は顔の左側に包帯をぐるぐる巻いてある。

 私が巻いたので赤い髪も乱れてなんだか妙な形になっているが、一時的なことなので許してほしい。


「敢えて毒を喰らったと聞いたときは肝が冷えた。あまり無茶をしないでくれ」


「ああ……気をつける」


 こんなことを言いながら、この人はまた同じ状況になったら同じことをするだろう。


「きみがいなかったら、レオがどうなっていたかわからない。レオを守ってくれてありがとう。父上もきみにはとても感謝していて、褒賞を与えたいと言っている。なにか望みがあるなら言ってくれ。きみじゃなくて、きみの家にでもいい」


 マックスは頭を振って即答した。


「なにもいらない。家にもなにもしなくていい。というか、家には連絡もしないでくれ。俺がこっちの王族と関わってると知れたら面倒なことになる」


「本当になにもいらないの?」


「ああ、なにもいらない。どうしてもというのなら、ローグ屋台の店主の減刑を頼む」


「そこは心配ない。状況が状況だから、重い罪には問わないよ。それ以外、なにも望まないんだね?」


 マックスが頷くと、ジークはふっと笑み漏らした。


「きっとそう言うと思っていた。だから、こんなものを用意してみた。エリオット」


 エリオットが手渡したのは大振りなナイフだった。

 柄にも鞘にも装飾はなく、実用一辺倒といった造りに見える。


「強化と自己修復の付加魔法がかけてある。ナイフとしても業物だ。でも、それだけじゃない。抜いて魔力を流してみてくれ」


 マックスが言われた通りにすると、刃の中央のあたりにアレグリンド王家の紋章がくっきりと浮かび上がった。


「それはマックスとアレグリンド王家の繋がりを示すものだ。簡単に言うと、きみが僕たちに貸しがあるってことの証明になる。それをいつどのように使うかはきみ次第。できる限りきみの力になると約束しよう。ちなみに、その紋章を現わせることができるのはきみの魔力だけだから、もしナイフが盗まれても悪用されることはない」


 マックスは紫紺の瞳を驚きに見開いてじっと紋章を見つめ、それから微かに眉を寄せてジークに視線を向けた。


「……いいのか?これに見合うほどの働きをしたとは思えないのだが」


「レオを救ってくれたじゃないか。レオの命がそんなに軽いと思う?僕としてはあと五本くらい同じナイフを下賜したいくらいだ。ちゃんと父上の許可はとってある。遠慮なく貰っておいてくれ」


「……わかった。それなら、有難く受け取ることにする」


 ジークは満足げに頷いて、今度はキアーラに視線を向けた。


「それから、キアーラ。きみは……」


「私もなにもいりませんわ!シストレイン子爵家も、なにも望みません!あ、でも、できたらでいいんですけれど、紋章がついていないマックス様と同じようなナイフが頂けたら嬉しいです」


 キアーラはきっぱりと言い切った後に、思いついたように付け足した。


「わかった。用意させよう。キアーラも大活躍だったらしいね」


「そんな、私は大したことはしておりませんわ」


 私たちと分かれてフェリクスの元に向かう途中で、キアーラとエリオットもローレンスが雇った男たちに囲まれたのだ。

 隠れていた護衛が現れるまでの間に、エリオットは得意の土魔法で一人を拘束し、キアーラも素手で一人を叩き伏せた。相手もまさかキアーラがそんな動きをするとは思わず不意を突かれた形となった。

 そこまではよかったのだが、残った男に魔法をそこそこ巧みに使うものがいて、その対応に手間取り、私たちのところにフェリクスたちが着くのが遅れてしまったそうだ。


 つまり、なにもできなかったのは私だけなのだ。


 マックスもエリオットもキアーラまでも果敢に立ち向かったというのに。

 いくら前世でのトラウマがあるとはいえ、前世と合計するともう四十年以上生きているというのに。 


 私は心底自分が情けなくなった。

 

