4-5 彼女の選択 その5
「それじゃあ、僕はそろそろ帰りますね。あまり長い間ここにいるのも、悪いですし」
「もう帰るのかい?もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
「いえ。そろそろ美咲が帰ってくるお時間かもしれないので、僕は帰ります」
「……そうかい」
優しい笑みを浮かべながら、しかしその笑みには寂しさも混ざっていたのだが、美咲のお父さんは僕にそう言った。
「美咲が帰って来たら、よろしく伝えておいてください」
「うん……分かった。君が元気でいたことを伝えておくよ」
「ありがとうございます」
僕は椅子を引き、少しばかりの手荷物を片付けて、席から立ち上がる。
脱いでいたコートを羽織り、帰る支度はこれで終わった。
後は、このまま家に帰るだけだ。
「たまにはうちに来て、美咲の顔を見に来てくれてもいいよ」
「誘いの言葉、ありがとうございます……けど、残念ですが、僕は期待に答えられるとは到底思えません」
今、僕が美咲に会ってしまったら……美咲の決心が崩れてしまうかもしれないから。
僕も美咲に会いたいけど、会って話がしたいけど、それは胸の奥底の方に無理矢理押し込んでおいた。
「……そうか。それは少し残念だな」
「……ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「いいって……君が謝ることではないだろうに」
優しく言葉をかける、美咲のお父さん。
……美咲に対して罪の意識を抱いているが為に、美咲の心の中とかを理解することが出来る、この世でたった一人の肉親。
それは、僕達『木村家』のような、美咲とは『虚構』の家族関係では不可能なことだとも言えよう。
まともに血が繋がっているのは、父さんと僕だけ。
母は再婚してからの母だし、美咲はかつて養子という関係で木村家にやってきた。
……僕は、家族の関係になれたなら、その気持ちも理解出来ると思っていた。
けれど、現実はそうではなかった。
結局の所、僕達と美咲は、他人同士でしかなかったのだ。
ただ、関係が少し複雑化しただけの、赤の他人だったのだ。
「……恐らく、僕はもうこの家の敷地には入らないでしょう。ですが、僕はあなた達に『さよなら』とは言いません」
「……」
「また会うこともあるかもしれませんし、何かの気の迷いで、この家に来る可能性も否定は出来ませんから」
「気の迷いなんかじゃなく、いつでも来ていいのに……」
「まだ……駄目なんです。僕が美咲に会うのは、大分時間が経過してからじゃないと、駄目なんです」
僕がそう言い切ると、美咲のお父さんは、黙って首を縦に頷かせた。
それが何を意味するのかを僕は読み取り、
「それでは、失礼しました……また何処かで、お会いしましょう」
「……ああ」
そうして僕は、月宮家から出た。
と、同時に。
「「……」」
月宮美咲に、出会ってしまった。