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裸足の人魚  作者: やわら碧水
第五部
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第一章・ニュー・ジェネレーション(その6)

 遥子が設立しようとしたフットサル同好会には、結局ゴールデンウィークに入る直前になって、当初の目標としていた十人をこえる入会希望者が集まることになった。


 いよいよゴールデンウィークを直前に控えて校内の雰囲気も心なしかうきうきしていたある日の昼休み、遥子は小春やすぴかと一緒に校内のカフェテリアで弁当を食べながら集まって話をしていた。そこで遥子はフットサル同好会が設立できそうな雲行きになったことに対して満面の笑みを浮べながらも、ゴールデンウィーク中も練習場所をどうやって確保するかや、練習のスケジュールをどうやって立てるのかなど、いろいろ考えなければいけないことがあると話していた。


「フットサル同好会ができそうなことに対してはおめでとうと言いたいけど、むしろその後の方がずっと大変そうやな」


 遥子の話を聞いて、小春はため息混じりに言った。


「たしかに大変かもしれないけど、それはあたしが自分で始めたことだからね。あたしがやらなきゃ誰がやるって思うしかないよ」


「そういう前向きなところが、遥子のええとこやな。遥子が高等部から入ってきてくれて良かったよ」


 小春が感慨深そうに話す傍らで、すぴかは少し気づまりな表情をしていた。


「ねえ遥子…、あたし本当にフットサル同好会に入らなくてよかったの?」


 遥子はすぴかが口ごもるのを聞いて、すぴかをねぎらうように言った。


「そんなの全然気にすることなんかないよ。すぴかのやりたいことやるのが一番だし、あたしは小春とすぴかが手伝ってくれただけで十分だから」


「私は華道部の活動かてあるし、フットサルの試合の戦力にはなれへんやろうけど、これからも遥子が困ったことや手伝ってほしいことがあったらいつでも手伝ったるよ」


 小春は遥子に親し気に話した後で、すぴかの方に顔を向けた。


「で、すぴかのファッション同好会の方はどうなっとるん?」


 そこですぴかは、ふとため息をついた。


「それなんだけどね。これについては顧問の先生だって今から探さなきゃいけないし、まずはあの生徒会長に相談することから始めなきゃ。藤坂先輩が遥子のときみたいに力になってくれたらいいんだけど」


「いつも先輩のことばかり頼りにしとったらあかんよ。自分から言い出したことには自分で責任持たな」


 小春はすぴかをたしなめたすぐ後で、辺りを見回して声のトーンを落した。


「おっと、噂をすれば何とやらやな」


 小春が視線を向けた先には、紫と潮音の姿があった。もともと生徒会長として校内で信頼を集めている紫だけでなく、潮音も先日校内で起きたトラブルを鎮めた一件で、生徒たちの注目をより一層集めるようになっていた。紫と潮音がカフェテリアに姿を現すだけで、その場の空気ががらりと変ったように感じられた。


 高等部一年生や中等部の生徒たちが潮音に熱い視線を向けているのを見て、紫はにこやかな顔で潮音に語りかけた。


「この前潮音が一年生の子たちを助けたことで、ますます後輩たちからの人気が高まったみたいね」


 それを聞いて潮音はいやそうな顔をした。


「そんなつもりなんかないってば。私はただ当り前のことをしただけなのに」


 当惑している潮音に、紫は笑顔で答えた。


「むしろ当り前のことだからこそできないってことだって、世の中にはいっぱいあるものよ。それができることこそ大したものだわ」


 潮音が狐につままれたような顔をしていると、遥子が潮音に顔を向けて笑顔で手を振った。


「藤坂先輩、この前はありがとうございました。あと生徒会長も、フットサル同好会を作ることに協力して下さりありがとうございます。なんとかフットサル同好会も希望者が集まって、連休明けから活動できそうです」


 そこで紫は遥子にきっぱりと言った。


「私たち生徒会は別に何もしてないけど。みんなが樋沢さんたちの活動に注目するようになったのは、樋沢さんたち自身が努力したからじゃないかしら」


 しかしそこですぴかが、紫の顔をしっかり見据えながら元気な声で言った。


「峰山先輩、私は樋沢さんがフットサル同好会を作ろうと努力しているのを見て、自分だって何かしたいと思うようになりました。そこで私は、ファッション部を作りたいのです。学校のみんなでおしゃれなファッションを考えたり、文化祭でファッションショーをやったりするのは楽しいと思います」


 しかしそこで、紫は一瞬困惑したような顔をした後で、すぴかに言い放った。


「妻崎さん…だったっけ。あなたは今までフットサル同好会を作りたいとか言って樋沢さんと一緒に活動していたわよね。でもそのフットサル同好会には入らないでまた別の新しいクラブを作りたいなんて、ちょっとやってることに一貫性がないんじゃない? 腰を据えてじっくりやらないで、その場その場でやりたいことに安易に飛びついているようじゃ、何をやってもうまくいかないよ」


