虚弱体質の貴族の三男はスキル「幽体離脱」で国を守護する
「セイン様!」
「なんと……息を吹き返したぞ! 奇跡だ!」
「う……うぅ……?」
記憶が混濁している。
俺は……いや、僕は……。
「セイン! 無事か、セイン!」
「あ……兄様……?」
……そうか、僕は……セイン。
地方の領主であるラズヴェルト家の三男、セイン・ラズヴェルト。
僕は家から出ることができないほどの虚弱体質で、さっきまでは病気で死の淵にいたはずだ。
それなのに、病気の症状は跡形もなく消え去っている。医師が奇跡だと言っているのはそのせいだろうか。
……しかし、妙だな。
僕の中に知らないもう一人の記憶がある……。
こことは違う世界、文明も何もかもが違う。
もしかして、僕はその人の命で生き返ったのだろうか?
「ああ……よかったですセイン様……」
泣きはらした顔をしているのは僕の専属メイド、アーティだ。
そうか、僕は屋敷の中を歩いている途中で急に倒れて……意識不明になったんだ。
「ごめん、心配をかけたね。でも、僕はもう大丈夫だから泣かないで」
「はい、はい……っ」
言った傍からもう……でも、悲しいという意味ではなく、安心したという意味での涙かな。
いつも献身的に接してくれるアーティを泣かすなんて、僕は悪い子だ。
……それもこれも、全て僕の虚弱体質のせい。魔力だけは高いのに体力を筆頭に他のステータスが全て1……最弱のモンスターであるスライムすら倒せないと言われるほどだ。
魔力があればそれを使えばいいと思ったけど、魔法を使った反動で倒れかねないと専門家は語っている。
だから僕はレベルを上げて虚弱体質を改善することができない……いわゆる詰みの状況だ。
しかし、生死の境をさまよったこの日から、僕の運命が大きく変わることになる。
僕が持つ用途不明だったスキル『幽体離脱』によって――。
**********
「セイン様、お飲み物をどうぞ」
「ああ、ありがとうアーティ」
アーティから渡されたカップを受け取る。花の香りのするハーブティーだ。
僕の体調を整えるため、中には薬草を煎じたものが入れられている。
僕はハーブティーを少しずつ飲む。その間にアーティは世間で話題になっている話をしてくれる。
「最近、夜になると魔物が凶暴化して人を襲うようになっているそうです。セイン様のお兄様が夜間警備をされていますが、数が多く被害がなくならないそうです……王都に応援を要請しているのですが……」
「……僕も戦いに参加できればいいんだけどね」
「セイン様……」
僕は無力だ。魔力がありながらそれを扱うことすらできないなんて。
この魔力を活用する方法さえあれば、兄様や父様のお手伝いをできるのに。
……今まではそう思ってた。でも、さっき頭の中に入ってきた情報のおかげで、もしかしたら僕も戦闘に参加できるようになるかもしれない。
そう、今まではどんなスキルか分かっていなかった『幽体離脱』で。
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その夜、僕は眠りについた時に『幽体離脱』を実行することにした。
スキルのことを意識しながら目を閉じ、意識に集中する。
すると、身体がふわりと浮くような感覚を覚え、目をそっと開くと僕はベッドの上に立っていた。
下を見ると僕がいる。……これが、『幽体離脱』。
僕はベッドを降りて、周りを歩いたり走ったりしてみる。
しかしどんなに激しい動きをしても、疲れる様子は全くない。
いつもなら少しでも走ろうとすると息切れを起こし、倒れそうになるのに。
「これが自由な身体……!」
僕は感動した。今まで体力がなくてできなかったことができるようになったからだ。
その後、流れ込んできた記憶を辿り、この『幽体離脱』は明晰夢のようなものではないかという情報を得る。
明晰夢の中なら自分が望んだとおりのことができる。ということは……。
「僕に翼を生やして。夜空を飛べるように」
そう願ってみると背中に違和感を覚え、天使のような羽が生えてくる。
「次に剣……魔物を倒すための、神聖な剣」
次に剣を願うと目の前に光が集まり、剣の形を成していく。
その後も鎧、兜などを願い、窓を開け放ち、夜空へと飛び立つ。
すごい。飛び方なんて知っているはずがないのに飛べてる!
しばらくは空中から町の様子を眺めていたが、突然異変に気付く。
遠くから響く剣戟の音。もしかして……。
「アーティの言ってた、魔物……?」
そして夜間警備を担当しているのは兄様。……もしそうなら助けてあげないと!
僕は大急ぎで音のする方へと向かった。
**********
「くっ、数が多い……!」
近くまで行くと兄様が戦っている姿が見える。どうやら数で押されて苦戦しているようだ。
周りには負傷している兵士たちもいる……急いで加勢しなきゃ!
僕は近くに降り立つと魔物に向かって剣を構える。
翼が生えても無意識のうちに使えたんだ、剣だって……!
