9-5 その先に何を求める その5
「……」
「……あ」
言葉が出ない。
突然夕夏さんにそんなことを言われたからだ。
反応するタイミングを、失ってしまった。
僕は、自然とそんなことを考えていた。
「……ちゃんと、聞いていましたの?」
「う、うん……」
やっとのことで発せられた言葉は、肯定を示す返事のみだった。
まだ、夕夏さんが本当に聞きたい質問の答えを、僕は出していない。
「それで……あの、その……質問の、答えは?」
「……えっと、その……」
どうしよう。
僕はこの場でどう答えればいいんだ?
分からない……僕の本当の気持ちが、分からない。
僕は夕夏さんのことを、友達だと思っていた。
それ以上でもそれ以下でもない、余程のことがない限りは壊れることのない絆で結ばれた者同士だと思っていた。
……けれど、夕夏さんは僕のことをそれ以上の存在として見てくれていた。
こんな僕のことを、『愛してる』と言った。
……そんな夕夏さんの想いに、僕は真剣に、正直に答えなければならない。
僕の本当の気持ちを、伝えなければならない。
「……夕夏さん」
「……何かしら?」
不思議と、いつも以上の緊張が辺りを覆う。
このまま静寂の状態を保っていると、それこそ呑み込まれてしまいそうな、そんな感じであった。
「……夕夏さんが僕のことをそう見ていてくれていたことは、とても嬉しいよ」
「健太……」
「だから……僕の気持ちを正直に話すね」
そして僕は、一旦言葉を溜めて、そして言ったのだ。
「僕は……夕夏さんのことを『友達』だと思っている。それ以上でもそれ以下でもない、親友という存在なんだと勝手ながら思っている……だから僕は、夕夏さんのことを恋愛面で見ることが出来ないんだ……僕にとっての夕夏さんは、『友達』なんだから」
長くなってしまったけど、僕は正直な気持ちをすべて言い切ったつもりだ。
それが夕夏さんにとっては残酷な知らせであることも十分に理解している。
だけど、気持ちを偽って付き合い始めたとしても、結局は夕夏さんを幸せには出来ないのだ。
だって僕は……夕夏さんの『幸せ』を願っているのだから。
「……ああ、私はフラれてしまったのですね?」
「……ごめん、夕夏さん」
「いいんですの。薄々は分かっていたこと。むしろこの結末にならなかった方が、私にとっては人生で一番驚きなものになっていたと思いますわ」
……そう笑顔で言う夕夏さんだったが、その表情は、今にも泣きそうなものだった。
……僕のせいで、夕夏さんを泣かせてしまった。
だけど、もしこの場で『付き合う』と言っていたとしたら、更に夕夏さんは傷ついていたことだろう。
僕の選択は、悔しいながら正解のものだったのだ。
「……健太、ありがとう。これで私の未練は断ち切れましたわ」
「あ……」
僕の真横をすっと横切る夕夏さん。
僕にそう告げた夕夏さんは、泣きながら屋上から校内へ入っていったのだった。