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第六話:ハリーはエルフの少女ミュウレイに気に入られる

「ミュウレイ。わかったよ、そんなににらまないでおくれよ」


 兎耳族のメイジー・ギャルが情けない声をあげる。

 強者たるウサギ女の片鱗へんりんは見られない。


 温かくて柔らかいものが背中に触れる。

 うしろから俺の身体を包み込んだのは、エルフの少女ミュウレイだった。

 少女の黄金色の髪が、俺の首、裸の肩やお腹をわさわさして、くすぐったい。


『この子、弱っている』。『かわいそう』。


 「手言葉」を使って、少女はあらためてそう伝えた。


「う……悪かった。アタシもしゃべりすぎたよ。晩飯のネタを獲って来るから、ちょっと待ってな」


 手言葉を交えながら、メイジー・ギャルが話す。背負い袋の中から古ぼけた短剣を取り出し、俺に差し出す。

 俺が受け取ろうとした短剣を、エルフの少女ミュウレイが横からさっと手を伸ばして奪い取る。


『短剣は坊やの護身用だよ?』

『私が守る』。


 手言葉で説明するメイジーに、ミュウレイは譲らない。


「坊や。ミュウレイはこんなこと言ってるけど、短剣くらいは扱えるんだろ?」

「いえ、触ったこともありません」

「【剣術】のスキル持ちが短剣を使えないのか? まあいい。すぐに戻って来るから。火だけ起こしといてくれ」

 

 そう言い残し、強者のウサギ女がひとりで薄暗い森の中に消えていく。

 エルフの少女ミュウレイが、慣れた手つきで焚火の準備をする。俺が手伝おうとすると、『休んでいて』と手言葉で拒絶される。

 

 おいおい、ずいぶんと過保護じゃないか?

 確かに、外見だけなら俺はミュウレイより七つ、八つくらい年下の華奢きゃしゃな少年だ。しかも鑑定石は衰弱状態と判定している。守ってあげたくなったのだろう。少し年の離れた弟ができたようなものか。


 とはいえ俺は男だ。中身は十七歳の高校生。ミュウレイよりも年上のはず、少なくとも同年齢。すべて任せてしまうのは格好が悪い。


『俺も何か手伝いたい』。

『ダメ、座っていて!』


 エルフの少女ミュウレイは、決して譲らない。顔は微笑んだままだが、緑色の目に力がこもる。「お姉さんのいうことが聞けないの?」とでも叱られた気分になる。仕方ない。俺は、ミュウレイ姉さんの指示通り、火が起こされるのをじっと眺めているだけにした。


「ハリー殿。どうやら、ミュウレイ殿に気に入られた様子ですな」


 俺の従者、キュー太郎が茶々を入れる。妙に嬉しそうだ。


「……キュー太郎は、メイジーさんと昔からの知り合いなんだね。五十年ぶりの再会って言ってたけど、それはもしかして?」

「ご想像の通りです。私は五十年前に賢者様に仕えていました、メイジー・ギャルも同じです。ともに賢者様に従い、魔族を打ち滅ぼすお手伝いを致しました」

「マジかよ。ていうか、従者だったやつって、世の中に結構いるのか?」

「存命中の者は十名ほどでしょうか。異世界から勇者様や賢者様を召喚する機会、すなわち魔族の大襲来は数年から数十年に一度発生します。勇者様や賢者様も同じですが、従者は必ずしも全員生き延びられるわけではありません」

「勇者や賢者が魔族とやらに負けることもあるのか?」

「当然です。武力に(ひい)でた勇者様と高い魔力を持つ賢者様。戦い方に違いこそあれ、異世界から召喚された方々の強さは様々です。幸いにも、私とメイジーがお仕えした賢者様は強力な魔力の持ち主だったばかりでなく、人格的にも素晴らしい方でした。魔族を打ち滅ぼしたあと、元の異世界に戻っていかれました」