 落ち込んでいる私に、さらに追い打ちがかけられた。


「レオ。おまえは騎士科を止めろ」


 私に厳しい声をかけたのは、意外にもフェリクスだった。


「おまえはローレンスくらい簡単に吹き飛ばせたはずだ。戦闘訓練だったらあんな弱っちいやつにお前が負けることはない。それなのに、今日のザマはなんだ。

 おまえには剣を持つ覚悟がない。訓練と実戦は違うということが理解できていない。なにも考えず、なんとなく訓練しているからこんなことになるんだ」


 その通りだ、と私も思う。

 なにも言い返すこともできず、私は項垂れた。


「護衛をする立場からしたら、なにもできないやつ、自分の身くらいは守れるやつ、そこそこ戦えるやつで、それぞれにどう守るかが変わる。

 一番厄介なのが、戦えるつもりで実際はなにもできないやつだ。中途半端なのが一番危ない。

 今のレオは正にそれだろ。

 このまま中途半端でいるくらいなら、すっぱり騎士科は諦めろ。二度と剣に触るな。その方がよほど安全だ。次になにかあったら、今度こそ無事では済まないかもしれない。 

 護衛対象を守りきれなかったら、俺たち護衛の首が飛ぶ。いくら王族でも護衛の邪魔をするような、守る価値のないやつのために命を張るのはごめんだ」


 いつもは軽口ばかりたたいて私には甘いフェリクスだから、余計に心に突き刺さった。


 室内にしんと重い沈黙が満ちた。

 誰もなにも言わないのは、フェリクスの言うことが正しいからだ。


 しばらくした後、溜息とともに沈黙を破ったのはエリオットだった。


「フェリクスの言うことは尤もだ。ただ、僕たちにも責任はある。過保護にしすぎた」


「そうだね。レオが心配で、囲い込んでしまっていた。今の今までそれに気がつかなかった僕たちの責任でもある」


 ジークもエリオットに同意し、さらに室内の空気が重くなった。


「僭越ながら、提案がございます」


 それを破ったのは、今度はキアーラだった。


「……聞こう」


「もうすぐ夏の長期休暇に入ります。レオ様には休暇の間、アルツェークで過ごしていただいてはどうかと思うのです」


 アルツェークとは、シストレイン子爵の領地でキアーラの生まれ故郷のことだ。

 キルシュとの国境に接して、自然が豊かで食べ物が美味しいと以前にキアーラが言っていた。


「レオ様には経験も足りていないのではないでしょうか。アルツェークの森には魔獣がでます。キルシュに続く街道には、稀に盗賊がでることもあります。私が即座に動けたのは、そこでの実戦経験があるからです。レオ様も私と同じように経験を積んでいただきましょう。

 王都の中にいるだけではわからないこともたくさんあります。学園の授業や訓練で学んだことも、実践なしで完全に理解するのは難しいこともあるかと思います。

 その上でやはり覚悟が持てないというのなら、フェリクス様のおっしゃったように次の学年から騎士科は辞める、としてはいかがでしょうか。

 なにも今すぐ騎士科を諦める必要はないと思うのです。レオ様の今までの努力がなかったことになるのはあんまりです。レオ様に学ぶ機会を与えてあげてくださいませ」


 王立学園は、夏に二か月の長期休暇があり、休暇明けに次の学年に進級する。

 キアーラのその提案は、私にとって飛びつきたいくらい魅力的だった。

 というか、そのようにできないかキアーラとジークに頼んでみようとおもっていたところだったのだ。


 でも、ジークはどう思うだろうか。


「……悪くない。悪くない提案だ、と思う。けど、即答はできない。一度持ち帰って父上とも相談しないといけない」


 ジークはエリオットとフェリクスと視線を交わし、三人で頷きあった。


「キアーラ、マックス。きみたちがいてくれてよかった。これからも僕たちの良き友人でいてほしい」


 ジークが笑顔を見せ、やっと穏やかな空気が戻った。

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