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第三話:ハリーは従者を得る

 物音に目覚める。


 イヌ男の店は朝が早い。

 まだ外が薄暗いうちに店の戸が開けられる。

 ボスと配下のイヌ男たちが眠そうな顔をしながら黙々と作業をしている。

 きれいに洗われた魚籠(びく)が店先に並べられたところを見ると、彼らは今日も漁に出かけるのだろう。意外と働き者だ。


 ボスの奥さん、ナイスバディなイヌ女が俺の鳥籠にスープ椀を差し入れる。中味は晩飯の残り物。塩辛い上に冷え切ったスープは、好んで食べたいとは思わない代物。

 あおいちゃんの作るおいしい朝食を思い出し、涙が出そうになる。温かい味噌汁を飲みたい。

 それでも力をつけるために、俺はイヌ女の手料理を腹におさめようとする。


 うん、無理。


 どうやら、ハリー少年は朝食をあまり食べない習慣だったようだ。俺の胃袋はイヌ女の冷たいスープをどうしても受け付けない。


 俺は半分以上中身を残したスープ椀を鳥籠の底に置く。

 ふと顔を上げると、九官鳥モドキの九太郎きゅうたろうと目があう。

 九太郎は物欲しそうな顔をしている。

 よく見ると、九太郎用のスープ椀は俺のものよりずいぶんと小さかった。もしかしたら食事の量に不満があるのかもしれない。

 俺は自分のスープ椀を九太郎の鳥籠にそっと入れてやる。

 まあ、残したらもったいないしね。


 九太郎は「え! くれるの?」という顔をした後、俺の残したスープを嬉しそうにがっつく。分かりやすい表情をする九官鳥モドキだ。


「ふう。うまくはないが、腹は満たされた。小僧、恩に着るぞ」


 九太郎が礼を述べる。


 え? この九官鳥モドキ、しゃべれるのか?

 違う。俺のほうが聞き取れるようになったのか。


 昨夜、ハリー少年と頭をコツンとぶつけてから、彼と意思疎通が図れるようになったのを思い出す。

 俺の意識下のこととはいえ、実際に起きた出来事だったと再認識する。


「残念だな。小僧が口をきくことができれば、礼に主従関係を結んでやるのだが」


 あっけにとられたままの俺をよそに、九太郎が言葉を続ける。ちょっと偉そうな態度。


「ヒト族にも色々あろう。言葉を学ぶ機会のなかった蛮人では、私のあるじになれるものではないがな」

「お前の主になると、何かいいことがあるのか?」

「もちろん。皇帝鳥の血を引く私の知恵を利用できるのだから……ん? 小僧、私の言葉が分かるのか?」


 驚いた九太郎が狭い鳥籠の中で飛び上がる。頭を激しく打ち、鳥籠の床に落ち、跳ね起きる。

 はずみで、俺のスープ椀が九太郎の鳥籠から転げ落ち、スープの残りや魚の骨が売り物にぶちまけられる。


 なんというか。「皇帝鳥」とか、名前はたいそう立派な響きだが、そそっかしい奴なようだ。

 しかも店の商品を汚しちまった。

 気が強そうなイヌ女が怒るだろうと思い、俺はげんなりした。

 

「九太郎。主である俺の言うことを聞くんだな」

「待ってくれ! その、いまのは小僧が言葉を話せないと思って、つい口走ってしまっただけだ」

「主従関係を結ぶというのは嘘か? 皇帝鳥の血筋の発言とは、そんなに軽いのか?」

「うぬぬぬ……、スープ一杯程度で主従関係を強いようとは、小僧は何様のつもりだ?」

「九太郎の主のつもりだが? 俺は下心があって朝飯を分け与えたつもりはない。九太郎のほうから主従関係を持ち出したんだろう? 違うか?」


 九太郎はうなだれる。

 黄色いクチバシからため息が漏れる。やることがいちいち人間臭い。

 ともあれ、九太郎自身、反論の余地がないと認めたようだ。

 いささか可哀想な気もしたが、いまの苦境から脱するには少しでも味方が欲しい。そそっかしい九官鳥モドキでも、何かの役に立つだろう。


「……仕方ない、小僧を我が主と認めよう」

「そうか、ではよろしく頼む。九太郎」

「いや、せめてその名前は変えてもらえないだろうか? 確かに、主従関係を結べば、名付けの権利は発生する。だが、どうにも『九太郎きゅうたろう』では威厳のカケラも感じられない」

「嫌か?」

「かなり」

「分かった……、では、お前の名前は『キュー太郎』だ」

「な! 何も変わらないではないか?」

「そんなことはない。微妙に響きが違うだろう」

「いや、もっと根源的な問題だ……ああ、だめだ。『キュー太郎』で契約が結ばれてしまった」


 「九太郎きゅうたろう」改め「キュー太郎」がしょんぼりする。

 主従関係の契約システムがどんなものか分からないが、少しからかい過ぎたと反省する。

 でもまあ、キュー太郎の自業自得もあるだろうから、諦めてもらおう。新しい名前にもそのうち慣れるさ。


「それは悪かったな」

「悪いと思うなら主従関係を解除してもらえぬか?」

「それはできない。俺にはやらなければならないことがある。目的を達成するまで、キュー太郎の博識、深い洞察力が必要なんだ」


 あからさまにヨイショしてみせる。

 キュー太郎は、ふたたび生意気な態度をとりだす。

 

