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㉘ お義父様

 食事が終わった後、私はハインツ伯爵もといお義父様と向かい合わせでサロンのカウチに座っていた。

 マックスはセールズ義兄様たちにどこかに連れていかれてしまったので、ここにいるのは二人だけだ。


「……」


「……」


 お義父様はなにも言わずに私をじっと見ている。

 今さならがら、息子の婚約者として値踏みしているのだろうか。


 しばらく待ってもお義父様は黙ったままだったので、私から口を開くことにした。


「マックスは、お義父様に似ているのですね」


 陽気で豪快な長男、セールズ義兄様。

 優しげで苦労性な次男、アルディス義兄様。

 最近はそうでもなくなったけど、寡黙で不愛想で無表情な三男、マックス。


 見た目もだけど、中身もマックスが一番父親に似ていると思う。


「クーデターの前に私がお義父様に話をしたいと言ったのは、マックスに危険な役目を押しつけ上で雑に扱ったことに一言文句を言いたかったからです。もちろん、婚約者の家族がどのような方なのか知りたかった、というのもありますけど」


 私がはっきりと言うと、お義父様は厳めしい顔を少し俯けた。


「……そうでしょうな。わかっておりました。信じていただけるかわかりませんが……あの時、私はただ、末息子に会いたかっただけなのです。もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれないからと……しかし、いざマックスを前にすると、なにも言葉が出てこなくて……雑に扱ったように見えてもおかしくなかった、と反省しています」


 あの時は私は腹が立って仕方がなかったけど、今は違う。


 こうして向かい合ってみて、お義父様は優しい人なのだとなんとなくわかった。

 ただ、不器用なのと無表情なので、それがとても伝わりにくいのだ。

 思えばかつてのマックスもそんな感じだった。

 やっぱりマックスとお義父様は親子なのだ。


「レオノーラ姫は……マックスから、私たち家族のことを聞いておられますか?」


「いえ、あまり。最低限くらいのことしか聞いていません。マックスはキルシュでのことをほとんど話さないので、私も尋ねることをしませんでした」


「そうですか……それも無理からぬことでしょう。私が不甲斐なかったばっかりに、あれには辛い思いをさせてしまいました」


 お義父様は視線で私の左手にある赤い石の指輪を示した。


「その指輪は、私があれの母親に贈ったものです。あれと母親を正式に引き取り、私の息子として届けを出した時に」


「そう、だったのですか」


 これはお義父様にとっても思い出深い指輪だったようだ。


「あれをアレグリンドに留学させたのは、苦肉の策だったのですが、思わぬ結果になりました。親としては子が巣立っていくのは寂しい気持ちもありますが、貴女とならあれも上手くやっていけるでしょう」


 と、いうことは、つまり?


「私を……マックスの伴侶として、認めてくださるのですか?」


 私とマックスの婚約は、ある意味アレグリンド側が勝手に決めたものだ。

 お義父様がそれに対してどう思っているのか、私はずっと気になっていた。


「マックスにはもったいないくらいの良縁だと思っています」


 相変わらず無表情ながら、お義父様が本気でそう言っているのが伝わってきて、私はほっと胸を撫でおろした。

 今更私とマックスの婚約が覆ることはないと思うけど、反対されなくてよかった。


「むしろ、私からお訊ききしたい。本当にマックスでよろしいのですか?貴女なら、もっと条件のいい相手がいくらでもいるでしょう」


 セールズ義兄様にも疑われていた。お義父様も同じ疑問を持つのは当然だろう。


「条件だけを見るなら、そうなのかもしれません。でも私は、何度もマックスに命を救われましたから」


「その恩に報いるために結婚するのですか?」


「そうではありません。いや、全く違うというわけでもないのですけど……私たちの結婚はお互いに望んだことです。結果的にいくつかの方面で都合がいいことになっていますけど、政略結婚ではありません。私たちは、何年も前から少しずつ関係を築いてきたのです」


