第四話 『悩み事 知らぬ友たち マイペース』
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校内にチャイムが響き、冬休み前の最後の授業が終わった。
授業といっても、期末テストを返された後に解答合わせをしただけの楽なものである。
俺の成績は可もなく不可もなく……ま、いつも通りの平均点というやつだ。
「ふう……」
ホームルームも終わり、担任が教室を出て行ったところで俺はため息をついた。
これで二学期は終了したようなもの。二週間後に終業式があるのだが、赤点での補習授業のない者にとっては、今この瞬間から冬休みが始まったといっても過言ではない。
「どうした只野。朝からうかない顔をしてるが、下校時間になってもまだ治っていないとは……。お前らしくもない」
聞きなれた口調に顔を上げれば、そこにいたのは御堂京太郎。
頭が良くて、家は超がつくほどの大金持ち。そして、モデルなみのスタイルと顔を持っている変なやつ。仲の良い俺の友人のひとりだ。
「京太郎か。なんだか疲れててさ……精神的に」
もう一度ため息を吐いた俺を、腕を組んだ京太郎が鼻で笑った。
「ふん。只野に疲れるような精神があったとは驚きだ。お前のシラケた顔などつまらんし気持ちが悪い。さっさと気合いを入れろ」
「気持ちが悪いって……それが悩める友人にかける言葉か?」
「何に悩んでいるのか知らないからな。これでも励ましているつもりなのだぞ」
「それはどうも。俺だって、なんで自分が悩んでいるのかわからないから悩んでいるんだよ」
「なんだそれは? 自分の悩みもわからないとは、お前も随分と残念な子になったものだ」
眉間に手を当て、京太郎はわざとらしく頭を振る。
「ほっとけ」
俺はリュックを手にして席を立った。そこへ――
「康平、まだ帰らないでよ。今日こそは旅行先で泊まる宿を決めるんだからね」
俺に話しかけてきたのは、琴原雫。なにを慌てているのか、雫は肩にかかる髪を揺らしながら走ってくる。
「おい雫。そんなに慌てるとまた――」
転ぶぞ――と忠告したかったのだが時すでに遅し。机にぶつかった雫は、バランスを崩して隣の机に頭から突っ込んでいく。
「い、痛いよぉ~」
起き上がった雫がおでこを押さえた。
机にぶつかったときの「ゴツ」という鈍い音。聞いたこちらまで顔をしかめてしまった。
「大丈夫か? ただでさえドジなのに、慌てるから転ぶんだぞ」
しゃがんだ俺は、右手で雫の前髪を上げる。
「ふぁ!? え、え~と……うぅ……」
盛大に転んだのが恥ずかしいのだろう。うなる雫の顔が赤くなった。
「よかったな。血は出てないし腫れてもいないぞ」
横一線に机にぶつかった痕があるが、たいしたことはなさそうだ。
「あ、ありがと」
俺の手を取って立ち上がった雫が、うつむきながらお礼を言う。
ぶつかった痕よりも赤い顔の範囲が広がり、今度は耳まで赤くなった。やはり、そうとう恥ずかしかったに違いない。
琴原雫は、ひと言でいうなら〝ドジっ娘〟と呼ぶのがふさわしいだろう。
走れば転ぶし、物を持てば落とす。常に目を離すことができない女の子だ。
「し~ずく、康平くんにやさしくしてもらえてよかったね! でもさ、康平くんの気を引くにしてはやりすぎだったんじゃないかな?」
甘えるような声がした。それは地声で、二人分の学生鞄を手にトレードマークになっている大きな胸を揺らしながら近づいて来たのは安川みのりだ。。
「ち、ちがうよみのり! 私はただ、康平を呼び止めただけで……」
「だ・か・ら、康平くんをの足を止めるために転んだんでしょ?」
胸にかかる髪を後へ戻したみのりは、あたふたする雫をからかうように微笑む。
「こ、転んだのはワザとじゃないもん」
雫は拗ねた顔で自分の鞄を受け取った。
突然、教室のドアが勢いよく開き、黒ふちメガネをかけた大きなダルマのような男子が現れる。
「康平! 京太郎! 美女だ! 美女がいるぞ!」
重い足音を鳴らしながら駆けてくるのは石井丸也。体重100kgを超えているお腹は圧巻で、俺たちは『マル』と呼んでいる。
「あらマルくん、美女ならここにふたりいるわよ。ね、雫」
みのりが雫の肩を抱き寄せながら髪をかきあげた。自慢の胸を張って強調しているので、きっとセクシーポーズのつもりなのだろう。
