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㉗ ハインツ家

 キルシュがアレグリンドに併合されることが正式に発表されたのはその一月後のことだった。

 アーネスト皇子はハインツ伯爵家の養子になることになり、アーネスト・ハインツという名になった。


 つまり、マックスに弟ができたわけだ。


 そして今、私は緊張でそわそわしながら馬車に揺られている。


「大丈夫だ。そう硬くなるな」


「だって……」


 クーデターからしばらくたって、各方面もそろそろ落ち着いてきた。

 ということで、私とマックスはハインツ伯爵家の昼餐に招待されたのだ。

 私が『後で話をする時間をつくってほしい』とお願いしたのをマックスのお父さんは覚えていてくれたようだ。


「とにかく、俺から離れるなよ。なにかあったら、すぐに走って逃げる心づもりをしておくんだぞ。それから、魔力障壁もいつでも展開できるようにしておくんだ。いいな?」


「えぇぇぇ……」


 その方面の心配をしているわけじゃないんだけど。

 私が危害を加えられるようなことがあるはずないのに。


 心配してくれるのは嬉しいけど、血のつながった家族を全く信用していないマックスに私は少し悲しくなってしまった。


 ハインツ伯爵家のタウンハウスは、想像よりも華美な印象だった。

 外からちらりと見えた庭には噴水があって、花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、天使やら女神やらの像が設置してある。

 門構えや正面の扉も、なんだか凝った造りでよく見たら火竜が門扉の両脇の支柱に巻きついているようなデザインになっている。


「……養母の趣味だ。家の中のものも、だいたいそうだ」


「……そうなんだね」


 私が知っているハインツ家の面々は、こういったことにあまり興味がなさそうだから、そう言われると納得だ。


「ハインツ伯爵、並びにご家族の皆様。本日はお招きくださりありがとうございます」


 相変わらずジークのお下がりを着ている私は、淑女の礼ではなく騎士の礼をとった。

 身に着けている装飾品は、マックスのお母さんの形見の指輪だけだ。


「レオちゃん、よく来たな!自分の家くらいの気持ちで寛いでくれ!」


 総将軍が口を開く前に、満面の笑みでまた私を『高い高い』しようとしたセールズ義兄様だったけど、


「レオに触らないでください」


 マックスが私の腰を抱き寄せて阻止した。


「お帰りマックス!おまえの好物を準備しといたからな」


 高い高いは防げたけど、セールズ義兄様の勢いは削がれることはなく、また二人して髪をぐちゃぐちゃにされてしまった。


「兄上!やめてください!」


「申し訳ありません、レオノーラ姫。兄が無礼なことを」


 アーネストくんがセールズ義兄様の腕を引っ張り、アルディスさんが頭を下げた。

 

 セールズ義兄様とアーネストくんは相変わらずのようだけど、アルディスさんとアーネストくんもなんだかぴったり息の合った動きだった。

 アーネストくんはすっかりハインツ家に馴染んでいるようだ。


 ただ、それを無言でじっと見ているお父さんは、無表情でなにを考えているのかわからない。

 今日は軍服を着ていないのに、やっぱり威圧感がすごい。

 普段からこうなのかな?それとも、私を特に威圧しているのだろうか。

 

 案内された邸宅内は、やはりそこかしこに火竜がモチーフになっている装飾があった。

 なんというか、養母さんは火竜に強い拘りがあったのだ、ということがわかった。

 そして、昼餐は本当にマックスの好物ばかりのメニューだったようで、


「マックスの好みをレオちゃんにも覚えておいてほしいんだ!胃袋を掴まれた男は弱いって言うからな!」


 と、得意気なセールズ義兄様に、


「ご心配なく。俺の胃袋はとっくにレオに鷲掴みにされていますから」


 と、なぜかこれまた得意気にマックスが答えた。


「なに!?どういうことだ!」


「レオはとても料理上手なのですよ。アレグリンドでは有名なことです。兄上はご存じではなかったようですが」


 私は料理することもあるけど……なんでこの流れでセールズ義兄様が悔しそうな顔をするのだろう?


