転生先は終末でした
「トラックに轢かれると異世界に転生できる」
こんな都市伝説が蔓延するくらいには人々が病んでしまった世界になってしまった。
もう僕は生きるのは止めにしようと思う。僕の未来というものは、暗く光の無い風景でしかない。通常の人間が持ち合わせている希望は、とうとう僕には訪れなかった。
一度足を踏み外せば元には戻らない。この世の中はそういう風にできている。人生のどうしようもない袋小路で腐り始めている。この世界は生きるに値しない無価値なモノになっていた。
「首吊り、練炭、薬…」
僕は鼻歌まじりで準備を始める。僕は1週間後に、この人生を終わらせることにした。
いざ方法を考えると迷いだす。どうやってヤろうかと。この期に及んで「人様に迷惑が掛からない死に方とは何だろう」と考えているのは、滑稽な習性であると自分でも思う。だけど染みについているのかもしれない。
「首吊り、練炭、薬…」
結局僕は絞りきれなくて、複数の手段を平行して準備をした。
必要な物品はネットで知ることができたし、その全てをネットキョッピングで揃えることができた。そしてその全てを簡単に自宅まで配送され届けられた時には、そのあっけなさに随分と拍子抜けした。
「首吊り、練炭、薬…」
運命の三択。
人生は選択の連続である─なんて言う言葉もこんな時には陳腐な文句になる。
人生を諦めるということは、結局は現実のあらゆる言葉が無力になる。
「首吊り、練炭、薬…」
僕は最後の食事に贅沢をしようとファミレスに赴いた。ステーキの皿を2つにドリンクバーをつけて、だだっ広い4人掛けのテーブルに見栄えよく並べて…。
ナイフが皿と接触する音が、がらがらの店内に響き渡る。
流行の歌がいつもと違って聞こえた。
薄い膜に覆われたようなメロディーは遠くの異国の音楽のようであったし、歌詞の意味は一つも頭に入ってこなかった。
最後の晩餐の夜には裏切り者は出ない。
僕の周りには誰もいないから。
そうやって僕は食事をした。味わうこともなく飲み込むように食べた。食べ終わってみると腹いっぱいだった。
食後のコーヒーを飲みながら一息ついた時、ふと思い出したことがあった。
それは子供の頃の記憶だった。
小学生の頃、クラスの中心的存在の男の子がいた。彼は運動神経が良くて勉強もできた。成績優秀で学級委員長でもあった。誰もが憧れるようなヒーローみたいな存在だったのだ。
ある日のこと、彼が教室でクラスメイトに向かってこう言った。
「みんな聞いてくれ! 俺、結婚することになったんだ!! お相手はクラスのマドンナなんだぜ? すげーよな!? 俺は彼女と一生一緒に生きていくことに決めたんだよ!!!」
その言葉を聞いて僕は思った。
ああ、幸せそうだなって。羨ましいって。
他の奴らは「痛いやつだ」とか言っているのも居たけど、彼の圧倒的なまでの主人公感に結局は屈服せざるおえなかった。
彼がどういう経緯でそうした宣言をしたのか、全くわからないけれど、言われた当のマドンナも満更でもなさそうな感じで、それが何とも言えない屈辱感と劣等感を僕に抱かせた。そしてこの世界の中心とそれを囲むように支えるモブのイメージがここから形成されていったのだなと今思い出された。
あれ以来ずっと、僕は自分のことを脇役だと決めつけていた。主役を引き立てるための添え物なのだと。
そんなことを考えているうちにコーヒーはすっかり冷めてしまった。僕は残ったそれを一気に飲み干すと席を立った。会計を終えて外に出ると、辺りは既に薄暗くなっていた。
空を見上げても星は見えなかった。僕は最後にどうしても星が見たくなった。
僕は駅に向かい電車に乗った。目的地は実家のある街にある小さな公園だ。ブランコしかないような寂れた場所だけれど、子供の頃は良く遊んだものだった。あの時あそこで見上げた夜空は、とても綺麗だった。
電車を乗り継いで2時間と少し、生まれた町とはいえ久々に遠出をした気分だ。
あたりはとても暗くなっていた。加えて片田舎で都心に比べ数段暗いような気がする。
僕は子供の時の記憶を頼りに歩く。やがて公園が見えてきた。
昔と変わらずそこにはブランコしかなかった。月並みに感想だけれど、公園のサイズがとても小さく感じた。
サビだらけのブランコに腰をかけ、そして空を見上げてみた。
しかし、あまりよく星は見えなかった。僕は昔の記憶が僕が勝手に作り上げた虚像であるとここで思い知らされた。
この小さい思い出にどんな感情を抱いていたのだろうか。
子供の頃はもっと純粋に何かを感じ取れたはずだと思っていた。
僕はただぼんやりと夜の闇を眺め続けた。
どれくらい時間が経っただろう。気が付くと僕は泣きながら笑っていた。その表情はきっと醜かったと思う。
僕はもう疲れた。この人生に。
だから僕は目を閉じた。
そして次の瞬間、僕は地面に倒れていた。
身体に衝撃を感じた。目の前が真っ暗になった。