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第七話 『それぞれが 腕を振るった 料理品』

□◆□◆



 台所からはリズムよく野菜を切る音に香ばしくて旨そうなニオイ――。

 今晩のメインメニューは豚肉の生姜焼きだろう。機嫌が良いのか、彼女は鼻歌を奏でながら料理をしているようだ。

 俺は隣の居間、畳の部屋のこたつに入りながらみかんに手を伸ばす。


「ねえねえ康平くん。お皿が足りないんだけど、まだあるのかな?」


 包丁のリズムが止まり、居間に顔を出したのはみのりだ。


「食器棚の下の引き戸を開けたらどんぶりが入ってるだろ、その奥に使ってないのが何枚かあるはずだけど……」


 俺はこたつから出ようとしたが――


「あ。あったあった、見つけたよ。康平は来なくてもいいからね」


 台所から聞こえてきた雫の声で、俺は腰を下ろした。


「ちょっと康平くん。もうすぐ夕飯が出来上がるのに、みかんを食べるつもり?」


 再びみかんに手を伸ばした俺へ、みのりは腰に手をあてながらふくれる。


「え、あ、いや……」


 ジ~っと見つめられた俺は、みかんを掴みかけた手を戻す。


「よろしい。もうちょっと待ってれば、お腹いっぱい食べさせてあげるからね!」


 満足気に微笑んだみのりは、鼻歌を奏でながら台所へ戻っていった。


「――只野、手伝わなくてもいいのか?」


 みかんの向こう側から、猫背にしている京太郎が話しかけてきた。


「手伝うもなにも、台所を追い出されたんだから仕方ない……って、お前も見てただろ?」


 そう答えた俺を、京太郎はニヤニヤしながら見ている。なんか……ムカつくぞ。



  〝男性を台所に立たせるものではない〟


 みのりは大好きな祖母からそういう教育をされてきたらしい。

 前時代的というかなんというか……。今の時代は男性でも料理をする人は大勢いるし、その方が喜んでくれる女性も多いそうだ。

 そういう点で見れば、俺は喜ばれない男になるのだろうか?


