第30話:ふふふ……すごいでしょ?
十二時十分 ライファンド・ロンティアビル 五階
チン……
エレベーターが五階に到着したことを知らせる鐘が鳴る。
三人は五階という数字が表示されていることを確認すると、開いた扉から外へと出る。
「さて、社食がある五階へ到着しました」
「ここが五階ですか――八階のフロアと比べると、すごく和風な感じがしますね……」
五階のフロアの入口を見て、楓は言う。
ライフプログラムワークスは、階層ごとに入り口のデザインが違うコンセプトで出来ており、五階は和風全開、料亭のような雰囲気溢れるコンセプトで作られている。
床と壁はヒノキで作られており――左右の壁には襖が、正面には竹格子の扉がある。
扉の左右には水槽があり、金魚と出目金が元気よく泳いでいる。
扉の奥には掛け軸がかけられており、そこには『らいふぷろぐらむわぁくす』と達筆な文字で書かれている。
入口の前には、色とりどりのブリザードフラワーが飾られており、それを照らす照明にはオレンジ色のライトが使用され、和というコンセプトがより強調されるような明るさが出ている。
一言で言うならば、現代らしい和のコンセプトが上手く生かされた入り口と言える。
「そういえば楓さんは、これで五階と八階のフロアの入口を見ていただいたことになるのかな?」
「あっ、そうですね。ここが二つ目です」
楓は箱岡の質問に答える。
「ふふふ……さて、他のフロアはどのようになっているのか……気になりますねぇ」
老眼鏡をクイッとずらしながら、箱岡は言う。
「もしかしたら、ものすごいものがあるかも……ね、楓さん?」
涼子は、楓の後ろから耳元で囁いて言う。
二人はわざとらしく楓の射幸心を煽り、ふっふっふ……と笑いながら言う。
「(す、すごく……気になる……)」
そんな露骨な勿体ぶりにまんまと引っかかった楓は、他のフロアがどのような世界観で構築されているのか、頭の中で様々な可能性を妄想してしまう。
「(ここが和風だから、一つ上はもしかして西洋……いや、中華という可能性……いやいや、あえてお菓子の国のようなドリーム感溢れるものだったり――)」
頭の上に湯気を立てながら楓が考えていると、箱岡が――
「まあまあ、フロアのことはさておき、社食へ行きましょうか」
と、楓の『気になる』を中断させて、はっはっは……と小さく笑いながら、食堂へと歩いていく。
「楓さん、行こ……?」
涼子は腕を組んで様々な可能性を現在進行形で妄想している楓の袖を持ち、妄想の世界に飛び立った意識を連れ戻そうとする。
涼子がクイックイッと数回袖を引っ張ると、楓は「はっ……」と現実の世界へと帰還する。
そして――
「もしかして、ドラゴンの世界じゃない……!?」
妄想の世界から持ち帰ってきた可能性を、涼子に突然ぶつける楓」
しかし――
「残念、ハズレ……」
そう言って、涼子は楓の裾を摘んだまま、食堂の方へと歩いていく。
楓はその後も「地中海」や「宇宙!」といったコンセプトの候補を涼子にぶつけるが、いずれもハズレと返事をもらってしまい、結局他のフロアの入り口がどのようなデザインなのか分からずじまいのまま、食堂へと到着したのだ。