【短編コミカライズ】最近、婚約者に避けられている件について。
最近、婚約者の様子がおかしい。
何がおかしいかというと、いつも側にいて陽の光を浴びて輝く愛らしい花のように眩いばかりの笑みを湛えてくれる、そんな彼女が近くにいないことだ。
いや、近くにいないどころか、私はどうやら避けられているようなのだ。
思えばそれは半月程前、突然彼女が何か奇天烈な言葉を叫び意識を失ってからのこと。
彼女が倒れる前、気を抜いたらすぐにでも触れたくなってしまう彼女の……、いや、可愛らしい唇から、“げぇむ”という聞いたことのない単語が飛び出したのは、私の空耳だっただろうか。
とにかく、驚き触れた彼女の身体は熱く、どうやら熱を出してしまったらしい。
いつも風邪一つ引いたことのない彼女の尋常でない様子に、私は慌てて医者を呼び、意識が朦朧としている彼女が目を覚ますまで、昼夜問わず付きっきりで看病に臨む……つもりでいたのだが、それは両家の両親に阻まれ断念せざるを得なかった。
そんな私に出来ることといえば、ただ彼女の無事を神に祈るばかりだったということは、我ながら不甲斐なく情けない。
幸いなことに、今回は一晩経った後に彼女が目を覚ましたから良かったものの、これでもし彼女の目が覚めなかったら、私は正気でいられなかったに違いない。
そして、その後は更に驚きの連続だった。
いつもだったら、彼女はどんなに忙しくても私の顔を一目見たいと、予定を変更してまで会ってくれるのだが、今回は違った。
私が彼女の元気な姿を見たいと願っても、仲介人である侍従達は首を横に振るばかり。
最初は、まだ本調子でないから彼女が気を遣っているのか(だけど私としては弱いところも見せて甘えて欲しいと言うのが本音)と思っていたのだが、それはどうやら違ったようで、いつになっても彼女は私の目の前には姿を現してはくれなかったのだ。
私が毎日見舞いの品と称して、花や健康に良いとされる食材と共に、一目で良いから会いたいと想いを手紙に綴って送ってみたりしたのだが、それでも彼女からの面会許可は降りなかった。
婚約者になってからは、ほぼ毎日彼女の顔を見なかったことはなかったというのに、この期間……、彼女からの面会許可をもらえなかった私は、所謂お預け状態を食らうこととなり、そんな彼女をようやく学校で見つけた時には、既に我慢の限界に達していた。
「あ、あの……?」
逃げられないよう、私と壁の間、そして、私の両腕の間で身を縮こまらせているのは、私が会いたいと望んでいた、婚約者本人で。
そして、戸惑ったように目を白黒とさせながらも、白い頬を赤く染めている彼女を見下ろして、私はにこりと笑って言った。
「久しぶりだね、私の婚約者殿。 元気そうで何よりだよ」
「お、怒っていらっしゃいますね?」
「ふふ、私を映す君の瞳には、そう見えているのかな?」
そう言って、その菫色の瞳にもっとよく私が映るように顔を覗き込めば、彼女は声にならない悲鳴をあげる。
きっと言葉に出来ないのだろう彼女に向かって、私は言葉を続けた。
「君と会えなかった13日と20時間10分。 私にとっては凄く長く辛く寂しくて。
君にお預けを食らったけれど、それでも、君は必ず自ら私に会いに来てくれると思ってずっと待っていたんだ。
……それなのにどうしてかな、君は私の心婚約者知らず、とでも言うべきかな。
君は私の元へ来ないばかりか、学園へ来るなり私の顔を見て逃げ出す始末。
さて、君は一体何を考えているのだろうか?」
「そ、それは……」
彼女の表情が青ざめ、一瞬で表情が曇る。
彼女が答えるまで逃すつもりはなかった私は、笑みを浮かべたまま言った。
「婚約者の間では、鬼ごっこでも流行っているのだろうか?
それならば話は早い。 君が逃げるのなら、私が鬼になれば良いんだろう?
