【宗教改革】を調べたぜッ、ヒャッハー!!
鵜呑みにしないで下さいね♪
あくまで創作メモですので(;'∀')
というわけで、中世で一世を風靡した宗教改革ですね……
細かいことを書きだしたらキリが無いのでエッセンスだけっす(-_-;)
先ず、前提としてカトリックなど主流派の一般論では、仏教と異なり輪廻転生の概念は無く、人生は一発勝負です。なろう小説の大半を占める異世界転生は否定されちゃいますね(笑)
実は拙作でも輪廻の概念は採用してるので、カトリック的にはNGな物語です(;^_^A
で死んだ後の魂は審判を受けて、天国か地獄のどちらかに仕分けられるのですが、判断基準は以下の通りっす。
“日々暮らしの中で善行と隣人愛を成したか?”
ここで問題になったのは“善行の定義”ですね~
当時のカトリックは“蓄財は悪徳で、皆のためにならない”という考えですから、商人や貴族は地獄直行なのです、うぅ……
そして、高齢となった富裕層の切実な希望と教会の利害が一致して生まれたのが、かの有名な“免罪符”です。
“さぁ、皆でこれを買って主の御許に召されましょう♪”
当時は現在と比べるべくもなく信仰心が高いので、割と本気で富裕層が買い付けに来ます。そして、この状況を許せない人々が……
ルターさんやカルヴァンさんですね~
ルターさんは伝統的な予定説の下、“救済されるか否かは現世の善行に関係なく信仰により決まり、人々の信仰度合いは神の意志で生まれる前から決められている”と唱えました。
人間如きの自由意志が神の御裁可に影響を与える筈がなかろう! という彼の本心が垣間見えます。
はい、教科書で載っているため、予定説はメジャーな気がしますが…… 実はそうではありません。だって、言い換えれば“何をしても無駄で結果は変わらない”だからです。
つまり ”無駄、無駄、ムダァアァアァッ!!”
なのです……orz
その結果、無気力主義を助長しかねませんので異端扱いです。現在でも東方教会とかでは全否定されてます。
後者であるカルヴァンさんも独自の二重予定説、平たく言えば従来の“救済のみ語る予定説”に“破滅する者もまた確定している”という考えを加えた理論を展開します。
ただ、彼は逆説的な持論も展開します。
”そもそも、救われる人間は罪など犯さずに禁欲的な隣人愛を実践している”という主張です。
さらに教会の金権主義を排するために民衆を味方に付けようとする意図もあったのか、そこに“蓄財は罪である事の否定”も取り入れます。
先ず、“神が望む禁欲的な隣人愛とはなにか?”との問いに対して、“欲を排して勤労に努め、生産的活動に従事する事が隣人を豊かにする!!”という考え方をカルヴァンは示しました。
結果的に設備投資や商品の仕入れなどに使う予定であれば、一時的に蓄財しても構わないという新たな意見も添えて…… これ、大事です。
何処かで聞いた事がありますよね?
そう、資本主義の根幹をなす概念です。
こうして、利益を得る事を否定せず、貧しい者も真面目に働けば死後に報われるという認識を持たせた思想は領地貴族や商人、農民へと広く受け入れられて、宗教を巻き込んだ中央と地方の権力闘争へとつながるのです。
こういう風に所謂プロテスタントでも、考え方が違うので内情はばらけてます(笑)
宜しければ参考にしてやってください('ω')ノ