第六話 『彦星の 興味の先は 恋事情?』
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わかっているつもりではありましたが、姫様がこんなにも見境のない方だったとは……。
昨夜の公園にたどり着いた姫様と康平さん。そしてその御友人たちを見下ろす私は頭を抱えております。
多くの目があるなかで能力を使うとは……。幸い、皆さんの勘違いと康平さんの機転によって事なきを得ましたが……。
姫様の能力は目立ちすぎます。
姿を消して監視役をしている私としては、このままにしておくことはできませんので封じさせていただきましょう――。
「康平。この者たちは、みんなお前の友人なのか?」
姫様は順に、前に並んでいる方々へ目を向けます。
「ああ、みんな俺の友人で――右から順番に、御堂京太郎、石井丸也、琴原雫に安川みのりだ」
疲れた顔の康平さんが御友人たちを紹介すると、みのりさんが前へ出ました。
「え、と、かぐやさんだっけ? あなた、康平くんの彼女なの?」
「そんなバカなことがあるもんか!」
突拍子もない質問に、大きな声を出したのは康平さんではなくマルさんで、彼はそのまま康平さんへ詰め寄ります。
「違うと言え康平! こんな美女を……こんな美女がお前の彼女だったら、俺は悔しくて帰りの買い食いも喉を通らないぞ!」
「いちいち首を絞めるなマル。みのりも、なんでそんな発想になるんだよ。俺がこんなやつと付き合うわけないだろ」
マルさんの手を振り解いた康平さんが咳き込みます。
「こんなやつじゃと……?」
姫様は不機嫌そうに眉を上げましたが……とりあえず放っておきましょう。それよりも――
「雫、今の聞いた? よかったね、かぐやさんはライバルじゃないってさ!」
「ちょっとみのり、声が大きいよ~!」
康平さんから離れて、みのりさんは興奮気味で雫さんへ耳打ち。それを聞いて顔を真っ赤にする雫さん――。
私以外の方には聞こえていないようですが……甘酸っぱい青春の香りの方に興味をそそられます。
「それで? 康平、そちらのかぐや嬢とはどのような方なのだ? さっきの事といい、普通のお人ではないようだが」
タイミングよく切出したのは京太郎さん。
この方、口は微笑んでいらっしゃいますがその目は笑っていませんね。まるで、姫様の本質を見抜こうとしているような冷静な目――。このような方には注意をしておかなければならないかもしれません……。
「かぐやは……え、と――母親のお客で……」
歯切れの悪い康平さんの横から、姫様が前へ出ました。
「自己紹介が遅れたの。私の名はかぐやという。康平とは縁があっての、しばらくの間、康平の家に住むことになっておる」
その返答に、皆さんの表情が変わります。
「なんと、それはつまり……」
「こんな美女と一緒に暮らしているっていうのか!?」
京太郎さんが目を丸くし、マルさんは頭を抱えました。そして、
「あちゃ~。やっぱり、ライバルになっちゃうの……かな?」
「う、うう~……」
みのりさんが横目で心配し、視線の先の雫さんはなんとも言えない顔でうなります。
京太郎さんが何かをひらめいたような顔で手を叩きました。
「たしか、康平の母親は洋服のデザイナーだったな……。かぐや嬢は、舞台用の衣装でも注文されたのか?」
「舞台? 衣装?」
首を傾げる姫様。
「先ほどのマルを持ち上げたマジックは、この俺をもってしてもタネや仕掛けがわからない実に見事なものでした。一般的な服とは違い、普通の洋服に見えてもかぐや嬢の服には多くのタネや仕掛けが仕込まれているはず……。寸法や機能性を細かくチェックするため、康平の家に住むことにしたのでしょう?」
なるほど、そういう解釈もあるのですね。
「そういう事だったのか! なるほどね。たしかに、100キロを超える俺を持ち上げたのはすごいマジックだったもんな」
マルさんも納得したようです。私個人としましては強引な意見のような気もしますが、ご本人たちがそれで納得してくださるなら良しとしましょう。
「何を言っておる。お主を浮かべるくらい、私には造作もない――あれ?」
姫様が人差し指をクイッと上に向けますが、マルさんは浮かび上がりません。
「かぐや、どうしたんだ?」
康平さんが姫様に耳打ちをします。
「なぜじゃ? 私のチカラが――使えなくなっておる」
姫様は不思議そうにご自分の手を見つめました。
どうやら、上手くいったようですね。姫様の能力は私が封じさせていただきました。昨晩といい今日といい、見境なく能力を使われてはいらぬ注目をされてしまうことになりかねませんからね。
「あれ? もういちど宙に浮かべてくれるんじゃないの?」
少し期待していたのでしょう。マルさんはがっかりという表情です。
「マル、無理を言うな。一流のマジシャンは、同じマジックを続けて見せる事はないと聞いたことがある。神秘的な経験や感動は記憶のなかで反芻しろ」
「はんすう? ってなんだ?」
マルさんは、自分の肩に手を置く京太郎さんへ振り向きました。
「くり返して考え、味わうことだ。ちなみに、牛やラクダが一度飲み込んだ食物をまた口の中に戻して噛むことという意味もある」
「ならそう言えよ。難しい言葉使わないでさ」
恥ずかしそうなマルさんに、京太郎さんがため息をつきます。
「高校二年生ももうすぐ終わりだというのに、こんな言葉も知らないとは……。たまには本を読め」
「なにおぅ! 俺だってなぁ、本くらい読むぞ!」
「どうせいかがわしい本ばかりなのだろう?」
「それは……否定できない」
エヘ。と、舌を出すマルさん。
「私たちがいるのに、そういう話をしちゃうかな~」
雫さんが口をとがらせますが、
「いいじゃん雫。男子っていうのは、こういう生き物なんだよぅ!」
と、みのりさんは楽しそうです。
そんなやり取りが終わったところで、康平さんが姫様へ向き直りました。
「ところでかぐや。わざわざ学校にくるなんて、俺に何の用だったんだ?」
「おお、そうじゃった。葉子からの言伝があってな――」
姫様はスカートのポケットから折りたたまれた一枚の紙を取り出し、康平さんへ渡しました。
「母さんからの手紙?」
手紙を読み始めた康平さんの顔がみるみる引きつり、
「な、なにを考えているんだこの母親は!?」
その手がプルプルと震えだしました。
何が書かれていたのでしょう? 幸いなことに、私は姿を消しているので誰の目に映ることもありません。そこで、康平さんの頭上にそっと忍び寄ってみることにいたします……。
――康平へ。
母さんは仕事が忙しく、今日は帰れそうにありません。
なので、夕飯はかぐやちゃんと一緒に作って食べること。
追伸。
ケンカしないで、かぐやちゃんとは仲良くするのよ。
でも、母さんはまだ『おばあちゃん』にはなりたくないからね~!
ラブリーママより❤――
え~と……。つまり、今晩は姫様と康平さんが二人きりということですね~。
「な、なにがラブリーママだ! 俺に料理なんかできるかぁぁぁ!」
康平さんが手紙を破ります。しかしその表情は、夕飯の心配よりも姫様とふたりきりの夜を不安がっているように見えますが……。
さてさて、なにやらおもしろい夜になりそうな予感がいたします――。
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読んでくださり、ありがとうございました。