「レオノーラ姫が手ずから料理をなさるのですか?」


 こう尋ねてきたのはアルディスさんだった。


「私が住んでいる離宮には、小さなキッチンがあるのです。そこでお菓子とか、サンドイッチくらいのものは作れます。あくまでも趣味程度なので、そこまで手の込んだものは作れませんけど、喜んで食べてくれる人もいるんですよ」


 セールズ義兄様は興味を惹かれたらしく、ぱっと顔を輝かせた。


「それはいいなあ!今度俺にもつくってくれよ!」


「ダメです」


「なんでマックスが断るんだよ!俺はレオちゃんに頼んでるんだぞ!」


「ダメなものはダメです」


 食い下がるセールズ義兄様に、にべもなく却下するマックス。


「レオ様は、とても変わったお菓子を作るとキアーラ様が教えてくださいました。僕も、食べてみたいです。ダメですか……?」


 遠慮がちにそう言ったのはアーネストくん。

 まだマックスと正式に結婚したわけではないけど、私の中ではもう義弟になっている。


「いいよ。そのうち作ってあげるからね」


「ありがとうございます!とっても楽しみです!」


 そう言って笑顔を向けてくれるアーネストくんは可愛くて、私も笑顔になってしまう。


「アーネストはいいのか?」


「アーネストはいいんです。兄上はダメです」


「なんでだよ!俺とアーネストでなにが違うんだ!」


「なにもかも違うではありませんか」


 これもセールズ義兄様のおかげなのか、予想以上に賑やかな食卓になった。

 そして、話題は少し前にジークたちとお忍びで帝都を散策した時のことに移った。

 セールズ義兄様の案内で、帝都にある観光名所などを観て回ったのだ。

 サリオ師も来てくれたので、護衛もつけずに久しぶりに気楽な気分で息抜きができたのだけど。


 これに予想以上の反応をしたのはアルディスさんだった。


「なんで俺には声をかけてくれなかったんだ!!」


 ちょっとびっくりするくらいの剣幕でセールズ義兄様に詰め寄った。


「だって、おまえは忙しそうだったから」


「事前に教えてくれたら、ちゃんと時間くらい作れたのに!アーネストも!なんで俺に教えてくれなかったんだよ!」


「そんなこと言ったって、仕方ないじゃないですか。あの時は、まだ僕はハインツじゃなかったんですよ」


 アルディスさんは、がっくりと項垂れてしまった。


「う……なんで、いつも俺ばっかり……俺だって剣聖に会いたかったのに!」


 私が見る限り、アルディスさんはいつも苦労しているように見える。

 皇女時代のフィリーネに振り回されていたり、キルシュからの使者として憔悴した顔で跪かされていたり。

 今回のクーデターでも、とても苦労したはずだ。


 そう思うと、なんだか可哀想になってしまった。


「アルディスさん、落ち着いたら師匠に会う機会を作りますから」


 元気を出してほしくてそう言ったのに、アルディスさんは悲しそうな顔になった。


「レオノーラ姫……俺のことは、兄とは呼んでくれないのですか?」


 この悲しそうな顔は、何度も見たことがある。

 マックスがアルディスさんを警戒すると、この顔になるのだ。


「……アルディス義兄様、と呼んでも?」


「是非!そう呼んでください!」


 アルディスさんはやっと嬉しそうな顔になった。

 この人って、こんな顔もするんだ……と思うと、余計に可哀想になってしまった。


「わかりました、アルディス義兄様。では、私のことはレオと呼んでください」


「レオ様と?」


「様もいりません。ただレオと呼んでください。私には兄のような存在が何人かいますけど、皆私をそう呼びます。アルディス義兄様は本当に義兄になるのですから。敬語もいりませんよ」 


 ぱぁぁぁっと顔を輝かせるアルディス義兄様の横で、アーネストくんが声を上げた。


「だったら、僕は義姉上(あねうえ)と呼んでもいいですか?」


「もちろんだよ、アーネストくん」


 賢くて可愛いアーネストくんなら大歓迎だ。

 名実ともに義理の姉弟になるのは決定なのだから、何の問題もない。


「……私のことは義父(ちち)と呼んでくれるのでしょうか」


 そう言ったのは……今までずっと無言だった総将軍だった。


 咄嗟に反応できない私。

 私だけじゃなくて、マックスも、セールズ義兄様とアルディス義兄様までもがぽかんとした顔をしていた。


 これはなにかの罠なのか?と一瞬深読みしてしまった。

 でも、その一秒後には素早く空気を呼んだアーネストくんが助け船を出してくれた。


「僕も!正式に養子になる前から、義父上と呼ばせていただいているんです」


 落ち着け、私。こんなのが罠なはずないじゃないか。

 私は意を決して慎重に口を開いた。


「お……お義父様(とうさま)……?」


 つい疑問形っぽくなってしまったけど、効果は十分だった。


 総将軍の厳めしい顔が僅かに緩み、威圧感も半減した。

 よく見ないとわからない程度に……微笑んでくれたようだ。


 私とアーネストくんはともかく、いい歳した実子三人までが固まっている。

 それだけ珍しいことなのだろう。


 とにかく、威圧感が減ったのは私には有難いことだった。

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