6-1 失われた記憶 その1
思い出したいのに、思い出せない。
貴方は、そんな経験をしたこと、ありませんか?
私は今……あることを思い出せないでいます。
私が、私が……。
第六のカケラ 失われた記憶
それはある日の休日の話だった。
俺が久し振りに杏子と二人で買い物に行っていたその帰り道で、それは起こった。
「お、重いな……この荷物」
「お兄ちゃん、ファイトファイト!」
「お前な……けど、可愛いから許す!」
この日杏子は、健太の妹である美咲ちゃんと一緒に、デパートに服を買いに行く予定があったのだが、つい先日にキャンセルの連絡があった為、その話はなしとなった。
どうやらその理由が、熱が出てしまったということらしい。
この電話自体は、健太からのものだったらしい。
まさか杏子も、健太からいきなり電話が来るとは思っていなかったらしく、顔を赤くしつつ、何やらソワソワした様子で電話の応対をしていた。
そしてその後、クラスの友達に電話をかけてみて、此方も都合が合わなかった。
なので、その日暇だった俺に、その役目が回ってきたのだ。
いやぁ、その友達と美咲ちゃんには悪いけど、おかげで俺は、久し振りに杏子と一緒にデートすることが出来るぜ!
「お兄ちゃん……これ、デートではないよ?」
「なぬっ!デートではないだと!?……てか、聞こえてた?」
「うん、バッチリと。周りの人が何事かと興味を示す位に」
や、ヤバいヤバい……つい、内なる欲望を爆発させてしまうところだった。
このままだと俺、妹に欲情してしまう駄目な兄貴じゃないか!(しかも血が繋がっているというオマケ付き)。
「……お兄ちゃん、ヨダレ、垂れてるよ?」
「なんのこれしき!」
(ゴシゴシ)
ポケットの中から慌てず優雅にハンカチを取り出して、俺は華麗に口元を拭く。
……ふっ、決まったな。
「ポーズまで決めちゃって……それじゃあ単なるナルシストだよ、お兄ちゃん」
「いいのさ。男はみんな、自信を持って生きていくべき生き物だから!生物学的にも証明されているんだぜ!」
「されてないから……お兄ちゃん」
杏子が呆れがちにそう呟くのが聞こえたような気もしなくもないが、この際気にしないことにしよう。
それにしても……。
「こうして二人で出掛けるのって、何年ぶりだっけか?」
「二人でだと……多分五年振りくらいかな」
「もうそんなに時間が経っちまったのか。俺達も、成長したんだなぁ」
「頭の方は?」
「からっきしだな……って、何を言わせるんだ!?」
「アハハ!美奈さんに、そう言えって言われたんだよ」
中川め……後で懲らしめてやる。
返り討ちに遭うかもしれないけど。
と、そんなことを考えている時だった。
「!あ、危ない!!」
「……え?」
突如杏子が、道路の方を見て、叫び出す。
何事かと思い、その場所を見てみると……ど真ん中に猫が立ってて、向こうからはトラックが!?
「た、助けないと!」
「お、おい杏子!!」
制止の声を無視して、杏子は走って行く。
こうしている内にも、トラックは近づいてくる。
俺も走り出す。
だが、杏子に追い付くには、人込みが邪魔だった。
それこそが、命取りだった。
ドンッ!
そんな音が聞こえた時、俺の頭の中は真っ白になった。