6-4 失われた記憶 その4
「ここは……?」
「病院だよ、杏子!……良かったぁ」
思わず泣いてしまう吉行。
それほどまでに、杏子ちゃんのことが心配だったのだろう。
「一時はどうなるかと思ったぜ……」
「本当に……良かった」
ホッと胸を撫で下ろす僕達。
だけど、美奈さんだけは、何処か不思議そうな顔をしていた。
「……どうしたの?美奈」
マコがそんな美奈さんの様子を見て、そう尋ねてきた。
すると、まずは僕の方を見てきて、
「……あの時の健太にそっくりじゃないかしら?」
「あの時の僕って……前に僕が入院した時の話?」
あの時は確か……夕夏さんと一緒に偽のデートをした時だったと思う。
その日の最後に乗った観覧車から落ちて、あの日は確か……。
「僕は記憶喪失に……まさか」
「……貴女、私達のことを知ってるかしら?」
『覚えているか』ではなく、『知ってるか』と尋ねた美奈さん。
そんな美奈さんの問いに対して、杏子ちゃんは言った。
「えっと……知っているんです。知ってるんですけど……思い出せないんです」
瞬間。
僕達の間に、一気に緊張の糸が張り巡らされる。
……いや、張り巡らされた糸は、一瞬にして絡み合い、重みに耐えきれることなく、音もないままに切れた。
「なっ……杏子?」
そう呟く吉行の表情には、驚愕の色と絶望の色が混ざりあった、混沌としたものとなっていた。
かなえさん達も、驚いたような表情をしている。
「……そんな。それじゃあ……」
「……杏子は、記憶喪失、もしくは記憶が混乱している状態となってるわね」
美奈さんがそう告げると、しばらくの間この部屋に静寂の時間が訪れる。
……正直言って、記憶喪失になってしまって一番怖いのは、なってしまった自分だ。
自分が何者なのかも思い出せずに、どうしてここにいるのかも分からず、そして、大切な人達の名前すらも分からない。
そんな自分が……嫌になるのだ。
記憶喪失になったことがある僕だからこそ、こんなことを考えられるのだろう。
「……どうしてだよ」
「え?」
ポツリと呟く吉行。
そして、
「どうして杏子がこんな目に遭わなければならねぇんだよ!!」
「お、落ち着いて!吉行君!」
杏子ちゃんの目の前で突然叫び出す吉行。
……叫びたくなる気持ちは分かる。
僕だって、今、叫びたいのだから―――。
「なんであの時俺が動かなかった!俺が先に動いていれば、杏子はこんなことにならずに済んだのによぉ!!」
「落ち着け!海田!!……今さらそんなこと悔やんだところで、過去に戻れるわけじゃないんだ!大切なのは、これからどうするかについてだろ!!」
「……」
大貴に言われて、吉行は黙った。
杏子ちゃんは、わけも分からずただ右往左往しているだけだった。
「……大丈夫だよ、杏子ちゃん。私達が、杏子ちゃんの記憶を取り戻す手伝いをするから。だから、一緒に頑張ろう……ね?」
杏子ちゃんの頭を撫でながら、かなえさんはまるであやすようにそう言った。
すると、
「……はい」
甘えるようにその行動を受け入れて、やがて杏子ちゃんは、そのまま眠った。
その日は、杏子ちゃんが眠った後、僕達は帰路についたのだった。