  「男のハートは胃袋にあるんだってさ。おいしいご飯を作れるようになる

   ために、私たちは日々精進しなければならないのだよ。ね、雫!」


 みのりは雫にもそう言うと、俺を台所から追い出した。


 母親は仕事で今日は帰ってこない。だから夕飯もない。おまけに、俺は料理が苦手だ……。

 べちゃべちゃのチャーハンや目玉焼きくらいなら作ることは出来るが、自分だけが食べるのならまだしも、そんなものをかぐやに食わせるのは恥ずかしい。


  「私か? やってやれぬ事はないだろう……。たぶん……」


 これは、かぐやに“料理は得意か?”と聞いた時の返答だ。

 あいまいな言葉とそらした視線……。俺と同様に、きっとかぐやも料理経験はほとんどないのだろう。

 だから、公園でみのりが「夕飯なら私と雫でつくってあげよう!」と言ってくれた時は正直ありがたかった。

 みのりの料理の腕前はかなり高い。夏にみんなでキャンプした時にも食べさせてくれたのだが、それはみんなが感動するおいしさだった。


  「結構やるでしょ? “ウマい料理はお店が出すけど、毎日食べたいと思

   うおいしい料理は家庭で出す”っていうのがおばあちゃんからの教えな

   んだ~」


 みのりはそう言いながら照れていたっけ。たしかに、毎日食べたい味は『おいしい』と表現した方がしっくりくるのかもしれない。

 料理上手なみのりがいてくれるから大丈夫だとは思うのだが、ちょっとした不安もある……。


「ちょっと待って! 雫ぅ、それは塩じゃなくて砂糖だよ~」


 台所から聞こえたみのりの声。

 それを聞いた俺と京太郎は梅干を食べた時のような顔になる。以前、ドジっ娘の雫が作ってきたしょっぱすぎるクッキーを思い出したのだ。そして――


  「女子のふたりが料理をするというのなら、私も何か作ってみようか」


 みのりにつられたかぐやが急にやる気を出したのも気にかかる。

 たぶん、かぐやの料理の腕前は俺とそんなに変わらないと思う。何を作ってくれるのかはわからないが、強引で豪快なかぐやの性格を考えると……。

 まるで闇鍋を待っているかのような気分だ。



「うぃ~っス、ただいま帰りました~!」


 玄関からマルの声。居間へ来たマルは上機嫌で、両手には大きく膨らんだコンビニ袋を持っている。


「ずいぶんと買い込んできたな。お茶を買いに行っただけじゃなかったっけ?」


「そのつもりだったんだけどさ。もうすぐクリスマスだろ? お菓子の新商品が結構出てたからさ、思わず衝動買いしちった!」


 みかんの横に大量のお菓子が入っているコンビニ袋を下ろし、マルは嬉しそうに歯を見せた。

 極甘党のマルが買ってきたお菓子はチョコレートやクッキーだ。


 京太郎はコンビニ袋から注文しておいたお茶を取り出す。そして、交互にそのラベルと大量のお菓子へ目をやり――


「これでは糖質の吸収を抑えるお茶も役には立たんな……」


 真顔でそうつぶやいた。


「京太郎、文句があるならお前は食べなくてもいいんだぞ。俺が全部食っちまうもんね~」


 マルがコンビニ袋を抱え込む。


 こたつの上にはみかんだけとなった時、みのりがタイミングを計っていたかのようにやってきた。

 大きなお盆には、人数分のお皿に盛られた豚肉の生姜焼き。

 その香ばしい匂いに、俺のお腹が待ちきれないと訴えるかのように鳴り響く。


「お待たせしちゃったかな~? すぐに雫とかぐやさんも料理を持ってきてくれるからね。もうちょっと待ってるんだよ~」


 みのりはお皿を並べながら俺のお腹へ微笑み、「今ごはんも持ってくるからね」と言って台所へ戻って行った。

 なんだか……とっても恥ずかしい……。


 みのりの言った通り、雫はすぐにやってきた。

 雫の担当はみそ汁だったのだろう。両手で湯気が上る鍋を持っている。


「康平くん。ごはんが置けないから、みかんをどかしてくれる」


「ああ、悪い。気が利かなかった……」


 茶碗と炊飯器を持ってきたみのりに言われて、俺はみかんをこたつから下げた。


「みのり、生姜焼きはひとつの皿にまとめてもよかったんじゃないか?」


 と、ヨダレを垂らしながら言ったのはマル。


 たしかに、こたつの上に六人分の料理が並ぶとかなり狭苦しい。かといって、台所で食べようにも椅子が足りないのだ。


「それも考えたんだけどね~。でも、それをしちゃうとマルくんが全部食べちゃうでしょ? 私たちの分がなくなっちゃうもん」


 みのりはごはんをよそいながら、“思い通りにはさせないよ~”と言いたげに舌を出す。


「そんなことないぞ。みんなもふたきれくらいは食べられるように残しておくさ」


 マルはそう言うが、その目はしっかりと“バレたか!”と言っていた。


 そこへ、ようやくかぐやもやってきた。


「マル……だったな。安心せい。私のは一皿に盛ってあるから、好きなだけ食べてもよいぞ」


 やはりかぐやもなにか作ったらしい。その手にはお皿へ山盛りにされた緑色の物体を持っている。

 かぐやはソレをこたつの中央に置くと、空けておいた俺の横へと座った。


 マルは体が大きいからひとりで座るしかない。雫とみのりは、みそ汁の鍋と炊飯器をそれぞれの横において並んで座っている。

 俺が京太郎の隣へ行かなかったのは、珍しく京太郎が「俺もひとりで座りたい」なんて言い出したからだった。

 まあ、京太郎も身長が高いからな。誰かが隣にくると狭苦しいのだろう。


  「いただきま~す!」


 と、みんなで合掌。


 俺はさっそく豚肉の生姜焼きへと箸を伸ばして口へと運ぶ。


「うん、これは美味しい! みのり、また料理の腕が上がったんじゃないか?」


 口の中に広がる肉汁と生姜の風味が、絶妙なバランス味を奏でている。

 予想以上の、味の芸術作品と呼ぶにふさわしい感動に俺の舌がうなる。


「そう? よかった。作ったかいがあったってもんだよ!」


 ごはんを食べていたみのりは、箸をくわえながら嬉しそうに微笑んだ。


「ねえ康平、お味噌汁は? お味噌汁は飲んでみた?」


 箸を持ったまま何にも手をつけていない雫。その何かを期待している視線に、俺は思わずたじろいでしまう。しょっぱすぎるクッキーをくれた時も同じ目をしていたのだ。


「いや、まだ飲んでない。今からいただくよ……」


 ネギ入りのみそ汁が入ったお椀を持ち上げ、警戒しながらひと口飲んでみる――。


  ん? これは――


 動きを止めてた俺の視界に、僅かに曇った雫の表情が映った。


「え~と……。おいしく……ないかな?」


 きゅっと箸を握り、雫はぎこちなく微笑む。


 俺は雫へ向き直り、正直な気持ちを口にした――。


「雫。このみそ汁、すげ~美味いぞ」


「ほ、本当に!?」


 不安気な表情が一変し、雫の顔がパッと明るくなる。


「本当だって。なんていうか……まろやか? とにかく美味しい!」


 この味をどう表現すればよいのかわからないが、とにかく美味しい。

 濃すぎず薄すぎない味は俺の好みだった。飲んだ後に鼻から抜けていく風味は、心をホッと安心させてくれるような優しさがある。


「よかった。実はね、最近みのりにお料理を教えてもらっているんだよ。その成果だね!」


 自慢げに胸を張る雫。

 きっと照れ隠しなのだろう。その顔は少し赤くなっている。


「そうだったのか。でも――これってみのりの味じゃないよな?」


 俺はもうひと口飲んで味を確認した。

 間違いなくみのりの味ではない。


「誰かさんの舌が味にうるさいからね~。お味噌の分量とかお湯の温度とか……雫は頑張って研究したのだよ」


 訳知り顔で「うんうん」と頷くみのり。

 その言葉を聞いた雫の顔が見る見るうちに赤みを増す。


  そんなに味にうるさいヤツっていたかな……? マルか? 京太郎か?


