8-4 希望を落とした少女 その4
『早く食事の支度をしろって言ってるのが分からねぇのか!自分のことなんかよりも先に、さっさと家の仕事をしろよ!それが女って生き物だろうが!』
『も、申し訳、ございませんでした……』
『分かったんなら、さっさと食事だ!』
『は、はい……』
「……なんて、酷い」
こんな酷い状況に陥ってるなんて、僕は知らなかった。
いつからこんなことになっていたのかは知らない。
……けれど、一つ言えることがあるとするならば、
「もはやこの家に……安息の時間なんてない」
父親によって、音羽さんは鎖に繋がれている。
しかも、その鎖はほどくことを許されない程強く。
壊すことを許されない程固かった。
……音羽さんは、今までこんなことがあったにも関わらず、ここ数日に渡って何もないかのように振る舞っていたと言うのか?
……本当は誰かに助けを求めたい筈なのに、それすらもしなかったというのか。
「……他人を巻き込みたくはなかった、というのか……?」
僕は思わずそう呟いてしまう。
……僕が右耳につけているヘッドフォンから聞こえる少女の声は、希望を落とした人形のように無機質で、正の感情なんて何処にもないように思えた。
……音羽さんの笑顔は、もう見ることが出来なくなるかもしれない。
頭の中で、そんな不安が過ったのだった。
『かー!不味い飯だなこれは!家畜の餌並みだぞこんな料理はよ!!』
『そ、そんな……』
『罰の内容は……俺があの時もお前の目の前で、あの女にやっていたんだから、分かっているよな?』
『あ……あ……それだけは……それだけは嫌!!』
(ガタン!)
突如、何かが音を立てて倒れたような感じがした。
それと同時に、誰かが遠ざかっていく音。
『逃げんじゃねえぞゴラァ!!』
『イャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
なのに、声だけは痛々しく僕の耳に入ってくる。
……間違いない。
音羽さんは、その場から逃げ出そうとしたんだ。
『そうら捕まえた!』
『ギャア!』
(ドスン!)
誰かが押し倒されるような音が、鳴り響く。
……まさか、音羽さんが父親に押し倒されたと言うのか!?
『さぁ……あの女に俺がしてきたこと、お前にもしてやるよ。覚悟をしろ!』
『嫌だ!誰か……誰か助けて!!』
床をドンドンと叩く音が鳴る。
……マズイ、このままだと本当に取り返しのつかない事態にまで発展してしまう―――!!
「……くそっ!!」
僕は走り出す。
マンションの中に入り、僕はすかさず音羽さんの携帯電話の番号に着信を入れる。
そして、繋がらないのを確認し、相手側に着信履歴が入っただろうタイミングで電話を切り、同時にマンションだからこそ並んでいる郵便受けを確認して、音羽さんのいる部屋を見つける。
「三階か……階段の方が速い!!」
僕は階段を登ることに決めた。
二段飛ばしで階段を勢いよく駆け登る。
「……ここだ!!」
多分音羽さんは、玄関前にいる。
ならば、ここでインターフォンを鳴らせば―――!!
(ピンポーン)
僕はインターフォンを鳴らし、中の人が出てくるのを待つ。
……しばらく経って、音羽さんの父親と思われる人が出てきた。
「何か用?」
不機嫌そうな声で、僕にそう尋ねてきた。
僕は、先程考えていた答えを言った。
「電話したのですが、どうやら出なかったようなので……僕の方から来ました」
「電話?うちにそんな電話は……」
「音羽さんの携帯です」
「……ああ、なるほどね」
どうやら納得した様子であり、僕は慌てるようにこう言った。
「音羽さんをすぐに呼んでください。生徒会長が倒れたらしんですよ!」
「……そんなこと、音羽に関係ないだろ」
「関係ありますよ!僕らは生徒会のメンバーなんです。生徒会長の容態を確認するのは当然の義務です!!」
「……仕方ない。音羽、行け」
「は、はい……」
小さな声を出して、音羽さんは答える。
ゆっくり前に出てくる音羽さんの手を取り、
「それでは急ぎますので!!」
音羽さんの父親にそう言ってから、僕はマンションを出ていった。