6-3 失われた記憶 その3
吉行からの緊急の電話を受け、僕達は病院に来ていた。
話によると、猫を助けようとして、車に轢かれたらしい。
こんな時に限って、美咲は熱を出してしまっているなんて。
行きたい、と必死に訴えていたけれども、流石に熱を出している美咲を連れて行って、悪化させてしまうのも嫌なので、なんとか家にいてもらうことにした。
「杏子ちゃんが、車に轢かれた……」
「大丈夫かな……杏子ちゃん?」
心配している様子のかなえさん。
もちろん、大貴やマコ、美奈さんもそうだ。
ミサさんも来ようとはしていたけど、用事が入ってしまい行けなくなってしまったのだ。
二ノ宮さんは、何故か電話が繋がらなかった。
「一体海田の妹は、どの病室にいるんだ?」
焦ったように、大貴が尋ねてくる。
「さっき言われたじゃないか!……三階の、305番、だよ」
「ああ……ありがとう」
走って疲れたのもあるが、少し思考力が落ちているような気もしなくもなかった。
少しずつだが、自分が一体何を考えているのかが分からなくなってきたのだ。
「あ、あそこみたいだよ!」
マコが指差しながら言った。
その指の先には、確かに305のプレートと共に、『海田杏子』と書かれた部屋があった。
「……よし」
一旦僕達は、部屋の前に立ち止まり、呼吸を整える。
そして、時間が2分くらい経ってから、
(コンコン)
「失礼します」
僕達は、静かに扉を開き、中に入った。
「……健太達か」
中に入ると、第一に確認出来たのは、かなり落ち込んでいる様子の吉行だった。
そして、その目線の先には、杏子ちゃんがベッドで静かに眠っているのが見えた。
「……状況は」
僕は、杏子ちゃんの状況を、吉行に尋ねる。
吉行は、首をこっちに向けずに、
「命だけは助かった……けど、まだ意識が戻らねぇ」
「……そっか」
吉行の隣に並び、僕達も杏子ちゃんの顔を覗き込む。
……顔とかに怪我をしたような様子は見られない。
「車に跳ねられた時、頭を地面に強く打ち付けたらしくて、顔とかには傷はついていないんだ……不幸中の幸いだよな、一生物の傷をつけることはなかったんだから」
自嘲するように、吉行は言う。
僕達は、それをただ静かに聞いているしかなかった。
「……俺は駄目な兄なのか?妹が車に轢かれて苦しそうにしてたのに、俺だけがただ突っ立ってたなんて……俺は、兄失格なのか?」
「……そんなんじゃねえだろ」
「……え?」
大貴が、諭すような口調で言う。
「現にお前は今、妹のことを心配してるじゃねえか……妹の無事を、祈ってるじゃねえか」
「……」
「何もしてないわけじゃない。お前は、兄として最低限の行動は出来ている。それは、兄として忘れてはいけないもの―――兄妹を、大切にすることだ」
大貴が吉行にそう言った、その時だった。
「……ん」
「あ……杏子!?」
杏子ちゃんが、目を覚ましたのだった。




