6-2 失われた記憶 その2
「お、おい!人が車に轢かれたぞ!」
「女の子だ!誰かあの女の子を此方まで運んでやれ!」
「救急車だ!救急車を呼べ!!」
辺りが騒然としてくる。
無理もない……何故なら、目の前で人が一人、トラックに跳ねられたのだから。
「大丈夫か!まだ生きてるな!」
「ええい、救急車はまだか!!」
見知らぬ人達が、杏子の為に動いていた。
物凄く感謝はしていた……けど、俺はその場で棒立ちになっていて、動くことすら出来なかった。
心臓は動いている……思考は働いている。
いざと言うときに動く準備もしてある。
だと言うのに……肝心の体が、言うことを聞かなかった。
杏子を助けたいという一心よりも……杏子がトラックに跳ねられたという事実の方が、俺の心の中を埋め尽くしてしまったからだ。
「……い!おい!」
「……俺か?」
その時、自分が呼ばれていることにようやく気付いた。
慌てて意識を取り戻してみれば……何やら怒りの形相を浮かべている、自分よりも5、6歳は歳が離れている男の人が立っていた。
……何故、俺に向かって怒っている?
「お前……今トラックに轢かれた女の子の兄だそうだな」
「……ああ」
ようやっと出した一言は、気の抜けたような返事だった。
ショックで、まともに声も出せないでいたのだ。
その時だった。
(バシン!!)
「……え?」
頬を、思い切り叩かれた。
それは、凄く痛い一撃だった。
心が込もっていて……力が込もっていて、怒りが込もっている。
そんは一撃だった。
叩いた男は、その後に俺にこう告げた。
「馬鹿野郎!兄が妹を助けないで、何ノウノウとこんなところで突っ立ってるんだ!それでもお前は、本当に兄と言えるのか!!」
「……は!?」
怒りすら込み上げてくる一言だった。
理不尽な一言だ。
他人の心の中を読み取ることが出来ない人間がやらかす、とんだ勘違いだ。
……心配しないとでも思っているのか?
自然と俺の体は、震えていた。
「自分だけこうして生きててあ~良かったとか思ってるんだろ!お前はそれでも兄なのか!?本当はお前、兄なんて役目は出来ていないんじゃねえのかよ!!」
「黙れ!!お前に俺の心の中が分かるわけでもねぇのに、勝手なこと抜かしてんじゃねえ!!」
ついに耐えきれず、俺は、キレた。
「目の前で大事な奴が車に轢かれた奴の気持ちが分かるか?分からねぇだろ!自分だけが生きててあ~良かっただと?!ふざけるのも大概にしろ!!心配してなかったわけじゃねえ!テメェラに指摘される筋合いなんかねぇんだよ!!」
「なんだとこの野郎!!」
「俺は兄だ。海田杏子の兄だ!!兄の役目は十分に務めているつもりだよ!兄失格のような行動なんざ、一度たりともしたことねぇよ!!」
怒りに任せて言う言葉は、ほとんど意味が通じないものだった。
けれど……納得いかない。
人がどんな思いをしているのか分かってない奴に、そんなことを言われる筋合いなんかねぇ!!
「やめろ!今は喧嘩してる場合じゃないだろ!」
今にも殴りかかろうとしていたその時。
誰かが俺達の間に割って入って、そう告げた。
……確かにその通りだ。
今は杏子だ……体は、動く!!
「杏子ぅうううううううううううううううう!!」
俺は夢中で、駆け出していた。