6-9 失われた記憶 その9
私が……健太さんのことが『好き』?
しかも、その『好き』は、私の『恋愛感情』から来ているものなの?
私の頭は、少し混乱していた。
「杏子ちゃんはね……多分だけど、初めてお兄ちゃんに会った時から、好きになってたんだと思うよ?確証はないけど、多分そうだと思う」
根拠はないらしいその一言だが、私にとってはかなり意味のある、私が欲しかった『きっかけ』となる言葉だった。
自分の気持ちに気付く、最大のきっかけとなったのだった。
「……私はお兄ちゃんの妹でもあり、杏子の親友でもある。だから私は、二人の幸せを、願ってる」
「……ありがとう、美咲ちゃん」
自分の気持ちは分かった……けど、どうして健太さんのことが好きになったのかの理由は分からないままだった。
こればかりは、失った記憶を取り戻さない限りは思い出すことが出来ないものなので、私はどうすることも出来なかった。
「……どうかな、これで自分の気持ちに気付けたかな?」
「……え?」
確かに、私の気持ちには気付けた。
けど、どうして美咲ちゃんがそんなことを尋ねたのだろう?
「分かってたんだ……お兄ちゃんを見ている時の杏子ちゃん、嬉しそうではあるけど、何だか迷っているような感じでもあったことを」
「あ……」
そうか、美咲ちゃんは気付いていたんだ。
私が、健太さんに対する想いについて悩んでいることに。
「でも、どうして分かったの?」
私は美咲ちゃんにそう尋ねた。
すると美咲ちゃんは、
「分かるよ、このくらい……だって私達は、親友だから」
「!!」
そう返されるとは思ってもみなかった。
記憶を失った私でも、『親友である』と言ってくれただけで、私の心は満たされていた。
「……私、決めた。健太さんに、この想いを伝えてみる」
「……うん、それがいいよ。鈍感なお兄ちゃんは、告白しないと全然気付いてくれないしね」
そうなんだ……健太さんって、そういうことには鈍感なんだ……。
ひょっとしたら、健太さんに惚れているのは、私だけではないのかもしれない。
ライバルは多くいそうだな……けど、こういうのは先に言った方の勝ちって言うよね?
「……話はこれでおしまい」
「え?」
どうやら私と二人きりになって話すことは、すべて話終えたらしい。
美咲ちゃんは、ドアの近くまで歩いていき、そこで一旦立ち止まる。
「それじゃあ……お兄ちゃん達を呼んでくるね?杏子ちゃん」
「……うん、待ってる」
「すぐ来るから!」
そう元気そうに言った美咲ちゃんは、勢いよく扉を開き、そこから出ていった。
同時に訪れる、静寂の時間。
けれど私は、この時間が寂しいものだとは思わなかった。
むしろ、自分の気持ちを整理するのにちょうどいい機会だとも、思っていたところであった。