8-5 希望を落とした少女 その5
「け、健太君……?それで、倒れたっていう会長は……」
マンションから結構遠くに離れた公園で、僕と音羽さんはしばしの休憩をしていた。
……音羽さんは、僕が言ったことをどうやら信じているようだ。
そろそろネタばらしをする頃だろう。
「あれは……嘘なんだ」
「へ?嘘……なの?」
「うん。音羽さんをここまで連れ出す為の口述……よくよく考えてみてよ。何で僕があんなことを知ってたと思う?」
「……あ」
そこで、音羽さんはようやっと気付いたようだ。
それと同時に、違和感にも気付いたみたい。
「どうして……健太君が私の家に来ることが出来たの?」
「……音羽さんには本当に悪かったと思ってるけど、今日、音羽さんのことを尾行させてもらってたんだ」
「尾行?何のために?」
「……あまりにも様子がおかしいから、家で何かあったんじゃないかと思って……気になって、僕は音羽さんが住んでるマンションまで来たんだよ」
「!!」
その時、音羽さんの表情が明らかなる驚きの色に染まる。
同時に、何かを隠し通そうという表情すらも見せてきた。
「べ、別に何もないから……本当に、大丈夫だから……」
「大丈夫なわけあるか!」
「!!」
僕が突然叫び出したものだから、音羽さんが体をビクッと震わせて、驚いていた。
構わず僕は続ける。
「どうして僕達に頼ってくれなかった!あんな事態まで進行していたのなら、僕達に相談するくらいはしてくれてもよかったじゃないか!」
「あんな事態……?健太君は、何かを知ってるの?」
「……後でカバンの中を見てみなよ。美奈さんが忍びこませておいた盗聴器が入ってるはずだから」
「盗聴器?」
「うん。それで、家の中で起こっていたことを、すべて聞かせてもらった」
「!!」
最早何を言えばいいのか迷っている表情だ。
……そんな表情をするのも無理はないだろう。
何せ、自分では想像もつかなかったようなことが次々と起きているのだから。
「僕は美奈さんからの厚意を受け取って、音羽さんを尾行した。そして……イヤフォン越しに聞こえてくる声を聞いて、これはもう取り返しのつかない事態に発展するんじゃないかと恐れた。だから僕は、あんな嘘をついてまで、音羽さんの所まで駆け付けたんだ」
包み隠すことなく、僕はすべてを話す。
その間、音羽さんが口を挟むことはなかった。
やがて僕の言葉がすべて言い終わった時に、音羽さんは口を開いた。
「……私の為だけに、こんなことをしてくれたことはとても嬉しい……けど、私はあの家にいなければならないの。お父さんにご飯を作ってあげられるのも、部屋の中を掃除してあげられるのも、私だけなんだから……」
「だからって……音羽さんの心が壊れてしまっては意味がないじゃないか!!」
このままだと、音羽さんの心は間違いなく壊れる。
そうなってしまってからでは、もう遅いのだ。
まだ助けられる……取り返しのつかないようなことが起こってしまってからでは、もう遅いんだ!!
「……それでも。それでもいいんだ。私は、お父さんの娘なんだから……お母さんのお腹の中から生まれてきた、お父さんの子供なんだから」
確かにそれは間違っていない。
けど、音羽さんの父親の音羽さんに接する時の態度から見て、音羽さんの父親は、多分音羽さんのことを家族とは考えていない。
「……音羽さん、せめて今日一日だけでも、僕の家に泊まらない?」
「……え?」
これまた驚きの提案だったと思う。
せめて一日でも、一日だけでも……その苦痛から解放してあげたい。
そう思った僕の想いは、
「……ううん、大丈夫。今健太君の家に泊まったら、もう家に帰れなくなるから……帰るのが、つらくなっちゃうから……」
「……あ」
そして音羽さんは、走り去ってしまった。
……不思議と、僕は音羽さんにそれ以上手を差し伸べてあげることが出来なかった。