「私はやらないからね」
目で“雫も胸を張りなさい”と訴えるみのりに、雫は小ぶりな胸を隠しながらあきれた視線を返している。
「あ、いや、みのりや雫も美女だとは思うけどさ、お前たちのことじゃないよ」
マルはみのりの美女発言を否定しない。というのも、校内ではみのりや雫も可愛くて人気の高い女子なのだ。
しかしいつものマルなら、みのりが胸を張れば「ウホぉぉぉ!」という奇声をあげるのだが……。
「ほう、マルらしからぬ反応だな。どこにそんな美女がいるというのだ?」
京太郎も異変に気付いたらしく、目を丸くしている。
「校門だよ、校門! 校門に寄りかかって、誰かを待っている絶世の美女がいるんだよ京太郎!」
興奮するマルの呼吸は、まるで飢えた野良犬のようだ。
「他校の女子が彼氏でも待っているんだろ? 俺たちには関係ないじゃんか」
そう言って、俺はリュックを背負う。
その美女に興味がないわけではないが、今の俺にはどうでもいいことだった。
「いや、康平。俺もトイレの窓から見ただけなんだけどさ、私服だったし、他校の女子じゃないみたいだ」
「ふ~ん」
「ふ~んって……。どうしたんだ康平、熱でもあるんじゃないのか? お前、今朝からずっとおかしいぞ」
話に乗ってこない俺に、マルは心配気な声を出す。
そんなマルへ、小さく息を吐いた京太郎が耳打ちをする。
「本人いわく、悩みがあるらしいのだが何に悩んでいるのかわからないそうだ」
「なんだそれ?」
「俺にもわからん」
首をかしげるマルに、京太郎はお手上げというように手のひらを上にした。
雫が俺の制服のすそを引く。
「康平。昨日は遅くまで付き合せちゃったから風邪をひいたんじゃ……」
顔が強張っている雫の目が潤みだす。
「ちがうって。雫、体調は万全だから心配するな。それに、付き合わせたって表現はおかしいぞ。旅行の幹事は俺と雫なんだから、話し合うのは当然だろ?」
なんとかいつもの笑顔を作ってみる。それに安心できたのか、雫は「よかった」と言って目じりを拭った。
「でもさ、悩みがあるのに原因がわからないなんて不安だよね。私が抱きしめてあげようか?」
みのりが大きく腕を広げた。
京太郎の耳打ちは、みんなに聞こえる普通の音量だったからみのりにも聞こえたのだろうが、その仕草の意味がわからない。
「みのりに抱きしめられたら、悩み事がわかるようになるのか?」
「もしかしたらね。ウブな康平くんへのショック療法だよ! 試してみる?」
「アホか……」
みのりのいつもの冗談に、俺はいつもの言葉を返してやった。
「乙女の気遣いを邪険にするなんて、なんてヒドイ男なんでしょう……」
雫の肩に手を置き、わざとらしくヨロけたみのりへ――
「だったら俺が試してみようかな!」
スケベ顔したマルが動いた。
「マルくんは冗談にならないからダ~メ!」
突進してくるマルを、笑顔のみのりは腕一本で弾き返した。
100kg超えのマルを腕一本で……と、いつも思うのだが。みのりいわく、大きな胸を支える筋肉はダテではないそうだ。
なんとなくいつものパターンをこなした俺たちは、自然と教室を後にした。
お調子者のマルが京太郎を急かし、雫とみのりがおしゃべりをしながらその後に続く。
友人たちの後姿を見ながら、俺は両手で頬を叩いて気分を変えようと試みた。
本当の事を言えば、悩みの原因はわかっている。昨日の夜に出会ったかぐやだ。
いきなり現れたかと思えば大きな態度で家に上がり込み、いつの間にか母親を味方につけて月世界へ帰れないからと居候を決め込んだ。
『月世界』なんてものを信じるかどうかは別として、本当に帰る所がないのなら家に居るのはかまわない。……なのに、なぜ俺はあんなに反対したのだろう?
そしてなぜ、俺はかぐやのことをみんなに話していないのだろう? 何でも話せる友人たちなのに……。
それがわからないから、今日の俺はずっともやもやしている――。
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読んでくださり、ありがとうございました。
久しぶりの更新となりましたm(__)m
なんとか四月中の完結を目指して頑張りますので、これからもよろしくお願い致します。