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第一話:いきなり囚われの身となる

 ぼんやりと意識が戻る。


 目を開けると青い空が見えた。

 澄んだ青色ブルーはどこまでも鮮やかで、とってもきれいだ。

 黄金色の陽光がキラキラとこぼれる。

 テレビで見た南の島の空より、何百倍も美しい。


「なんて、きれいな空なんだ」


 思わず言葉が漏れる。

 途端、大小の気泡が天に昇っていく。


 泡? アワ? うん、泡とは空気の塊だ。てことは……


 俺は水の中にいた。

 キラキラ輝くのは空ではなく、波打つ水面だった。


『もがーっ!!』


 心の中で叫び声をあげる。

 大丈夫、俺は冷静だ。パニックになって溺れるものか。

 そうとも、水泳はアニキの特訓を受けたのだ。

 孤児院の限られた予算ではスイミングスクールとやらに通えるわけもなく、俺はアニキの通っていた高校や大学のプールで泳ぎを学んだ。もちろん学校には内緒なので、深夜にこっそりと。なので、水泳は得意だ。


 俺は水をかく。懸命にかく。空気を求めて、上へ上へと昇って行く。 

 全力で泳ぎながらも、俺は違和感を覚える。


「色々ありすぎて、俺、疲れているんだ」と自分に言い聞かせようとする。が、己に嘘をついても何も始まらない。仕方なく、俺はあるがままを受け入れることにする。

 

 そう。俺の目に入ってきたのは、ぷにぷにの小さな手。そして、細く短い腕。


 俺は同級生の中では小柄な方だ。

 昔から、背の低い順に並ぶと前から三番目以内に入っていた。

 けど、ここまで幼い身体ではなかった。なにかおかしい。俺の身体はどうなってしまったんだ? 疑問が膨らむ。とはいうものの、酸欠までのタイムリミットを抜き打ちの身体検査に費やす余裕はない。


 まずは生き延びることを優先し、懸命に水をかく。

 けれども小さな肉体は体力があまりないらしく、俺の意識は徐々に薄らいでいった。


 これはまずいと思った瞬間、茶色の網目状の模様が視界いっぱいに広がる。

 直後、身体の自由が奪われ、ぐいぐいと水面に向かって上昇する。


 ざぶり。俺は水中から脱出する。

 俺の周囲は魚だらけ。漁師の網で引き揚げられたようだ。なんともラッキー。

 ぴちぴち暴れる魚に囲まれながら、酸素をむさぼる。生きているって素晴らしい。


 網にかかった俺を指さし、小舟に乗る三人の男たちが何事か喚く。


「*+%&#%!」

「+>+**¥&$#」


 うん、何を言っているのかさっぱりわからない。


 男たちは、獲った魚をそっちのけにして、俺を舟の上に引き上げる。

 皆、怖い顔をしているが親切な人たちなのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。地獄で仏。人間、外見だけで判断してはいけないと反省する。


 目を凝らして男たちをじっくり観察すると、自分の認識が誤っていることに気づく。

 男たちは人間ではなかった。

 少なくとも生物学的なヒューマンではない。

 イヌというかオオカミと言うか、そんな風貌の二足歩行ヒト類似生物が値踏みするように俺を見ている。真剣な眼差しがちょっと怖い。


「++*?/+&」

 

 男たちの中で一番身体が大きいボスっぽいやつが、俺を軽々と持ち上げる。

 何かしきりにわめいているが、相変わらず何を言っているのかさっぱり不明だ。


「えーと、おっしゃっていることが分かりません」

「*+>&$」

「だから分かんないんだってば!」

「++*%!=~」

「ハロー、もしもし、聞いてますか?」

「<%$」


 ボスっぽいイヌ男が盛大にため息をつく。

 がっかりの表現は全宇宙共通だと、俺は認識した。


 舟の周囲を探る。遥か彼方に緑の陸地が見える。四方いずれも同じ。どうやらここは海ではなく大きな湖のようだ。


「@%+?>」


 ボスが配下のイヌ男たちに指示すると、岸に向かって小舟が動きだす。漁は途中で切り上げるようだ。


 陸地に上がれるのだと分かり、俺は安堵あんどする。

 ふと水面を眺めると、見知らぬ少年と目があった。俺が驚くと、向こうも驚いた顔を見せる。

 認めよう。少年は水面に映る俺だ。

 中性的でハーフっぽい顔立ち。

 なんてこった、ホントに異世界に転移しちまった。

 七、八歳くらいの華奢きゃしゃな子どもが、いまの俺なのだ。


「マジか……。てことは、アニキ、タンク兄、コジロー兄、キマリも同じように異世界転移したのかな」

  

 たっぷり三十秒ほど途方に暮れた俺は、アニキたちを探す旅に出ようと決意する。

 そう、くよくよしても仕方がない。ポジティブシンキングは、アニキたち家族ふぁみりぃによる教育の賜物たまものだ。

 常日頃のご指導ご鞭撻べんたつに心から感謝する。


 さて、方針は決まった。次は、具体的にどうするかだ。

 異世界からの使者、ポポル&コポルのぬいぐるみシスターズはアニキのことを「賢者さま」と呼んでいた。これ以上分かりやすい道標みちしるべはない。賢者のアニキは目立つに違いないから、きっと見つけられるはずだ。