 キュー太郎が遠い目をする。懐かしい思い出に浸っているとも、寂しい気持ちになったとも、いずれとも取れる色合いの目だ。

『私にも分かるように話して!』


 キュー太郎と話しあっていると、エルフの少女ミュウレイが手言葉で主張してくる。

 気づくと、既に火は起こされ、メイジー・ギャルの獲ってくる晩飯のネタを待つばかりとなっていた。

 両手の拳をあわせたくらいの大きさの石に囲まれた焚火から、パチパチと小枝がはぜる音がする。手際が良い。お嬢様然とした見た目と違い、アウトドアは苦手ではないようだ。


『ごめんね。これからは手言葉でも同時に話すよ』


 手言葉を使い、俺はミュウレイに素直に謝る。

 周りの会話を理解できず、取り残された気分に陥るのは気持ち良いものではない。イヌ人間たちに捕らえられたとき、言葉が分からず、俺も不安で仕方なかった。心細かった。俺は、ミュウレイが近くにいるときは、できるだけ手言葉を交えようと決めた。元の世界で、耳の不自由な姉のあおいちゃんがそばにいたときと同じように。


「キュー太郎は、手言葉を理解できるか?」

「皇帝鳥の末裔たる私ですぞ、当然理解できます。ただ、私自身は手言葉をうまく使えません」

 

 まあ、そうだろうな。

 キュー太郎は鳥だ。九官鳥をひとまわり大きくしたような、あくまでも鳥だ。皇帝鳥という知的な種族なので、厳密には獣の鳥とは違うかもしれないし、鳥にしては表情が豊かで、どこかマンガチックな動きをするが、両手は翼だ。自分で手言葉の細やかな表現をするのは難しいだろう。


「キュー太郎は手言葉を使わなくてもいいよ。ただ、俺が声と手言葉で同時に話したとき、この世界の手言葉と意味が違ってたら教えてくれないか」

「『この世界』?」

「あ、いや、キュー太郎の知ってる手言葉と表現が違ってたら教えてくれってことだ。ミュウレイの手言葉を見てると、俺の知ってる手言葉と少し違うようなんだ」

「そういうことであれば、分かりました」


 俺は、キュー太郎とのやりとりをミュウレイに伝える。ミュウレイの機嫌がたちまち良くなる。俺をぎゅっと抱きしめ、頭をなでてくれる。すっかり弟扱いだ。


 ミュウレイは自分の背負い袋を開け、ひとそろいの衣服を俺に差し出す。

 RPG的に言えば、「旅人の服」といった感じの質素な服。ただし女性用。大きさはミュウレイのサイズ。ミュウレイの着替え用の服だから当たり前か。


『この服、着てみて』


 イヌ人間に服を奪われてから、俺はパンツ一枚で過ごしている。だからミュウレイは俺に服を着せてくれようとしているのだろう。


 姉のおさがりを着る弟という構図はよくある。おぼろげにしか覚えていないが、ふたりの姉、あおいちゃんやキマリの服を着た記憶が、俺にもある。孤児院で撮影した昔の写真の中に、スカートを履いた赤ん坊のころの俺の写真もあった。家族ふぁみりぃは誰も気にしないが、俺にとっては黒歴史だ。

 

 エルフの少女の親切心は嬉しいが、俺は躊躇ちゅうちょする。

 だが、俺の心の内の葛藤を気にしないミュウレイは、するすると俺に服を着せてしまう。デキる女は着付けも手際が良い。

 ぶかぶかで、ちょっと良い匂いのする服を着た俺は、精一杯微笑んで見せた。


 こうなったら、どうとでもなれだ。


「おや? ハリーは坊やじゃなくて嬢ちゃんだったのかい? うん、ホントに女の子に見えるよ」

 

 すっかり暗くなった森の中から笑い声が聞こえてくる。

 強者のウサギ女、メイジー・ギャルが獲物を背負ってあらわれる。派手な色合いの七面鳥みたいな鳥、身体よりも長い耳を持つウサギ、ピンクの薄毛のイノシシ。晩飯は腹いっぱい食べられそうだ。

 

 それにしても、鳥とかウサギとか、キュー太郎やメイジーにとって共食いにはならないのだろうか。

 

 俺の心配をよそに、皇帝鳥のキュー太郎が生唾を飲み込む音がする。どうやら要らぬ心配だったようだ。兎耳族のメイジー・ギャルも「ハラ減ったー、めしだー」と騒いでいる。


 この世界の住人は、俺が心配するような繊細な神経の持ち主ではないようだ。

 いや、俺が遭遇した彼らが特別なのかもしれない。


 まあ、とりあえずは腹ごしらえをしよう。

 異世界を旅するには、体力が必要なのだ。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

強炭酸コーラを飲んでむせました。これからは普通のにします。


誤字脱字を見つけられた場合、ご報告頂けると助かります。

また、ご感想、ご意見は気軽にお送りください。

筆者が喜んだり悩んだり、なぜかYouTubeを見はじめたりします。


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