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⑩ 仮面の下

 私の目の前には強固な壁のような広い背中。


 その体躯から怒気と殺気が魔力を伴い溢れだし、空気をビリビリと震わせている。


「よくも俺の顔を……出てこい!」


 強かに殴られながらも意識を失わなかったローレンスは、顔を醜く歪めながら背後に向かって叫んだ。


「目障りなキルシュ野郎め……ここで始末してやる」


 ローレンスに従うように、五人の男が現れた。

 破落戸というほど崩れてはいないが、騎士というには荒れた雰囲気で、あまり上品な連中でないことは一目瞭然だ。

 悪いことに、それなりに腕がたちそうだ。


 男たちは、大人びてはいてもまだ若いマックスに嘲りの目を向け、それから私を見て下卑た笑みを浮かべた。

 その視線に含まれた意味に私はぞっと全身が粟だった。

 マックスはそんな私を庇うようにさらに一歩前に出た。


 マックスは強い。でも、まだ学生なのだ。

 それに、マックスが得意な火属性魔法は街中で使うことは禁止されている。


 私がしっかりしなくてはと思うのに、体が動かない。


 男たちがそれぞれに剣や短剣を抜くのに合わせ、マックスもキルシュ独特の片刃でやや湾曲した剣を抜いて構えた。

 ぎこちなさはない。いつもの戦闘訓練と同じように、落ち着いた流れるような動きだ。


 薄ら笑いを浮かべた正面の男がマックスに上段から斬りかかった。

 マックスはその場から動くことなく斬撃をきれいに受け流し、男の胴に前蹴りを入れた。

 そして一歩踏み込んで、体勢が崩れた男の剣を持っている右腕を躊躇なく斬り飛ばした。

 男の腕と剣が地面に落ちる音がやけに大きく響いた気がした。


 マックスを舐めてかかっていた男たちが驚愕の表情になり、その間にまた一歩踏み込んだマックスは次の男の肩に剣を突き刺していた。


 聞き苦しい悲鳴と吹き出す血。

 前世で人が死ぬような映画を見たことはあるけど、目の前で人が大怪我をするような場面に遭遇したことはなかった。

 レオノーラになってからもそうだ。


 剣を振るうとはこういうことなのだ。

 わかっているつもりだったのに、本当はなにもわかっていなかった。


 あっという間に二人も戦闘不能にしたマックスは、私に背を向けているのでどんな顔をしているのかわからない。

 

 残っている敵はあと三人。

 さっきまでの侮った色はなく、それぞれに真剣な顔になっている。


「なにをしている!さっさと始末しろ!」


 ローレンスは男たちの後ろで発破をかける。自分でなにかする気はないようだ。

 再びゆっくりとした動きでマックスが剣を構えたとき、


「そこまでだ!」


 やっとフェリクスが到着した。

 フェリクスと続いて現れた二人の男が、マックスと対峙していた三人を瞬く間に叩き伏せた。


「ローレンス・パーカー!観念しろ!」


 どう考えてもローレンスに勝ち目はない。

 捕縛しようと迫るフェリクスに、ローレンスが吠えた。


「ぐ……くそっ!くそぉっ!!」


「諦めろ!逃げ切れると思ってるのか」


「なら……せめて!」


 ローレンスがくるりとこちらを振り返った。

 そして、その手から私とマックスに向けて水属性の攻撃魔法が放たれた。


「くっ……!」


 マックスは剣を振るって水球を叩き落としていく。

 避けることなど簡単だろうに、私が背後にいるからそれができないのだ。

 雑に放たれた水球なので威力も速度もそこまでではなく、狙いも甘いのが幸いだった。

 それなのに、私に向けての軌道を描く水球を一息で二つ叩き落としたのと同時に、最後の一つがマックスの顔を直撃してしまった。


「ーーーーー!!」


 私はまた声にならない悲鳴を上げた。


 後ろに倒れるマックスに、私はやっと体の自由を取り戻しベンチから弾かれたように駆け寄った。


 カシャンと軽い音がして、二つに割れた仮面が石畳に転がり、マックスの顔の左側が晒された。

 幸運にも、水球はちょうど仮面に当たったようだ。

 あれは……血なのだろうか?なんだか赤いものが見える。

 頭部に衝撃を受けたせいか反応が鈍いマックスはまだ仮面が剝がれたことに気がついていないようだ。

 座り込んで上体だけ起こした体勢になったマックスの横に膝をつき、それを間近に見た。


 これは血ではない。

 左目の下から頬にかけて、なにか赤い模様のようなものがある。

 マックスの仮面はこれを隠していたのだ。

 これがなにかわからないけど、仮面を被ってまで隠したいほどのものなのだということはわかる。


 私は咄嗟に両手をマックスの顔の左側に押しつけた。


 紫紺の瞳の焦点が合い、驚いたように私を見た。


「ごめん、マックス、巻きこんでごめん」


 なにもできなかった。

 体が動かなかった。

 私がもっとちゃんとしていたら、マックスだけが大変な思いをすることはなかったのに。


「ごめん。なにもできなくて、動けなくて、ごめん。守ってくれて、ありがとう……」


 抑えきれなった一雫の涙が私の頬をつたって落ちた。


 マックスはさっきまで剣を握っていた大きな掌でそれをそっと拭ってくれた。


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