 最初はジークたちを間に挟んでの付き合いでしかなかった。

 それからいろんなことがあって、周囲にも認められて婚約するまでになった。

 神様がいるのなら、マックスと出会わせてくれたことに感謝の祈りを捧げたいくらいだ。


「アルディスからも、アレグリンドの方たちからも、貴女とマックスの話を聞きました。それから王太子殿下が気を利かせてくださって、貴女が関わったことの記録や報告書の写しなどを見せてくださいました。そこにはほぼ必ずマックスの名前があり、驚きました。あれはアレグリンドで随分と活躍していたようですね」


 ジーク……いや、エリオットかな。そんなのを持ってきてくれていたなんて知らなかった。

 私とマックスの名前が記されている書類はいくつもあっただろう。

 そして、それを読んだら私たちが本当に助け合ってきたことをわかってもらえると思う。


「マックスもまた、貴女に命を救われたということがよくわかりました。命だけでなく、心も救われているようですね。あれが仮面を外すことができたのは、貴女のおかげなのでしょう。父として礼を言います。マックスを救ってくださってありがとうございました」


 お義父様は私に深々と頭を下げた。


 やっぱり……お義父様はマックスのことを大切に思っているのだ。

 なのに残念ながら、マックスにそれが伝わっていない。

 キルシュはアレグリンドの一部になるので、これからは私たちも行き来が簡単になる。

 会える機会もたくさんあるはずだ。

 時間をかけてマックスと家族の溝が埋まるように、私も手助けをしよう。

 それができるのは、きっと私だけだ。


「お義父様。いくつか私のお願いを聞いてくださいませんか」


「なんなりと」


 お義父様は鷹揚に頷いてくれた。

 それならば、と私は多少図々しくなることにした。


「まだいつになるかはわからないのですが、私とマックスの結婚式に参列してください」


「喜んで。なにを置いてでも駆けつけましょう」


「それから、結婚した後に住むタウンハウスを準備中なのです。そこにもいつか遊びに来てください」


「是非伺わせていただきます」


「最後にもう一つ。マックスとの関係を修復する努力をしてください。マックスは、お義父様のことを誤解しています。私の父のことはご存じでしょう?お義父様とマックスには……私たちのようにはなってほしくないのです」


 私の父はジークに毒を盛った罪により投獄されていて、もう一生陽の目を見ることはない。

 お義父様はそうなっていないのだから、これからいくらでも機会はあるはずだ。

 どうか、後悔のないようにしてほしい。


「……わかりました。努力をする、と約束しましょう。この魂に誓って」


 ちょうどその時、ノックもされずに扉が開いてマックスがサロンにずかずかと入ってきた。


「レオ。話は終わったか?」


「終わったというか、一区切りついたってところかな?」


 マックスの後ろからはハインツ家のその他の息子たちがどやどやと入ってきて、静かだったサロンは一気に騒がしくなった。

 アーネストくん以外は皆立派な体格をしているから、なんだか圧迫感がある。


 昼餐の時と同じように賑やかにお茶を飲んで、私とマックスはハインツ家を辞した。


 帰りの馬車の中、私は問答無用でマックスの膝の上に抱えられた。


「父上とはなにを話したんだ?」


 紫紺の瞳が心配気に揺れている。


「私たちの結婚についてとか、ね。認めてくれるって言ってたよ」


「そうか……他には?」


「マックスを救ってくれてありがとうって言われたよ」


 大きくて温かい手が私の頬を撫で、私はその上から自分の手を重ねた。


「嫌なことは言われなかったか?なにか失礼なことは?」


 私は苦笑をして首を横に振った。


「そんなことはなかったよ。お義父様は、優しい人だね。わかりにくいけど」


 マックスは理解できないことを聞かされたように眉を寄せた。


「私、マックスの家族と、ちゃんと上手くやっていけると思う。お義父様も含めてね」


 だから心配しないで、と私はマックスの左頬にキスをした。


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