6-7 失われた記憶 その7
そのきっかけは、意外とすぐに起きた。
それは、健太さんがお兄ちゃんと共に病室に来てから、何回目かの時のことだった。
この日は日曜日で、みんなで病室に来てくれた。
……折角の日曜日なんだから、みんなで出掛けてくればいいのに。
「……おはよう、杏子ちゃん!」
笑顔で入ってきたのは、健太さんだ。
……この笑顔を見ると、なんだか心が落ち着く。
暗いことを考えていたとしても、きっとすぐに晴れるのだろう。
「……あ」
「え?」
その中に、見慣れない顔が一つあった。
記憶を失ってから、一度も会ったことのない女の子だ。
年は恐らく私と同じくらい……そして、私の病室に来ているのだから、きっと知り合いなのだろう。
「えっと……こちらの方は……?」
「……やっぱり覚えてないんだね」
「え?」
「あ、ううん。何でもないよ」
……なんだか不思議な気分だった。
今、この子が何かを言っていたのが耳に聞こえたわけではないけど、『やっぱり覚えてない』と言われたような気がする。
……多分、それは間違いではないと思う。
「この子は僕の義理の妹であり、君の親友でもある……」
「木村美咲だよ。よろしくね」
「木村……美咲」
なんだろう。
凄く聞き覚えのある名前で、凄く大切な人の名前のような気がする。
健太さんとは違った意味での、親友としての大切さ。
……なんだか、何かを思いだしそうな、そんな気がする。
「……お兄ちゃん。私、杏子ちゃんと二人きりで話したいんだけど、いいかな?」
「……うん、別にいいよ。杏子ちゃんも、いいかな?」
「は、はい……大丈夫です」
美咲ちゃんと二人きりか……え、美咲『ちゃん』?
今、自然にそう思った?
「それじゃあ、邪魔者は退散するわよ。百合の花が咲いてるところにいたってどうしようもないでしょ」
「百合の花って……絶対違うでしょ」
百合の花が咲きって、どういうことなんだろう?
ここの花瓶に入ってる花は、ひまわりの花だし。
「百合の花……万歳!」
「お前な……自分の妹とその友達だぞ?」
「……女同士の熱い友情ね」
「あ、アハハ……」
収集のつかない事態に、美咲ちゃんは少し戸惑っている様子だった。
健太さんも、みんなの言葉の一つ一つに突っ込みを入れていて、疲れているようだった。
「……ともかく、邪魔にならないように、早く出ようよ」
かなえさん……だったかな。
かなえさんが、みんなにそう言った。
すると、
「それじゃあ美咲、話が終わったら教えてくれないかな?」
「うん、分かった」
笑顔で美咲ちゃんは答える。
……よっぽど兄である健太さんのことが好きなんだろうな。
「じゃ、杏子。俺達はちっとばっかし外で待ってるから」
「……うん」
お兄ちゃんが私にそう言ってきたので、私もそう言葉を返す。
そして、宣言通りにお兄ちゃん達は部屋から出ていって、病室には、ベッドから上半身だけを起こしている私と、パイプ椅子に座った美咲ちゃんの二人だけとなった。