㉚ 四人の結婚式
アレグリンドに帰国してから半年後。
ついにジークとキアーラの結婚式が行われる日を迎えた。
純白の豪華な花嫁衣裳に身を包んだキアーラの傍らに……私も同じくらい豪華な花嫁衣裳を着て立っていた。
それぞれにデザインは違うけど、よく見ると同じレースが使われていたりと、お揃いといってもいい衣装になっている。
「キアーラ……本当に、これでよかったのかな」
「もちろんですわ!私、レオ様と結婚できてとても嬉しいです!」
その言い方は語弊がある、と思いつつも本当に嬉しそうなキアーラに訂正できなかった。
言うまでもなく、私とキアーラが結婚するわけではない。
なぜか今日、私とマックスも同時に同じ場所で結婚式を挙げることになってしまったのだ。
いくらなんでも王太子殿下と合同で結婚式なんて無茶だ!と主張したのだけど、私とマックスは救国の英雄だから、と聞き入れてもらえなかった。
私がジークの身代りになると決まってから密かに王妃様が式の準備を進めてくれていたようで、私は衣装合わせをしたくらいでほとんどなにもしていない。
ジークがくれたタウンハウスも、おば様の采配で先日やっと内装工事が終わったので式の数日後には引っ越すことになっている。
「義姉上!キアーラ様!とてもおきれいです!」
花嫁の控室に元気よく飛び込んできたのはアーネストくんだ。
アーネストくんはかつてのマックスのように学生寮に住んでいて、すぐに友達もできたとのことで楽しそうに学生生活を謳歌している。
その後から入ってきたのは、キアーラの家族と、エリオットとフェリクスだった。
それぞれ口々に私とキアーラの花嫁姿を褒めたたえてくれた。
「レオが……僕の妹が、お嫁に行くなんて……一発くらいマックスを殴っても許されるのでは」
「いくらなんでも早すぎる!まだ二十歳にもなってないのに!」
「おまえら、まだそんなこと言ってるのか……いい加減に現実を受け入れろよ」
涙目でなにか言っているエリオットとフェリクスをカイル兄様が宥めていた。
そうこうしているうちに挙式の時間が迫り、私とキアーラとおじ様を残して全員がバタバタと式場へと去って行った。
「二人とも本当にきれいだよ。王都中が見惚れることだろう。さあ、私たちも行こうか」
「はい、お父様」
「はい、おじ様。参りましょう」
私とキアーラは左右からおじ様の腕につかまって、三人で並んで式場になっている大広間へと向かった。
大広間の扉の前で、私たちは立ち止まった。
「緊張しますわね……」
「そうだね。ドキドキしてきた……」
「大丈夫だよ。リハーサル通りにするだけだから」
硬くなる私とキアーラを、おじ様はいつも通り穏やかに励ましてくれた。
「おっと、いらっしゃったよ。残念ながら、両手に花もここまでのようだ」
おじ様の視線の先には。
「陛下」
「レオノーラ、今日は叔父と呼んでほしい」
慈愛に満ちた青い瞳で陛下は微笑み、私に手を差し出した。
「叔父様……お願いします」
私はその手をとり、エスコートをされる姿勢になった。
本来、私とマックスの結婚式はジークたちの一か月後くらいにひっそりと行うつもりだった。
だから、ジークが私とバージンロードを歩いてくれるものだと思っていた。
それなのに、キルシュのいざこざがあったせいで、それができなくなってしまったのだ。
エリオットとフェリクスはジークの側近だから、ジークの側で控えていないといけないので無理。
カイル兄様もキアーラの親族席にいないといけない。
それなら、サリオ師か学園長かに頼むか……と思っていたところ、名乗りを挙げたのが陛下だった。
この時も流石にそんなわけにはいかない!と私は主張したけど、叔父としての当然の権利だと言われて押し切られてしまった。
ジークの……王太子殿下の結婚式だというのに、私の方が目立ってしまっていいのだろうか。
というか、陛下だってジークの父親なのに。
なんて今更思っても遅いのだけど。