 うん、異世界ファンタジーっぽくなってきた。

 ただ、どう見ても俺はチートモードでも大魔法使いでもなく、普通のお子ちゃまだ。世界を救うとか、そういうのは賢者たるアニキに任せて、俺は俺なりに前に進もう。


 そんな妄想にふけっていると、ボスが俺の服を脱がそうとする。


「親切なイヌ男さん。乱暴は止めて下さい」


 俺の懇願こんがんはボスに通じなかった。

 身ぐるみをがされ、俺はパンツ一枚にされてしまう。縄で後ろ手に縛られ、積み重ねられた魚籠(びく)隙間すきまに転がされる。周囲の魚籠には魚が詰まっている。俺は魚料理は好きだが、魚に囲まれるのは好きになれそうにない。生臭い。極めて不快な状況だ。

 文句を言ったらボスにひと蹴りされたので俺は黙ることにした。仕方ない、いまは耐えよう。ピンチの後にチャンスがくるはずだ。たぶん。

 

 二十分ほど揺れると小舟が岸に着く。

 俺は舟から降ろされるが、残念ながら後ろ手の拘束こうそくは解かれない。逃がしてくれるつもりはないらしい。これからどこかに連れて行かれるのだろう。


 先頭にボス、次にパンツ一枚の俺、そのあとに魚籠びくを背負う配下のイヌ男ふたりが続く。足もとは当然舗装なんかされていないが、踏み固めた感じの土は裸足で歩くのに不自由はない。


 周囲の緑は濃く深い。温度、湿度も高く、むっとする。いわゆるジャングルの様相だ。

 「ここは地球。赤道付近の熱帯雨林です」と言われても信じてしまいそうなくらい。パスポートも持たない俺は、実際には行ったことはないけど。


 道を進むと、鳥獣の甲高かんだかい鳴き声が聞こえてくる。

 その声にイヌ男たちは特に反応しないが、俺はいちいちビビってしまう。そのたび、イヌ男たちは笑い声をあげる。悔しいが、俺は黙って歩き続ける。


 一時間ほど汗を流しながら歩くと、小さな集落が見えてきた。

 粗末な茅葺かやぶき屋根の小屋が十数軒。小屋の周りにはイヌ人間の他に、ネコ、サル、ライオン、サイなどの多種多様な二足歩行ヒト類似生物が闊歩かっぽしている。

 ちなみに俺が例に挙げた動物は、あくまでイメージだ。ヒューマン90%に各種動物10%をミックスしたらこんな感じかなという、俺なりのファジーな解釈。いわゆる獣族というやつだと思う。


 集落の小屋のひとつ、魚屋らしい構えの店に連れて行かれる。

 ボスっぽいイヌ男がひと声かけると、奥からナイスバディなイヌ女があらわれ、ボスに抱きつく。どうやら夫婦っぽい。

 ボスが獲ってきた魚をイヌ女に見せる。

 対して、イヌ女は不満そうな表情で唸る。「アンタ! これっぽっちしかないの?」とでも文句を言っているようだ。

 狼狽うろたえるボスが俺を持ち上げ、押し付けるようにイヌ女に見せる。


 なんというか、品定めされる商品の気分だ。


 イヌ女は俺の顔、手足、身体を乱暴にまさぐる。ぐるるとうなったあと、ぽいっと俺の身体を床に転がす。


 イヌ女が店の奥にひと声かけると、ボス配下のイヌ男が大きな鳥籠を抱えてくる。

 俺は鳥籠に入れられちゃうのだな、と直感したが、その通りになった。

 どうやら一定の商品価値があると判断されたようだ。


 いや、待ってくれ。

 もしかして、俺は魚と同じ食材扱いか? 

 それは勘弁してほしい。


 店頭に陳列された魚は、ピラルクのように大型の魚から小ブナくらいのサイズまで様々。ウナギっぽい細長いのやマンボウのように平べったいのもいる。

 幸い、俺はお魚さんコーナーに仲間入りすることなく、店の奥側に運ばれた。

 丈夫そうな背負い袋や水筒らしき革袋。毛皮でできたブランケットや太さ長さの異なる荒縄。切れ味の悪そうなナイフや使い古した鍋といった雑多な品々の脇に、俺の鳥籠は据えられた。


 どういうことだろう?

 俺は食材ではなく雑貨扱いか? あるいはペットや奴隷か?

