① 前世の記憶
しまった、と思った時はもう遅かった。
バンッと大きな音がして、私の体が弾き飛ばされ宙に浮いたのを感じた。
その瞬間から地面に叩きつけられるまでの一秒にも満たない時間の中で、それは起こった。
脳裏に様々な風景や出来事の記憶が駆け巡ったのだ。
走馬灯ではない。
だって、これは間違いなく今の私の記憶ではないのだから。
私がレオノーレ・エル・アレグリンドになる前に、別の世界で生きていた前世の記憶だ。
前世の私は日本人で、どこにでもいる普通のアラサーOLだった。
家族は両親と姉が一人。可愛がってくれたし、わたしも家族を愛していた。
友人の紹介で知り合い、三年付き合った婚約者と結婚準備を進めているところだった。
それなのに、婚約者の浮気が発覚。
浮気相手が妊娠したとのことであっさり捨てられてしまった。
最後の記憶は、二人で暮らすはずだった一人暮らしには広すぎる部屋でヤケ酒を飲んでいたこと。
あまり酒には強くないのに、適当に買った度数高めの酒をラッパ飲みしたことまでは覚えている。
そこで記憶が途切れているということは、多分そのまま死んでしまったからなのだろう。
あまりに悲しい記憶だった。
それに気を取られているうちに、受け身をとりそこねて思い切り硬い地面に体を打ちつけられてしまい、その衝撃で意識が遠のいた。
前世の私と今の私が混じり合っていく。
今の私は十五歳で、王族の端くれで、一応は姫君と呼ばれる存在で、ここはアレグリンド王立学園の訓練場で、それから……?
私の見ていた世界の容が一瞬にして変貌を遂げた。
今までに私に起こったこと、私が知ったこと、学んだことの全ての意味が変わってしまった。
でも、それは……
「レオ!」
脳内を整理するのに忙しく倒れたままだった私は、慌てたような声とともに助け起こされた。
「……ジーク」
ジークフリード・エル・アレグリンド。
私の従兄で、空色の瞳と煌めくプラチナブロンドをしたアレグリンド王国の王太子。
大陸諸国一の美姫と謳われた王妃陛下に似た美しい顔立ちで、数多くの女生徒を虜にしている罪な男だ。
ジーク。ああ、本当にキレイな顔だ。男にしとくのもったいない……!
以前の私だったら絶対に思わなかったことを心の中で叫びながらゆっくりと瞬きをした。
大丈夫。レオノーラとしての記憶もちゃんとある。
そして、至近距離でこんな美男子の顔を見てもドキドキしないのは、ジークのことを兄としか思っていないからだ。
「大丈夫?立てる?」
「ありがとう、ジーク。大丈夫だよ」
私はジークに掴まりながら立ち上がった。
体もあちこち痛むけど、それ以上に頭がクラクラする。
「今日はもう帰ったほうがいい。おいで、送っていくから。フェリクス!」
「はいよ」
ジークの側近のフェリクスがやってきて、私をひょいと抱え上げた。
「降ろしてくれ、ちゃんと歩けるから」
「ダメだ!大人しくしてろ」
ジークは周りにいた生徒たちに声をかけ、それから三人で帰途に着いた。
この時、私を弾き飛ばしてしまった張本人が青い顔をして立ち尽くしていることにまで気が回らなかった。
アレグリンド国王の姪であるレオノーラ・エル・アレグリンドは、戦闘訓練中にアラサーOLだったという前世の記憶が蘇った。
前世の記憶は、婚約者に捨てられて死んでしまったという悲しいものだった。
王族の姫君でありながら男装をして無気力に生きていたレオノーラは、今度こそ幸せな未来を手に入れるため行動開始する。
ムーンライトに投稿してあるR18版を改稿したものです。
細かいところが変わっていますが、話の流れは同じです。