まあ、一瞬で捕まえてみせるが」
今みたいにね、と笑って言えば、彼女は頬を紅潮させると思ったのに、その彼女は顔を曇らせたままで。
私は笑みを消すと、彼女が今考えているであろう核心をついた言葉を放った。
「……君が鬼ごっこをするようになったのも、“げぇむ”とやらが関係しているのかな?」
「!! ど、うしてそれを」
ようやく彼女が大きな瞳を丸くし、私を見上げる。
予想通りの反応に、もう一押しするため、壁に付いていた手を移動させ、彼女の手を優しく握る。
それだけで戸惑ったように揺れる彼女の瞳をじっと見つめ、なるべく柔らかくなるように言葉を紡いだ。
「……私に、話してくれないだろうか。 今君が思っていることを」
「!」
「何の話でも良い。 君の話ならいくらでも、どんなに些細なことでも、一つも取りこぼさず聞きたいんだ。
……聞かせて」
「!!」
彼女はハッと目を見開く。
そして、その菫色の瞳が潤んだのを見て、今度は私が驚いてしまう。
そして、瞳から零れ落ちた涙をそのままに、彼女は泣きじゃくりながら語り出した。
そんな彼女の話を全てしっかり聞き終えた後に、私は頭の中で整理しながら口を開いた。
「……では、君の話を要約すると、君は私と会っている時に突然前世の記憶、“ゲーム”……、こちらでいう書物の物語のような内容を思い出した。
その世界が今いるこの世界に瓜二つで、私も君もその中の登場人物の一人であり、問題は、君は本来ならば私に婚約破棄をされる悪役令嬢という、悪役の立場だと……」
そう私が口にすれば、彼女は視線を落とし小さく頷いた。
それを聞いて、私は「なるほど」と腕を組んで言った。
「安心した」
「えっ?」
私の言葉に心底驚いた様子の彼女に向かって、私は息を吐いて言った。
「てっきり私に愛想を尽かした、あるいは、好きでなくなったから避けているのかと」
「っ、そんなはずないわ!!」
「!?」
私の言葉を遮るように、前のめりに発言されたその言葉に、驚き目を見開いて彼女の顔を凝視してしまえば、彼女は慌てたようにしどろもどろになりながら言った。
「あ、貴方は私の好……、ぜ、前世からの推しだったのだから!!」
「推し??」
また新しい単語が彼女の口から飛び出したことに、キョトンとしてしまう私に対し、彼女は顔を赤くさせ、コホンと咳払いをして言った。
「と、とにかく、私は貴方の幸せを願っているわ。
もしかしたらこの先、ヒロイン……、主人公が現れることで、貴方はその方のことを好きになるかもしれない。
そうしたら、いよいよもって私は多分、その主人公のことを恨めしく思うに違いないわ。
そうなってしまえば、貴方の恋を応援することもきっと出来なくなる。
だから、私は……っ!?」
話している最中の彼女の顎に手を添え、上を向かせれば、彼女は驚いたように固まってしまう。
そんな彼女を見下ろし、私は微笑んで言った。
「君の話は取りこぼさず聞きたいと言ったけれど、この話は別だな。
これ以上話を聞いてしまえば、私はきっと、今君に対して抱えているこの感情を、全て君自身にぶつけてしまいかねない」
「は、え……」
「あれ、この説明じゃ分かりにくかったかな。
つまり、もしもでも考えたくもない未来の話を君の口から聞かされてしまったら、私はたとえどんな手段を使ってでも君を手放したくなくなってしまうに違いな」
「わーっ!? 分かりました! 分かりましたから!!」
彼女の小さな手が、慌てて私の口を塞ぐ。
その華奢な手をそっと取ると、そんな彼女に見せつけるようにしてわざと音を立て、それに口付けを落として言う。
「理解して頂けたようで何より」
「〜〜〜!?」
彼女はこれ以上ないほど顔を真っ赤にさせ、バッと自分の顔を手で覆ってしまう。
そんな姿も愛らしいが、私としてはその表情をもっとよく見せてほしいという本音を押し殺して、そんな彼女を腕の中に引き寄せるだけに留め、彼女の柔らかな瞳と同色のさらりとした髪を撫でながら口にする。
「それにしても心外だな。
私が勝手にゲームとやらの世界で、会ったばかりの女性と結ばれるだなんて。
どんな世界線にいたって、私には君しかいないというのに」
「!? わ、分からないじゃない。 ヒロインは……、主人公は、本当に可愛いのだから」
「君は一体どちらの味方なんだ。
そうだな、君が悪役令嬢の立場にいるというのなら、その主人公とやらをあんな女呼ばわりしてくれていた方が、私としては安心するというものだが?」
「そ、そんなこと言えないわ……」
戸惑ったような彼女の口調に、私は笑って頷く。
「うん、知っている。
君が人の悪口を言えない人だということも。
第一、私が何度君に結婚を迫ったと思ったと思っている?」
「じゅ、十回以上?」
「23回だ。
それも、君が『末端の侯爵令嬢に過ぎない私が次期公爵様の婚約者だなんて〜』と何度も断ってきたから、その度に私は傷付いていたというのに」
「傷付いてはいないでしょう!? 最終的に私が逃げられないよう、貴方の従兄弟である王太子殿下からも婚約を勧められたのだから!