 考えたところで確かめる術はない。

 ちなみに九官鳥みたい鳥がお隣さんだ。俺以外、唯一の生きている売り物。地球のものより大柄な九官鳥モドキは、キラッキラとした興味深そうな目を向けてくる。新しい仲間ができて嬉しいのかもしれないが、できればそっとしておいてほしい。


 俺が入れられた籠はしっかりとした造りで、押しても引いてもびくともしない。これだけ頑丈なら脱走は難しい。


 しばらくおとなしくしていようと考えた俺は、観察の対象を店の周囲に広げる。

 イヌ人間の店の正面は八百屋。葉っぱが黒色のダイコン、ダンボールほどに肉厚なホウレン草モドキからハロウィンのカボチャ並みに大きなキャベツなんかがある。見た目は地味だが、どれもデカい。

 八百屋の右隣は肉屋で、左隣はフルーツを扱う店だ。

 果物は野菜に比べて彩り豊か。ソフトボールサイズの実が鈴なりのブドウに目を奪われる。イチゴは赤一色でなくカラフルでみずみずしい。饅頭まんじゅうのように鎮座ちんざしている下膨しもぶくれのメロンに果物の王様のオーラを感じる。


 小さな集落のわりに商店が多いと感じるが、ここは街道沿いらしく、それなりに客がいる。ひっきりなしではないが、旅人や行商人が行き交い、商品を買っていく。

 イヌ人間の店の魚は人気があるらしく、店頭に並べられた新鮮な魚は一時間も経たずに売り切れた。たいていの客が十匹、二十匹といった単位で大人買いしていく。


 陽がだいぶ傾いたころ、上品な感じの老女が店にやって来る。

 何の動物が混ざっているのだろうと目をらすが分からない。目、耳、口、鼻、身体つきまで俺の知っている地球のヒューマンと違いはない。

 うん、間違いない、このお婆さんは純粋な人間だ。自分以外、この世界ではじめて見た獣色のない人間だ。


「あの、俺の言うこと分かりますか?」

「!+*|¥*」


 会話は成立しなかった。残念。

 

 老女は俺から視線を逸らす。並べられた雑貨をひとしきり眺め、一揃ひとそろいの衣服に手を伸ばす。

 俺は、老女が手に取った衣服に見覚えがあった。

 そう、それは俺が着ていたものだ。

 まさか早速売りに出されていようとは思わなかった。


「ちょっ、その服、俺のです」


 正確には俺のではなくこの身体の持ち主である少年のものだが、細かい説明は省略する。

 言葉は通じないものの、俺は身振り手振りで訴える。

 耳の不自由な姉、あおいちゃんと会話するように手話まで交えて懸命に伝えようとする。

 老女は首をかしげ、ひとしきり考え込んだように見えた。が、結局、何事もなかったかのように俺を素通りし、イヌ女に声をかけ、衣服を買おうとする。


 イヌ女は、老女が衣服を気に入ったうえ、金も持っていると踏んだようだ。

 老女は懸命に値切ろうとするが、イヌ女は首を縦に振らない。

 根負けしたのか、諦めたように老女が銀貨を二枚差し出す。結構な金額。俺が商売の流れを見ていた限り、銀貨一枚あれば魚籠一杯分の魚を丸ごと買ってもお釣りが出るはず。漁を切り上げて俺を連れ帰ったボスは、結果的にじゅうぶん儲けたようだ。


 ついでに俺も買い取って解放してくれないかなと淡い期待を抱いたが、世の中そんなに甘くなかった。


 老女は購入した衣服を手提げ袋に入れて、さっさと店を出て行く。その後ろ姿をしばらく眺めていたが、一度も振り返らなかった。


 陽が暮れ、イヌ人間たちが店じまいを始める。

 ボスの奥さんらしきナイスバディなイヌ女が、魚の切身や野菜の切れ端の浮いたスープの椀を俺と九官鳥モドキの鳥籠に入れる。俺の晩飯は鳥のものと変わらない。同じ売り物扱いだから差別はないのだろう。

 スープは塩辛く、魚の身は少なく、野菜は苦い上に木の枝のような歯ごたえだったが、残さず腹に収めた。味は二の次、いざというときに備えて力を蓄えなければならない。

 俺は、ご馳走を食べたあとのような満面笑みでお代わりを要求したが、イヌ女は馬鹿にしたように笑うだけだった。けち臭い。俺は成長期なのだ。我にお代わりを。


 店の入り口に戸を立てられると店内は真っ暗になる。

 この世界の時計があるか分からないが、まだせいぜい七時くらい。こんな時間に寝たことなんかないが、特にすることもない。


「さて、どうしたものやら。おい、九太郎きゅうたろう、なんかいいアイデアないか?」


 思い付きで、隣人の九官鳥モドキに尋ねる。名前は適当だ。

 自分の名前が「九太郎」だという自覚のない鳥は、クエクエ鳴くが、会話は成立しなかった。まあ、そうだろうな。

 

 九太郎が俺に話しかけるのを諦めて眠りについた頃、猛獣の唸り声が壁伝いに響いてきた。いびきっぽい。店の奥でイヌ人間たちも眠ったのだろう。

 俺は背を丸め、横向きに寝転がる。円形の籠の中は手足を伸ばして休むことなどできない。それでも疲れ果てた俺は、いつしか眠りに落ちて行った。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

誤字脱字を見つけられた場合、ご報告頂けると助かります。

また、ご感想、ご意見は気軽にお送りください。

筆者が喜んだり悩んだり狼狽うろたえたりします。


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