「……新手の敵!?」
「いや、違う……どうやら魔物たちと敵対しているようだ」
兄様が僕に剣を向けようとした兵士を諫める。
よかった、勘違いされなくて。
訓練でよく見ていた兄様の剣技をイメージしながら……よし。
「……すごい、一瞬で魔物を複数仕留めてる……しかし、あの剣技は……」
「……今はそれを気にしている時ではない、各自、魔物を殲滅せよ!」
「はっ!」
どうやら僕が戦闘に加わったことで兵士たちの士気が向上し、魔物を追い詰め始めた。
しかし、そう簡単には終わらせてくれないようだ。
「あれは……フレイムウルフ!」
フレイムウルフ……その名の通り、炎を操るオオカミだ。
その戦闘力は高く、兵士が数人がかりでも敵わないような強さと言われている。
「ガァァァァッ!」
どうやら仲間を殺されて激昂しているようで、こちらに気付くなり口から炎を吐きかける。
「あ、ああ……見知らぬ騎士殿が……」
「フレイムウルフの炎は鉄をも溶かす……無事ではあるまい……」
……僕もダメだと思った。しかし、意識はまだはっきりとしているし、火傷などの痛みも感じない。
フレイムウルフは僕を殺したと思い込み、兵士たちの方へ向かい炎を吐こうとしている。
しかし、その直前に僕の剣がフレイムウルフの首を刎ねる。
「ば、バカな……あの炎を受けて無傷……!?」
「防具も武器もまったく溶けていない……どんな素材なんだ……」
兵士たちが戸惑いを見せる。……炎を受けた本人が一番驚いているんだけどね……。
僕が何も言わずに立っていると、兄様が声をかけてくれる。
「ご協力感謝する。我々だけでは兵士にも住民にも犠牲者が増えてしまっていただろう。良ければ名前をお聞かせ願えないだろ……」
兄様の言葉の途中、急に身体が消え始める。一体どうして……?
意識も薄れゆき、そして――。
**********
「セイン様!」
気が付くと自室のベッドの上だった。
そこには僕を心配そうに見つめるアーティの姿がある。
……もしかして、今のは夢……?
「もう……セイン様は身体が弱いのですから、窓を開けて寝られては風邪をひかれてしまいますよ?」
「え、あ……うん。ごめんなさい」
……寝る前は窓が閉まっていたはず。開けたのは『幽体離脱』を使ってからなので……やっぱりさっきのは現実……?
「あら……?」
「どうかしたの?」
アーティが僕の顔を覗き込む。もしかして、本当に風邪を引いたのかな……?
「いえ、セイン様のお顔が、いつもより元気そうでしたので……」
いつも一緒にいてくれるアーティだから勘違いではないと思うのだけど。
……もしかして。
「あの、よかったら明日ステータス鑑定をしてみたいんだけど」
「分かりました。何かしらの要因で体力が上がっているのかもしれないということですね」
さすがアーティ、話が早い。
そう、『幽体離脱』をした時にモンスターを倒したから、もしかすると経験値が入ってレベルが上がったのかもしれない。
そうだとすると、この先同じようなことをすれば、レベルが上がって健康になれるかもしれない!
僕は翌日を楽しみにしながら、再び眠りについた。
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「レベルが上がっています……いったいなぜ……?」
以前僕を鑑定してくれた鑑定士が目を見開いている。
今まで一度も戦ったことのない僕のレベルが上がっているからだ。
「セイン様、これはいったい……?」
それはアーティも同じで、僕はこの屋敷から出ていないことを知っているから。
しかし、どう説明したらいいのか……。
「セイン!レベルが上がったと聞いたが本当か!?」
そこに兄様が入ってくる。
……動揺するのは分かるけど、扉はもうちょっと丁寧に扱って欲しいな……。
「はい、どうやら1から5まで上がったみたいです。魔力以外の伸びは普通の人以下でしたが……体力が上がったおかげで、少し楽になりました」
「よかった……神様がセインのことを心配して上げてくださったのだろうか……」
兄様が神様に祈りを捧げる。スキル『幽体離脱』を頂いたのだから、確かに神様のおかげかも。
「……そういえば昨日不思議な出来事があったんだ。魔物と交戦していると天使の羽を持った騎士が援護してくれてな……もしかしたら、あの騎士も神様の遣いだったのかもしれないな。役目を終えたらすぅっと姿が消えたからな……」
……ごめんなさい、それ僕です。
でも、そういうことにしてもらえたら騒ぎにならないからありがたいかも。
……こうして僕はスキル『幽体離脱』により、寝ている間は自由に動ける身体を手に入れた。
どうもこの身体は魔力で動いているらしく、ダメージを受けると魔力を消費するようだ。
また、魔力が切れるか本体が覚醒……目を覚ましてしまうと強制的にスキルが解除されるらしい。
兄様の手助けをした後消えたのは、僕がアーティに起こされてしまったからだろう。
少し不便ではあるけれど、これで僕も兄様たちや父様を陰ながら手伝える!と嬉しくなった。
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それから、アーティにこのスキルがバレてしまって秘密を共有する仲になったり。
人々を陰ながら助けて、この国には守護天使がいると噂になったり。
レベルが上がっていったおかげで普通の生活を送れるようになったり。
そして――。
「セイン様、こちらが最近国に危害を及ぼす恐れのある魔物の目撃情報になります」
「よし、それじゃ討伐に出よう。アーティ、いつもありがとう」
「いえ、これが私の役目ですから。それでは、お気をつけて」
今日も僕は『幽体離脱』で国と領民を守護している。