 そんな疑問を口に出そうとした時、


「はうッ!」


という京太郎の大きな息が漏れた。


「ど、どうしたんだ京太郎」


 目をやれば、京太郎は背筋を伸ばして上を向いている。

 固く目を閉じてアゴは斜め45度。目もとにはうっすらと光るモノがあり、手に持つ箸はプルプルと震えている――。感動泣き?



 京太郎の様子を見たかぐやが満足気に笑った。


「大方、私の作ったものが美味過ぎて言葉を失ったのであろう。康平も遠慮することはないぞ、好きなだけ食べるがよい」


「そうだった、かぐやのもあったんだよな。ありがとう、さっそくいただくよ」


 俺は勧められるまま、山盛りになっているソレへ手を伸ばす。


 かぐやが作ったのは『ほうれん草の味噌和え』なのだろう。

 潰しきれていない大豆の粒が残ってはいるが、見た目はけっこう美味しそうだ。


 ほうれん草の味噌和えを箸で掴み、俺はそのまま口の中へと入れる――


「はうッ!」


 予想だにしないその味に、俺は京太郎と同じリアクションになった。


  甘い……甘すぎる! いったい何を間違えばこんな味になるんだ!?


「康平も言葉を失うとはな。初めて料理というものをしたが、私の腕前もなかなからしい。かもしれぬな」


 かぐやの顔が綻ぶ。


  ええ。これは、まるでですよ……。


 ギギギ……と動きの悪い顔を下げ、俺はかぐやへと向いた。


「こ、これは……なにを……入れたんだ……?」


 知っている味なのだが、これを『ほうれん草の味噌和え』だと思い込んでいる俺はそれがなんだったのかを思い出せない。


「知りたいか? ならば教えてやろう。これはな――」


 ふふんと鼻を鳴らし、かぐやはこう言った。



「これは、『ほうれん草のピーナツバター和え』じゃ!」



 その言葉に食卓の空気が凍りつき、


「ぐはぁッ!」


 京太郎は断末魔の息を吐いて生きる屍となる。


 かぐやは満足気な笑みのまま、


「少々作り過ぎたようでな、台所にまだまだ残っておる。腹いっぱい食ってくれ」


俺たちにそんな死刑宣告を下した。


  これはなにかの罰ゲームなのだろうか?


 そう思いながらも、俺たちはかぐやの笑顔に何も言えず、ひきつった笑みを返す事しか出来ない。


 噛めば噛むほどほうれん草の水分が出てくるのだが、それはピーナッツバターの油分と混ざり合う事はなく……口の中がニチャニチャする――。



 こたつの中央に置かれている『ほうれん草のピーナツバター和え』。それが、高度8000メートル級の山のように立ち塞がっている。

 俺たちはこの試練にどう立ち向かえばよいのか? はたして攻略する術などあるのだろうか?

 古来より、人類は毒のあるモノでも食物としてきた。魚のフグなどがその例となるだろう。しかし、人類は尊い犠牲者をだしながらも知恵をつけ、命を懸けて戦ってきた。

 ならば、きっとこの試練も乗り越えられるはずだッ!――俺はそう信じている!


 これは『食』に挑んだ人類の、新しい一歩となるのかもしれない――。



「美味い! 美味過ぎるっ! 俺は野菜嫌いなんだけどさ、これなら食える! 美味いよこれ!」



 固唾を飲んで箸を伸ばそうとした俺の耳に、そんな信じられない言葉が飛び込んできた。


 驚いた皆の視線の先にいるのは『勇者マル』。

 極甘党の彼だけが、この強敵をお気に召したらしい。


 マルは山盛りになっている『ほうれん草のピーナツバター和え』を、嬉々とした顔で次々と口の中へと放り込む。

 ――それは、俺たちにとっての希望の光であり平和の訪れを確信する光景だ。


 個人的にはマルの味覚を疑うのだが、かぐやも喜んでいるし……きっと良い事なのだろう。

 俺は自然と雫やみのり、そしてヨロヨロと起き上がった京太郎と目が合う。そして、皆でホッと胸を撫で下ろしたのだった――。


□◆□◆

読んでくださり、ありがとうございました。

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