6-6 失われた記憶 その6
そして僕達は、そろそろ帰る時間帯となった。
本来ならもう少しいたい所だけど、僕も吉行も、さすがにこれ以上は残るわけにもいかない。
「それじゃあ杏子……そろそろ俺達は帰るな?」
「あ、うん……それじゃあね」
浮かない表情で、杏子ちゃんは言う。
……何だかあっという間の時間だった気もするけど、頭に会話の内容なんかほとんど入っていなかった。
僕は、杏子ちゃんの変化について、ずっと気になっていたからだ。
けれど、僕が気にしたって仕方のないことだ。
だから僕は、
「また今度ね、杏子ちゃん」
「……うん」
杏子ちゃんにそう告げて、僕と吉行は、部屋を出たのだった。
「……吉行」
「何だ?健太」
「……明日も、来る?」
出てすぐに、扉を閉めた後に、僕は吉行にそう尋ねた。
吉行は答える。
「……ああ。杏子が記憶を取り戻すまで、杏子の昔話をしてやるつもりだし、これからも、俺の周りで起きた話を、色々していくつもりだ……健太、協力してくれるか?」
吉行に逆に質問される。
……僕の答えは、決まっていた。
「もちろんだよ。僕だって杏子ちゃんが記憶を失ったままなんていうのは嫌だから……それに、記憶を失った時のつらさを、知ってるから」
「……そうだったな。お前も、前に記憶を失ってたっけか」
吉行は、僕にそう告げる。
僕は無言で頷いた。
「……んじゃ、帰るぞ健太」
「……うん」
気分はあまり晴れないけど、僕達は帰路につくことにした。
何だろう、この気持ち。
健太さんと話していると、何だか胸がドキドキするような……。
思い出さなくてはいけない……忘れていてはいけない。
そんな気がするのは。
「……今日の朝のことも、原因なのかな」
今朝、私はこの病院の男の子に告白された。
どうやら一目ぼれだったらしくて、私が記憶を失っていることも知らなかったらしい。
けれど、私はそのことは言っていなかった。
……というか、あったのはあの時が初めてだったから、伝えようにも伝えることが出来なかった。
……それに、私がその告白を断った時の言葉が、
「ほ、他に好きな人が、いるので……」
という、今の私にはよくわからない言葉が出てきた。
……何でだろう。
記憶を失った私には、『お兄ちゃん』と『健太さん』、それに『お兄ちゃんの友達』としか関わり合いがないはずなのに。
どこで私は、好きな人が出来たというのだろう?
……同級生では、なさそうだ。
多分……私は……。
「……考えなくても、答えは出てるんだと思う」
けど、まだ自信がなかった。
本当に、私の導きだした答えで合っているのだろうか?
完全に記憶を取り戻さない限り、私の疑問が晴れることはないだろう。
「……けど、確かめるのは、怖い」
かつて経験したことのない程の、恐怖。
今の私は、決して『海田杏子』ではないのだ。
だから、この気持ちも、偽りの気持ちなのかもしれない。
だからこそ……私にはきっかけが必要だった。
私の気持ちに気づく為の、きっかけが。
「……健太さん」
何か、きっかけが欲しい。
私の気持ちに気づく為の、きっかけが……。