重々しい音をたてて扉が開かれ、私たち四人は横一列に並んでゆっくりとバージンロードの上をゆっくりと歩き出した。
バージンロードの両脇には、アレグリンドの貴族、お世話になった人たち、旧キルシュの貴族が数人、それからお義父様とセールズ義兄様とアルディス兄様がアーネストくんと並んでいる。
皆が嬉しそうな顔をしている中、お義父様だけが厳しい顔をしているように見えるのは……あれは、きっと涙を堪えているのだろう。
表情と裏腹に、お義父様の瞳には優しい光があるのが見えた。
「きれいになったな、レオノーラ」
「ありがとうございます、へ……叔父様」
うっかり陛下と言いそうになって慌てて言い直した。
「アイリーンもきっと喜んでいることだろう。兄上も、な」
「……はい」
あれ以来、父には一度も会っていないけど、私が結婚することは父に知らされているそうだ。
できれば祝福していてほしい、と思っている。
「マックスと二人で、これからもジークを支えてやってくれ」
「もちろんです、叔父様」
「だが、その前に。幸せになれ。いいな?」
「はい。私、幸せになります」
煌びやかな礼装と幸せオーラを纏ったジークはいつもの六割増しくらいで麗しく、少し離れて壇上に立つマックスは装飾の多めな騎士の礼装姿で、鍛えられた長身と左頬の火竜の紋も手伝ってジークに負けないくらいの存在感を放っている。
二人とも方向性は違うけど、この盛大な式の新郎として相応しい装いだ。
私とキアーラは頬を赤くしながらそれぞれの伴侶の手をとった。
「レオ……とてもきれいだ。他になんといっていいのかわからない」
「マックスも、すごくカッコいいよ」
ジークとキアーラも同じような会話をしているのが聞こえた。
私たちは並んで誓いの言葉を交わし、それからキスをした。
二組の恋人たちが二組の夫婦になった瞬間だった。
キアーラはキアーラ・シストレインからキアーラ・エル・アレグリンドとなり、王太子妃としてアレグリンド王家の一員となった。
一方王族籍から抜けて貴族となった私はレオノーラ・エル・アレグリンドから、レオノーラ・エル・リザルドとなり、同時に侯爵夫人となった。
エルというミドルネームは元王族であることを示し、私の子に受け継がれることはない。
それからマックスはマクスウェル・ハインツから、侯爵夫人の婿としてマクスウェル・リザルドとなり、ついでだからと伯爵位まで与えられた。
そんなついでってある?とこれも辞退しようとしたけど、海辺の領地を与えるからと言われて黙るしかなかった。
私たちは王都が広く見渡せるバルコニーへと移動した。
王城の外には市民が押し寄せ、お祭り騒ぎになっているのが見えた。
ジークがキアーラの手を取り、バルコニー中央に進み出て手を振ると、わあっと王城全体が震えるほどの歓声が上がった。
私は二人の少し後ろの控えるような位置でマックスの手を握り、意識を集中してマックスの魔力を引き出した。
バルコニーの前に七羽の鳳凰が出現し、派手な飾りのついた翼を羽ばたかせた。
遠くからも見えるように大き目に創った鳳凰はそれぞれに異なる色の火花を振りまきながら王城の上空を旋回し空に七色の筋を描いて、驚き混じりの歓声が上がった。
もちろんこれで終わりではない。
私はさらに意識を集中し、ジークたちの正面に大きな火竜を出現させた。
火竜は長大な体をくねらせて金色の火花の尾を引きながら集まった市民の頭上を悠々と泳ぎ、それから鳳凰たちのいる上空へと上がっていった。
火竜が七色の筋に触れる寸前で、鳳凰は次々にドンと大きな音をたてて炸裂し、七色の火花をまき散らして消えた。
その火花が全て空中でかき消えたころ、火竜も無数の金色の火花となり王都全体に祝福の光を降らせるようにして姿を消した。
派手な演出は上手くいったようで、大きな歓声がまだ続いている。
ジークたちの新たな門出に花を添えることができて、私とマックスは満足の笑みを交わした。