過去から逃げた代償
愛する女の過去は気にしない――なんて言う男がいるが、それは嘘だと思う。
気にしないというよりは、気にはなるが見ないようにしている。と言う方が正しいだろう。
いくら好きだからって、赤裸々に他の男との素敵な思い出を語られたら、悶絶ものだ。
だから俺は、妻の過去の恋愛体験を一切聞かないようにしている。
ひょんなことで妻が口走ってしまうこともある。その時は聞かなかったことにして、決して掘り下げたりなどしない。
これで何も問題はない。夫婦生活は円満だ。
――だが、過去から目を背けると言うのはある意味逃げである。
「ウソだろ……」
逃げたことによる代償は、俺の人生を狂わせるものだった。
「なんで……」
3才になる息子の血液型検査の結果を見て、愕然とした。
俺の血液型はAB型で、妻の血液型はA型。AB型とA型、生まれてくる子どもはA、B、AB型のいずれかになる。
息子の血液型はO型だった。これはつまり――愛情を注いで育てた息子は、俺と血が繋がっていない。
「どういうことなんだ……」
「なにが?」
妻を睨みつけるも、彼女は気にした様子もなく飄々としている。
「光平は俺の子じゃない! 一体誰の子なんだ!」
「元カレのだと思う。アナタと付き合い始めたのが、彼と別れた直後だったから……」
俺と妻が交際を始めたのは4年ほど前。付き合って間もなく、妻の妊娠が発覚した。
当時の俺は妻とそういうことをしていた。だからお腹に宿った命は俺の子だろうと思った。
「なんで言わなかったんだ……」
「言おうとしても聞いてくれなかったじゃない! 私と彼がどんな関係だったのかを!」
ああ……。
妻は俺に托卵させようとした訳ではじゃなかった。常日頃から、俺の子どもではない可能性を伝えようとしてくれていた。
しかし、俺は妻の言葉に耳を貸さなかった。妻の過去に向き合おうとしなかった。
男にとって、妻の過去の恋愛というものは心を抉るものだ。過去の恋人との関係性が深ければ深いほど、重くのしかかる。
されど、過去があって今がある。全てを知る必要はないが、知らなければならない過去は確実に存在する。
俺は甘かった。
過去の恋愛がどんな結果をもたらすのか想像すらしていなかった。過去から逃げるべきではなかったのだ。
その後、俺と妻は離婚した。あれから10年経つが、俺は今も血の繋がっていない息子の養育費を払い続けている。
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