8-8 希望を落とした少女 その8
そのボイスレコーダーは、決定的な証拠となった。
僕達の意見を最初はそれこそ軽く流すような素振りを見せていた警察だったが、僕達の必死な説得とボイスレコーダーの音声を聞いて、ついに警察は動いてくれた。
僕達が証拠を提供してから数日が経過したその日、音羽さんの父親は、ついに逮捕されることとなった。
これで、音羽さんを取り巻く問題は、終わった。
これから音羽さんは、その手で確かに幸せな道を取り戻していくことだろう。
希望を落とした少女は、きっと落とした希望を手に入れることが出来たのだろう。
そうして数日が経過した、ある日のことだった。
「……どうしたの音羽さん?こんな所に呼び出したりして」
その日の放課後。
僕は音羽さんから、『話があるから、屋上に来て』というような言葉を受け、屋上に来ていた。
来てみると、そこには既に音羽さんがいた。
音羽さんは、何やら顔を赤くして僕のことをジッと眺めていた。
なんだろう、僕も恥ずかしくなってきたような気がする……。
「……この前の件は、その、助けてくれてありがとね」
「え?……ああ、うん、どう致しまして。けど、それは僕のおかげではないよ。美奈さんや生徒会のみんなが力を合わせたからなんだよ。僕自身はほとんど……」
「ううん。私が取り返しのつかない事態に巻き込まれそうになった時に、きちんと助けてくれた。もちろん他の人達にも感謝してるけど……健太君に一番にお礼を言いたくて」
顔を赤く染め、何処か明後日の方向を見ながら、右手人差し指で顔をポリポリと軽く掻きながら、音羽さんは言った。
恥ずかしがりながらのその言葉は、僕の気持ちを揺らすのには十分過ぎる程のものでもあった。
「会長から聞いたよ……私のことを助けようって言ってくれたのは、健太君だってね」
「そ、そうだったかな……」
実を言うと、あの時の僕はかなり必死だったから、僕がその問題を解決するためにやったことなんかは少し忘れつつあるのだ。
特に、発言のことに関しては酷い。
どのような行動をとったのかは今でも覚えてるけど、どんなことを言ったのかまでは覚えていないのが現実だった。
「本当に……ありがとう。ありがとう……健太君……」
「……泣いてるの?」
音羽さんの目から、いつもは見ることがない一筋の光が見えた。
それは間違いなく涙だった。
「……うん、なんだか安心しちゃって……それで……それで……」
最後の方が段々と小さくなっていく。
僕の耳に、ようやっと届くか届かないかという程に。
「……泣きたければ、泣けばいいんだよ。僕の胸でよかったら、貸してあげるから」
「……うん、そうさせてもらうね、健太……君……」
力なくゆっくりと僕の方に歩み寄る。
そして、僕の体にその手が触れたとき。
音羽さんは倒れ込むように僕の体に身を預けてきて、
「怖かったよ……辛かったよ!耐えるのが辛かった……変わってしまったお父さんが怖かった!!」
「……それも、もう終わったんだよ。長くて辛くて出口の見えなかった夢は……もう終わったんだよ」
「うわあああああああああああああん!!」
心に溜め込んでいたものをすべて吐き出すかの勢いで泣き出した音羽さん。
多分だけど、この時ようやっと音羽さんは希望を手に入れたのかもしれない。
何処か奈落の底に落としたはずの希望を、確かにその手で拾い上げたのかもしれない。
かつて希望を落とした少女は、僕の胸を借りながら、長い長い時間の間、声をあげて泣き続けたのだった……。
水島音羽編は、これにて終了です。




