6-10 失われた記憶 その10
美咲が僕達を呼んできて、それからまた杏子ちゃんと一緒に話をした。
とにかくいろんな話をした。
……前みたいな違和感を感じることは、なかった。
話の内容が、スルスルと僕の頭の中に入ってくる。
「それでですね……」
「あ、杏子!それ以上は言わないでくれ!!」
吉行がかなり焦っているのが目に入る。
しかし、その表情からは、作り物ではない、本物の笑顔がそこにはあった。
「……ねぇ、そろそろ帰る時間じゃない?」
「……そうだな。流石に話し込み過ぎたな」
「いいじゃないか。こんなに楽しかった日も久しぶりだしな!」
マコが時間に気付いたところで、本日はお開きとなる。
……まだ少し物足りない気もするけど、時間は時間なのだから、仕方のないことでもあった。
「じゃあね、杏子ちゃん。また、明日ね」
「……うん、また明日」
そう言った時の杏子ちゃんは、最高の笑顔を見せていた。
……心配することはない、まだ記憶は完全に取り戻されてはいないだろうけど、この楽しい時間は、徐々に取り戻しつつある。
この調子で行けば、すぐにでも記憶は……。
「あ、あの……」
「ん?」
考え事をしていた為に、杏子ちゃんが僕のことを呼んでいることに気付かなかった。
僕は杏子ちゃんの顔を見る……真剣なものだった。
「健太さんは、ここに残っててくれませんか?」
「え?いいけど……」
何で僕だけなのだろうか?
それに、吉行と大貴、そして美奈さんの表情が、ニヤけていた。
え、そんなにおかしいかな?
「さぁ~て、俺達は帰るとすっか!」
「先に家に帰ってるからね、お兄ちゃん♪」
「え……何?どういうこと?」
「雛森はしらなくていいことだ」
「え?それってどういうことなの……ねぇ!!」
何やら事態を悟ったらしい大貴達と、未だに何のことやら分かっていない様子のマコ。
構わず美奈さんが手を掴み、病室から出ていく。
気付けば、僕と杏子ちゃんの二人きりになっていた。
「……で、話って何かな?」
僕は少し間を置いてから、話を続けた。
すると杏子ちゃんは、一旦深呼吸して、それから言った。
「……私の記憶はまだ戻ってきていません。ですが、さっき美咲ちゃんと話をしたおかげで、私は自分の気持ちに気付くことが出来ました……」
「……それは、どんな気持ち?」
僕は焦らず、ゆっくりと答える。
さっきはあんなことを言ったけど、今では時間がたっぷりあるような感覚に陥っていた。
「……私が、みんなのことが好きということです」
「……そっか」
「そして……健太さんのことを、その……えっと……」
言葉を選んでいる様子の杏子ちゃん。
だけど、僕は口を挟まない。
邪魔しては悪いと思ったからだ。
「わ、私は……健太さんのことが……健太さんのことが『大好き』なんです!」
「……………………え?」
一緒、固まってしまった。
まさか、杏子ちゃんの口からその言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。
構わず、杏子ちゃんは続ける。
「記憶を失っている私でも……この想いは本物です。決してつい最近作られた偽物の心なんかじゃありません。この想いは、本物なんです。なんで健太さんのことが好きになったのかは分かりませんが……もしよければ、私と付き合ってください!」
杏子ちゃんの、勇気を振り絞っての告白。
真剣なものだ……冗談なんかでは、ない。
僕も、正直に答えなければならない。
故に、僕が杏子ちゃんに言ったことは……。
「……ごめん。僕には、好きな人がいるんだ」
「……そうですか」
残念がる杏子ちゃん。
だが、それはどこか嬉しそうでもあった。
「……なら、その人に負けないよう、私も一生懸命アピールして見せます!」
「……あはは、お手柔らかに頼むよ」
まさかそう返ってくるとは思ってなかったので、僕は若干戸惑いがちにそう言った。
『想い』は記憶ではなく、心に残る。
そして、その『想い』は、例え記憶が消されてしまったとしても、いつまでも心の中に、潜んでいるのだった……。
というわけで、微妙な終わりとなってしまいましたが、杏子編は終わりです。