貴方は策士だわ!」
分かりやすく震える声でそう言葉にした彼女に対し、私は少し腕を緩めて彼女の顔を覗き込んで首を傾げる。
「さあ、何のことだか」
「と、とぼけても無駄よ! いつもそうやって回りくどい言い方をすれば、私が黙って言うことを聞くと思っ、!?」
私が可愛らしい言葉を紡ぐ彼女の唇に、指で軽く触れただけで、口を噤んでしまうそんな彼女も本当に、
「うん、今すぐにでも結婚して、私だけの君になってほしいほどに可愛い」
「!?!?!?」
「おっと」
彼女はどうやらキャパオーバーのようで、ふらりとよろめいた身体を支えると、珍しく黙って私に寄りかかった。
(ふふ、少し愛情表現が過ぎたかな)
彼女には怯えられないよう、少しずつ愛情を示してきたつもりなんだけど。
それがどうやら、今となっては仇となっているようだ。
でも。
「ごめんね。 私の君に対するこの気持ちは、溢れそうなほどにいっぱいで、自制しないと今にでも決壊しそうなんだ。
だからもし君が不安なら、私に言って。
そうすれば、何度だって伝えるから」
「……何て?」
彼女の菫色の瞳が、私の瞳をじっと見つめる。
やはり、まだ不安なのだろう。
そんな彼女に対し、私は彼女に対する想いをぶつけるように、笑みに、言葉に込めて言った。
「昔も今も、これから先もずっと、君だけを愛しているよ。 ……エヴリーヌ」
「!!」
そう言って名前を呼べば、彼女はボンッと更に顔を赤くさせるものだから、そんな彼女も林檎のように可愛らしく思わず笑みを溢す。
そんな表情をいつまでも眺めていたいと見つめながら、彼女の髪を撫でていたら、
「っ!」
不意に彼女の顔が近付き、そして……、唇に訪れる柔らかな感触。
それはほんの一瞬の出来事だったけど、彼女の方からは間違いなく初めてのことで。
そんな彼女は目を逸らしかけたけど、意を決したようにギュッと小さな手で拳を握って言った。
「わっ、私も、貴方を、ジルを愛しています……」
「!!」
どんどん尻窄みになっていった言葉だったけど、その表情を見れば、彼女がどれほど勇気を出してその気持ちを伝えてくれたかが分かって。
私はニヤけてしまいそうになる表情筋を必死に堪え、代わりに笑みに彼女を愛しいと思う気持ちを乗せ、爽やかに笑って言った。
「駄目、もう限界」
「は……、っ!?!?」
彼女の口から漏れ出た吐息を掠め取るように、今度は私の方から唇を重ねる。
そして、私は確信した。
彼女がいくら私の元から離れようとしても、この手を絶対手離せそうにないと。
だって、私とこの世界を共に歩む女性は、彼女以外には考えられないのだから。
(その代わりに、君が辛い時や悲しい時、苦しい時はいつだって私が力になろう)
そして、楽しい時も嬉しい時に見せるその笑顔も、どんな君だって全て見せてほしいと、そう願ってしまう私は重症なのだろうか。
(それなら、君にもそんな私の想いが伝わるように、そして、私が君に抱くこの想いと同じくらい好きになってもらえるよう、努力していくことにするよ)
だから、
「覚悟しておいてね、エヴリーヌ」
そう長い口付けの合間に笑みを浮かべて言えば、彼女は今度こそ意識を失いかけたのだった。
最近、婚約者に避けられていたのは、どうやら私のせいだったらしい。
ヒーロー目線での短編、いかがでしたでしょうか?
楽しんでお読み頂けていたら幸いです。
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