現在
ここは市の総合病院。入院してから三日が経とうとしていた。
俺は友人と、気晴らしに病院内を歩いていた。といっても、どこも同じようなつくりでつまらなかった。病室に戻ろうとしていた時、一人の少女に呼び止められた。
「あの、あなたって放送コンテストで優勝していた進さんですよね?」
小柄で長い髪を二つに結っている少女は、とても透き通った声をしていた。白いセーラー服という事は、中学生だろうか。
「そうだけど、彼に何かようかな?」
声の出ない俺の代わりに、友人が答えてくれた。
「私も中学で放送部に所属しているんです。それで、進さんに憧れていて……」
言い終えた少女の顔は赤く染まっている。
ありがとうという思いを込め、俺は少女に笑顔を向けた。
「あの、どこか具合でも悪いんですか?」
心配そうな瞳がこちらに向けられる。聞かれたくなかった質問だ。
「君こそ、どこか悪いのかい?」
そんな俺に気づいたのか、友人が少女に質問を返した。
「私は母に忘れ物を届けに来たんです。ここで医師をしているんです。仕事場に行く途中、進さんを見つけてしまってつい」
少女は下を向く。
「だったら、早くお母さんに会いに行った方がいいのでは?」
「そ、そうですね。では失礼します。具合、早く治るといいですね」
まだ何か言いたいことがあるのか、少女は口をもごもごさせている。だが何も言わずに去って行った。
「危ないところだったな」
友人が言う。俺は頷いた。少し言い方がきついと思ったものの、俺を気遣ってくれた友人に感謝した。
病室に戻った俺達は、他愛のない話で盛り上がった。俺は開いていたノートのページをめくる。俺にとってノートとは、コミュニケーションをとるために欠かせないアイテムだ。
「あ、そろそろ帰んねーと」
友人は腕時計を見つめ言った。俺は立ち上がり、ドアまで送る。
「じゃ、また明日も来るから」
帰り際にそう言い、ゆっくりとドアを閉めた。
説明が遅れたが、彼の名前は朔と言う。家が近所な事もあり、小さい頃からの付き合いだ。小さい頃に患った病により、身長がなかなか伸びない。今は157だと本人から聞いた。そして左右の足の太さも違っている。本人はあまり気にしていないようだが、周囲は彼を哀れんでいた。普段は紺色のジャージを着てここに来る。制服は女顔が目立つから嫌なそうだ。(本人は気づいているか知らないが、女子からは美男だとモテている)性格は俺と対照的で、いつも元気なムードメーカー。一人でいる俺に気を配ってくれるいい奴だ。入院した事を知った朔は、毎日お見舞いに来てくれている。
(声が出るようになったら、ありがとうって伝えたいな)
そんな事を考えながら、一日一日を過ごしている。