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第三話 『なんですと!? かぐやと住むのは 決定だ!?』

□◆□◆



 今朝の起床は六時二十八分。俺は目覚ましのアラームよりも先に目が覚めた。

 こういう朝は気分が良い。寒い朝には違いないが、自分のペースでベッドから起き上がることが出来る。

 アラームで目が覚めるとこうはいかない。たたき起こされた気分になってしまうからなのか、不機嫌になってなかなかベッドから出られなくなってしまうのだ。


「う~……んん……」


 立ち上がった俺は軽く伸びをして、ついでに首筋も伸ばす。

 ふう。と力を抜いたところでアラームが鳴った。時刻は六時三十分――俺がいつもたたき起こされてしまう時間だ。


「アラーム機能に異常なし!」


 機械に勝利した優越感から、俺はいつもよりも優しいタッチで目覚まし時計のアラームを切った。

 厚手のカーディガンに腕を通しながら階段を下りる。


 顔を洗って歯も磨く。そしてトイレを済ませた後に台所へ行くと、そこにはお椀を手にしている母親と、髪の長い女の子。


 母親が用意したのだろう。彼女はピンク色の生地に可愛いウサギの絵が描かれているパジャマを着ている。

 母親が愛用しているとは考えたくないので、おそらくはデザイナーの仕事で制作した見本のうちの一着なのだろう。


「……そっか。今日はこいつがいるんだった……」


 かぐやを見たとたんに肩が重くなり、俺は深いため息を吐く。


「康平か、おはようさん。お前は早起きじゃの~」


 テーブルに顎を乗せるかぐやは、疲れ切った顔で手をあげた。


「目が充血してるぞ……眠れなかったのか?」


 俺はかぐやと向かい合う席に座る。

 いつもと違う景色に違和感を感じるが、今日だけは仕方ないだろう。


「うむ。こちらには月世界にはない物がたくさんあるようなのでな。葉子が貸してくれた本を読んで、地上世界のことをいろいろと覚えておったのじゃ……。気が付いたら朝だったのでな、眠くてかなわん」


 かぐやはテーブルに顎をつけたまま大きなあくびをする。


 この娘を説き伏せることは難しいと悟った俺は、かぐやにはっきりと言ってやることにした。


「まだそんな事を言ってるのか? 月世界なんて存在しないし、お前は今日、自分の家に帰るんだぞ」


 寝ぼけまなこのかぐやが何か言い返してくると思ったが、口を開いたのは母親だった。


「あら、母さんは信じるわよ。かぐやちゃんはね、月世界から来たのよ」


 かぐやの前にみそ汁が入ったお椀を置く。


「なにを根拠に……」


 俺は頭を抱える。

 母親は天然だから、かぐやの妄想が伝染したのかもしれない。


 そんな考えを読まれたのか、母親は困ったような苦笑いを浮かべる。


「そんな顔しないの。母さんがこの話を信じる理由はね、かぐやちゃんが着ていた着物にあるのよ」


「着物? あの着物がなんだっていうんだよ?」


 俺はかぐやが着ていた着物を思い出す。

 赤を基調とした生地に、あまり目にしない花などの植物が描かれていた。(なんという植物なのかは知らない) 実にシンプルなデザインではあったが、ほのかに輝きを放つ生地にきめ細やかな刺繍。それは素人目に見ても感動するほどの出来栄えだった。