 紫のつれない態度を見て、すぴかは一気に落胆したような表情をした。潮音はすぴかのそのような表情を見ていられなくなって、紫を説得することにした。


「紫、せめて話だけでも聞いてやれないか。私もこの子の話を聞いたけど、この子は決していいかげんな考えでこんなことを言ってるんじゃないんだ」


 潮音の話を聞いて、紫も少し気分を落ち着けたようだった。紫は一呼吸おいた後ですぴかに言った。


「だったら今度の連休の間に、自分はどうしてその同好会を作りたいのか、そこで具体的にどのような活動がしたいか、そのためには何をするべきかをしっかり企画書にまとめて、連休明けに私のところに提出しなさい。あなたの活動を認めるかどうかは、それを見て判断するわ」


 紫の冷然とした口調にすぴかは一瞬息を飲んだものの、そこではっきりと紫の顔を見据えて返事をした。


「わかりました。連休中に企画書を書いて、先輩に提出します」


 潮音は紫がすぴかの要望を少しは聞く姿勢を示したことに多少はほっとしたものの、むしろこれからが前途多難だぞと思っていた。


 潮音は遥子たちを一年生の教室まで送っていくことにしたが、そこで遥子はぼそりと潮音に言った。


「あの生徒会長…一見優しそうに見えるけど、実は結構厳しい人なんですね」


「ああ。私だって去年一緒のクラスで文化祭の劇をやったけど、あのときはみっちりしごかれたからね。でもファッション同好会を作ったところで、いいかげんな気持ちで始めて結局うまくいかなかったら、すぴかだっていやな思いをするし、周りに迷惑をかけるだろ? 紫はそんなことになってほしくないと思っているからこそ、あえて厳しくしてるんだと思うよ」


 その潮音の言葉に、すぴかは納得したような表情をした。


「この連休中に、ちゃんと企画書を書いてきます」


「しっかりやれよ。紫も認めてくれたらいいけど、そのためでもちゃんとしたものを書かないとな」


 続いて潮音は、遥子の方を向き直した。


「フットサル同好会の方はどうなの?」


「はい。入会希望者が目標の十人以上集まったので、連休明けにいっぺん集まろうって思っています。練習をどうするかとか、考えなきゃいけないこともいろいろあるので、今度の連休は忙しくなりそうです」


 そう話すときの遥子は、見るからににこやかな表情をしていた。そのような遥子の姿を前にして、潮音も自然と明るい表情になっていた。


「それは良かったな。でもフットサルに夢中になるのもいいけど、勉強だってちゃんとやらなきゃ」


 潮音に勉強の話題を振られると、遥子は痛いところを突かれたような気まずい表情をした。それを見て小春は、やれやれとでも言いたげな顔をした。


 やがて一年桜組の教室に近づいた頃になって、潮音はすぴかに少々言いにくそうに話しかけた。


「あのさ…妻崎さんはファッション部を作ろうとするのはいいんだけど、スカートを変に短くしてはいたり、制服をギャルみたいに着崩したりするのは何とかした方がいいんじゃないか? また先輩から目をつけられるかもしれないし、生徒指導の先生から説教食らうかもしれないぞ」


 しかしそれに対しても、すぴかは態度を崩そうとしなかった。


「あたしは自分らしいと思う恰好してるだけですけど。それにスカートを短くしている人は先輩の中にだっているじゃないですか」


 そこで潮音は少しむっとしながらすぴかをたしなめた。


「自分らしくするのとわがままとは違うだろ。それにそもそも、『自分らしく』っていうのがどういうことかわかるようだったら誰も苦労なんかしないよ。好きなかっこしたかったら、南稜みたいな制服のない学校行けばいいじゃないか」


 潮音の言葉を聞いて、すぴかは少し考え込むようなそぶりをしていた。


「あたしは服やおしゃれのことが好きで、制服もおしゃれな学校に行きたかったんです。…でも高校に受かったのをいいことに、少し調子に乗っていたかもしれませんね。あたしがファッション部を作りたいと言ったのだって、どうすれば自分らしいファッションができるか考えたかったからなのですが…」


 潮音はすぴかは自分の言ったことをわかってくれたのだろうかと思ったが、みんなで一年桜組の教室の前に着くと、遥子たち三人は丁寧にぺこりとお辞儀をして潮音と別れた。


「どうもありがとうございました」


 この三人の中で潮音は特にすぴかの動作を見て、服装がだらしないとか言われているすぴかも、基本のところはしっかりしているではないかと感じていた。


――あの子だって決して悪い子じゃないんだけどな。


 潮音は校内にファッション関係に興味を持っている子は少なくないから、入会希望者を集めること自体は難しくないだろうと思っていた。でも問題はその後で、すぴかのやろうとしているファッション同好会の活動がうまくいくのだろうかと一抹の不安を抱きながらも、昼休みの終りを告げる予鈴が鳴ったので自分も二年梅組の教室に戻ることにした。


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