「ふむ。そこまで言うのなら、小僧に協力してやるか」

「『協力してやる』だと?」

「……ぜひとも、主殿のお手伝いさせて下さい」


 主従関係が結ばれたとはいえ、あくまで契約の話。力関係を明確に認識させねばならない。最初が肝心。それにしても単純な鳥だ。


「ところで、わが主殿の名前は?」

「くぼ……じゃなくて、ハリー・グラントだ」


 あぶない。いきなり間違えるところだった。

 新しい名前に慣れるまで注意しなければなるまい。


「ハリー・グラント殿か。して、ハリー殿の達成すべき目的とはなんですかな?」

「急に積極的になったな」

「主殿に早く目的を達成してもらいからですぞ。目的とやらが達成できれば主従関係は解除して頂けるのでしょうな?」

「そうだ。さっしがいいな」

 

 俺が褒めると、キュー太郎は、さも当然と言った顔をする。


「俺の目的は『ひと探し』。まずは賢者に会いに行く。そして『ひと探し』を手伝ってもらうつもりだ」

「け、賢者さまだと!? 賢者さまはそんなに簡単に会えるものではないですぞ! ましてや主殿の手伝いなど、断られるに決まってますぞ!」


 俺は口をつぐんだ。

 賢者は俺の家族だといったところで、簡単には信じてもらえないだろう。この世界で賢者は特別な存在のはず。あまり軽々しく身内だと打ち明けられるものではない。


「ハリー殿。何か事情がおありのご様子。宜しければ、お話して頂けませんか?」


 キュー太郎は、真剣な表情で事情を知りたがる。


 いやいや、不用意な発言で従属関係を強いられた鳥が、何を偉そうに言っているのだろうか?

 さも、いいことを言ったという目をしているが、クチバシの下に食べたばかりの魚の皮を垂れ下げていては、言葉に重みがない。

 パンツ一枚の俺が言うのもなんだが、これでは秘密を打ち明けようという気にはなれない。


「……いつか、機会があれば話すよ」

「きっとですぞ!」


 言葉を濁す俺に、キュー太郎は勢いよくうなずく。

 キュー太郎はおっちょこちょいなところはあるが、真面目で素直な性格なんだろう。

 少し、悪いことをした気になる。




「やかましい鳥とガキだねえ。こっちは忙しいんだ、黙ってろ!」


 ボスの奥さん、ナイスバディなイヌ女が姿をあらわす。

 直後、商品の背負い袋や革袋にスープの染みが付いているのを見つけて、唸り声をあげる。


「なんてことしやがる! 売り物を汚しやがって!」

 

 怒るイヌ女は、キュー太郎ではなく、俺が閉じ込められている鳥籠を床に投げ飛ばす。

 ごろごろ転がる鳥籠の中で、俺は擦り傷とアザだらけになる。


 まあ、イヌ女はそう考えるか。

 商品棚の上に転がるスープ椀は、俺のものだ。

 単純に考えれば、俺が犯人だと思うだろう。


「お止め下さい! スープをこぼしたのは……」

 

 キュー太郎がたけるイヌ女に声をかけようとする。

 俺は人差し指を自分の唇に当てて、キュー太郎をまっすぐ見据える。「黙っていろ」というメッセージだ。

 主人の意向を察した九官鳥モドキは、渋々(しぶしぶ)といった感じで口を閉ざす。


「ふん。次はこんなもんじゃすまないからな!」


 怒りを発散したイヌ女は、俺の鳥籠を乱暴に元の位置に戻し、そのまま店の奥に引っ込む。


「主殿、大丈夫ですかな?」


 キュー太郎がささやくような声で尋ねる。


「なんともない、と言いたいけど、マジで体中が痛い」

「……なぜ、私の発言を止めたのですか? 説明すれば、犬歯族の女の打擲ちょうちゃく対象は、主殿から私に変わったかもしれないのに」

「そうかもね。でも、俺はキュー太郎の主人だ。主人は従者を危ない目にあわせるわけにはいかないよ」

「主殿……」

「俺がキュー太郎に期待しているのは、俺の身を守ることじゃなくて、『ひと探し』の手伝いだ。俺が痛い目に遭ったのを気にしてくれるのなら、むしろそっちで頑張ってくれ」


 キュー太郎は黙りこむ。

 数瞬うつむき、妙に重々しい口調で発言する。


「私の半生で、ハリー殿は十五人目のあるじになります。ただ、ハリー殿のような主人に仕えることができたのは、まだ二度目に過ぎません」

「それは、褒めてくれてるのかな?」

「褒めるなどというのは、おこがましいですな。主殿の態度に深く感銘を受けたと、それだけをお伝えしたかったのです」

「そんなにたいしたことしてないよ。ところで、俺がふたり目ってことは、俺みたいな主人が前にもいたのか? どんなやつだ? いや、聞いてはいけないかな」

「いえ、秘匿ひとくすべき情報ではないので問題ございません……その方は、五十年ほど前に私がお仕えした賢者さまです」


 キュー太郎が悲しい記憶を思い出したかのような表情をする。

 

「賢者? 五十年前? キュー太郎はいくつだよ?」

「私は当年を以て百五十二歳になります」

随分ずいぶんと長生きする種族なんだ」

「我ら皇帝鳥の寿命は千年を越えますので、私などはまだまだ若輩者じゃくはいものです」


 そこに、漁に出かけようとするボスたちがあらわれたので、キュー太郎との会話を中断する。

 もっと話を聞きたかったけど、夜、イヌ人間たちが寝静まるのを待つことにした。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

電車に乗りながらスマホで文章をなおしたら、おかしな変換がされてました。

空き時間に手際よく作業できる器用さが欲しいものです。。

誤字脱字を見つけられた場合、ご報告頂けると助かります。

また、ご感想、ご意見は気軽にお送りください。

筆者が喜んだり悩んだり妄想にふけったりします。


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