2-3 Her's last love その3
家に帰ってきた僕は、明日の支度をしていた。
……思い出されるのは、静香さんの笑顔。
それに、やはり、管野さんの言葉。
「……僕は静香さんのことをどう思ってるんだろう?」
一人、そのことについて考える僕。
と、そこへ。
「どうしたの?お兄ちゃん。一人でアンニュイな気持ちになったりして」
「……美咲か」
そこに、美咲がやってきた。
友達とどこかに行ってきた帰りなのか、両手に紙袋らしきものが見える。
「それで、どうしたの?」
「……」
正直、美咲にこの話をすべきなのか、迷ってしまった。
僕が抱えているこの悩みを、妹である美咲に話すべきなのか(義理だけど)。
……少し悩んだ結果。
「……実は、ちょっとした悩みがあるんだ」
ついに僕は打ち明けることにした。
美咲に頼るのは、兄として少し気が引けたが。
こんなことを話せるのは、家族である……大切な妹である、美咲以外にいないのもまた事実だったからだ。
「……そっか。お兄ちゃんにもついに春が来たんだね」
「は、春?」
「何でもないよ」
僕が最後まで言い終えたときに。
面白そうなものを発見した子供のような表情を浮かべて、美咲はそう言った。
……春とは、季節の春のことだろうか?
「……私もそんな気持ち、感じたことがあるよ」
「美咲も、経験したことあるの?」
「……そりゃあ、人として生まれたのなら、誰もが一度は経験するだろうことだもん。私の場合は、初恋がちょっと叶わないものだったけど」
最後の方が聞き取れなかったが。
こんな気持ちになったのは、僕だけじゃなかったんだ。
……それにしても、いつ美咲はそんな気持ちを体感したのだろうか?
最も、今はそのことは関係ないから、尋ねる必要もないのだが。
「それじゃあ、これは……」
「うん。お兄ちゃんは、静香さんに恋してるんだと思うよ。私はその人がどんな人か知らないけど、鈍感なお兄ちゃんを振り向かせるってことは、よっぽど凄い人なんだね」
「鈍感って……」
失礼な。
……認めざる負えない節もいくつかあるけど。
そこまで鈍感かな、僕って?
「うん。鈍感だよ」
「そんなにはっきり言わなくても……」
「お兄ちゃんは、それだけはっきり言ってあげないと、自分のことにまったく気付かないんだもん」
……そこまでだったんだ、僕って。
以降、気をつけることにしよう。
「僕が静香さんに恋か……」
「……悔しいけど、静香さんなら、お兄ちゃんと釣り合うんじゃないかな?お兄ちゃんがそんな想いを抱えたのって、初めてだもんね」
「……うん。何だか、会っていない時間がもどかしいんだ。もっと話をしたい。もっと顔を見ていたい。もっと触れていたい……なんてね」
「うわぁ……お兄ちゃんらしくない」
「言わないでよ。今軽く僕もそう思ってたんだから」
でも、この気持ちに偽りはない。
僕は静香さんのことが『好き』なのではなく、『愛している』。
両者は同じようで、違う言葉。
言葉にかかる重みが、全然違っていた。
「……ありがとう、美咲。おかげで僕は、自分の気持ちに気づけたよ」
「それで、いつ伝えるの?」
「え?」
美咲が驚いたような顔を浮かべる。
僕、変なこと言ったかな?
「まさか……気付いただけで満足してるんじゃないよね?」
「……あ」
忘れてた。
気付いただけじゃダメなんだ。
この気持ちを……伝えないといけないんだ。
「次に静香さんと話に行く時に、話そうと思ってる」
「……なるべく早く伝えた方がいいよ。遠くに離れてしまう前に、伝えないと」
そう言った時の美咲の表情は、何故だか知らないけど、どこか寂しそうだった。
……笑顔ではあったけど、寂しそうな色が混ざっていた。
しかし、僕は何も言うことが出来なかった。