6―8 失われた記憶 その8
「「……」」
互いに押し黙ってしまう。
二人きりで話をしたいと言ってきたのは、美咲ちゃんの方だ。
けど、いざこうして正面で向かい合っていると、何故だか言葉が出ないのだ。
「……あ」
私は声を出そうとするが、声は出なかった。
……そうか、美咲ちゃんにどう接すればいいのかが分からないから、声が出ないんだ。
それは美咲ちゃんも同じみたいで、私にどう話しかければいいのか、迷っているんだ。
そのままの状態が続くこと、およそ五分。
「あ……あのね、杏子ちゃん」
「あ……はい、なんでしょうか?」
私はそう答えた。
すると、美咲ちゃんは少し嫌そうな表情を見せていた。
「えっと……何か不満が……」
「大有りだよ。それじゃあまるで他人同士みたいで嫌じゃない。だから、敬語なんて使わないで、普通に接してくれないかな……杏子ちゃん」
どうやら私が敬語で話しかけたことが不満だったようだ。
確かに、『親友同士』で敬語というのも……中には使う人もいるのだろうけど、どうやら私はその部類には入っていないみたいだ。
「それで……話というのは何、美咲ちゃん」
「……うん、話はね……」
一瞬笑顔になった美咲ちゃんの表情は、すぐに真剣なものへと変わっていった。
これから、私に関わる重大な話があるのだろう。
「……お兄ちゃんの、ことなんだけど」
「お兄ちゃん……?」
それは、美咲ちゃんのお兄ちゃんということだろうか。
だとすれば……健太さんの話?
「……杏子ちゃん、お兄ちゃんのことについて、何か思い出せることって、ないかな?」
「思い出せること……」
ないわけではない。
健太さんを見ている時の、胸の高鳴り。
頭を撫でられたかのような感触。
そして何より……健太さんの優しい笑顔。
それらすべてが、私の心の中で溢れていた。
盃の中から零れてしまうのではないかと思われる程、その記憶は貯まっていた。
いや、これは記憶ではなく、『記録』と言うべきなのかもしれない。
私の脳に録画された『記録』が、私にそう思わしているだけなのかもしれない。
……けれど、それじゃあ駄目なんだ。
私の心の内は、そんなことじゃあ分かりはしないのだ。
「……何かをした記憶はないけど、健太さんを見ていると、胸がドキドキするの」
「……そっか」
そしてさっきの質問に答えた私。
その答えを聞いた美咲ちゃんは、驚くわけでもなく、ただ一言、そう言った。
「私のこの気持ちって、何なのかな……?記憶がなくなってるから、誰がどういう関係となってるか分からない今、健太さんに会えるのが嬉しいと同時に、怖い……」「……」
「もし健太さんが遠くに行ってしまったらどうしよう……もしみんながどこかに行ってしまったらどうしよう?……そんな不安で、私の心の中はいっぱいなの」
「……それはね、杏子ちゃん」
私の心からの叫びを聞いて、美咲ちゃんが口を挟む。
そして、私にこう言ったのだ。
「杏子ちゃんが……みんなのことが好きだって証拠だよ」
「みんなのことが……好き?」
そっか……失うのが怖い、けど、会いたい。
それは、私がその人達のことが『好き』だからか。
「そして杏子ちゃんは……お兄ちゃんのことが、『恋愛対象として』好きなんだってことだよ」
「……え?」
美咲ちゃんの口からその言葉が出てきた時、私は一瞬固まってしまった。