2―10 Her's last love その10
「静香……さん」
「……はい」
今、僕の目の前には、間違いなく静香さんがいる。
僕のことを、確かに見ていてくれている。
その事実が、僕はとても嬉しいと思った。
同時に、寂しくも思った。
僕の目の前にこうして現れたということは……静香さんが死んでしまったことを改めて思い知らされることになったからだ。
もしまだ生きているのなら……体が透けているなんてことはないだろうし、第一まだ病室にいるはずだもの。
「……それでも、もう一度会えて、良かった」
僕はその存在を確かめる為に、静香さんのことを抱き締めようとする。
しかし……その体に触れることは、出来なかった。
「……え?」
触れようとしたところで、通り抜けてしまった。
……触れることが出来ない?
「どう……して?」
「……ごめんなさい。私が意識していなかったので」
「意識してなかった?」
それはどういう意味なのだろうか?
何か意識をすれば、何かをすることが出来るのだろうか……?
「こんな体となってしまったので、体に意識を張り巡らせないと、何かに触れることが出来ないんです」
「……そういうことだったんだね」
なんだ、そういうことだったのか……。
「けど、本当に静香さん、幽霊に……」
「いえ、幽霊になったわけではないんですよ」
……幽霊になったわけではない?
それって一体、どういうことなのだろうか?
「私の魂は、戻るべきところに戻っただけです……だから、『この世界の青水静香』は死んでしまいましたけど、『別の世界の青水静香』は生きていますから」
「……うん?」
意味が少し理解出来ないけど……。
とりあえず、静香さんが死んだわけではない(?)ということは分かった。
なんというか、他の場所で会えるような……そんな感じがするんだ。
「とにかく良かった……静香さんともう一度会うことが出来て」
「……私の願いが、まだ一つ残っていましたから」
「静香さんの……願い?」
なんだろう、静香さんの願いって。
それがなんであろうとも、僕は静香さんの願いを聞くことしか出来ないのだ。
「……聞いてもいいかな?静香さんの願いを」
「……はい。健太君には聞いて欲しいです。いえ、健太君だからこそ、聞いて欲しいんです」
「僕だからこそ?」
「……はい。私の願いというのはですね」
静香さんは、一回そこで間を置いて、それから、
「健太君と……キスがしたいです」
「……え?僕と、キス?」
「……はい」
顔を赤くして、静香さんが頷く。
……なんだか僕の顔まで赤くなってきた。
「……僕でよければ」
「よかった……」
ホッと胸を撫で下ろす動作をする静香さん。
ああ……本当にいとおしい。
「この願いが、私の最後の願いです。そして、この願いが叶えば……健太君は元の世界に帰る為にまた一歩、踏み出せるみたいです」
「元の世界に帰る……第一歩」
「はい……これは、感謝の印と、これからも頑張ってくださいの、両方の気持ちが宿ったキスです」
静香さんはそう言いながら、顔を僕に近づけてくる。
拒む理由はない……僕はそのキスに応じるように、僕の方からも顔を近づける。
やがて、僕達の唇は……重なった。
同時に、僕の意識は、その場所から消え失せた。
何処かで、ガラスが割れるような音が聞こえたような気がした。