 少女が着ているにしては高級感があったのでよく覚えている。


 口を開いた母親は、声をです前に小さく息を吐いた。


「かぐやちゃんの着物の生地が、なにから出来ているのかわからないのよ」


「わからないって……なんで?」


 俺は首を傾げた。


「生地っていうのはさ、植物や動物や虫からとった繊維や毛を使った糸を織って作るんだけどね。かぐやちゃんの着物の生地は特別過ぎるのよ」


「特別って、どう特別なんだよ?」


「一本一本の繊維が見たことがないくらいに細くて柔軟。なのに驚くほど丈夫に出来ているわ。何で染めているのかもわからないし、ほのかに光も放ってる……――」


 母親はチラリとかぐやに視線を送って苦笑いする。


「デザイナーっていう仕事柄、世界中の生地を見てきたけど……あんなの見たことがないわ。正直言って、母さんお手上げよ」


 ペロッと舌を出し、母親は両手を上に向けた。


「あれはげっこうちゅうの吐く糸から出来ておるものだ。地上世界にはおらぬ虫であるからな、見たことがなくて当然じゃ――」


 その声の主はかぐやだった。

 彼女はみそ汁をひと口飲み、両手で持つお椀を静かに置く。


「耐火に優れており、蓄光効果があるから夜の暗闇でも書物を読むことが出来る。月光虫の糸は稀少価値が高いから、庶民が手にするのは難しいが……まあ、私はそれなりの家柄におるからの……」


 なんだかバツが悪そうに顔をしかめたかぐやは、残りのみそ汁を飲み干した。


「月光虫……って、どんな虫なんだ?」


 俺は思わずそう訊いてしまう。

 かぐやは淡々と話をしていた。嘘を言っているようには見えなかったので、つい乗せられてしまったのだ。


「月光虫は、こちらの世界で例えるなら子熊ほどの大きさがあるイモムシじゃ。あやつらは50年かけて成長したのち、さなぎを経て輝きを放つ蝶となる。蝶となってからの命は短くての、十日目の晩には寿命が尽きてしまう。その間に伴侶を見つけて卵を産むわけじゃな――」


 そう答えたかぐやは、母親にみそ汁のおかわりを要求した。


「子熊って……」


 そんな大きさのイモムシがウニョウニョと糸を吐きながら近づいて来る……。それは恐怖映像でしかない!


「私の話を信じられんという気持ちはわからなくもないが、月世界を追い出されてしまった私は他に行くところなどない。そなたは世話をすると言ったのだから、私はこの家から出てはいかんぞ」


 おかわりを受け取ったかぐやは、「当然」という顔でみそ汁に口をつけた。


「なっ!?」


 俺の顔が引きつる。


 なんというずうずうしい態度だろうか!

 たしかに、昨夜はそんな事を言ったような気もするが……あれはその場しのぎの相づちであって本心じゃない!


「いいわよ。かぐやちゃん、このままあの部屋を使ってちょうだい」


「なにをぅ!?」


 ニコニコ笑う母親に、俺は頭を抱えた。


「かぐやちゃんには頼みたいこともあったし、ちょうど良かったわ! これからよろしくね!」


 母親は両手を組んで嬉しがる。


「早まるな母さん! それは良くないだろ!」


 このままではかぐやと同居になってしまう!

 俺は慌てて母親を止めるが――


「良くないって……なにが良くないの?」


 その言葉に口ごもってしまう。


「なにがって……。かぐやは女の子だぞ」


「だから?」


「俺は男だし、見ず知らずの女の子と暮らすなんて……やっぱり、良くないんじゃないか?」


「あら。康平はかぐやちゃんと〝カンケイ〟がないんでしょ? だったら問題ないんじゃない? かぐやちゃんはね、母さんの『お客様』としてこの家に住んでもらうのよ。家主の決定に文句ある?」


「あ……ありません」


 父親が単身赴任で海外に入る今、この家の主は母親だ。『決定』と言われてしまえば、自立もしていない学生身分の俺に反論の余地はない。


「葉子。頼み事とはなんじゃ?」


 かぐやがお箸を咥えながら母親を見ていた。

 勝手に炊飯器を開け、二杯目のごはんを茶碗に盛っている。


「それはね、かぐやちゃんの着物をもう少し見せてほしいのよ。生地も気になるんだけどね、一番観察したいのはあの刺繍なのよ」


「刺繍がどうかしたのか?」


 俺はつい口を挟んでいた。

 こんなに目を輝かせる母親は初めて見たのだ。


「全国をまわっていろんな工房を見てきたけど、あんなにも繊細で美しい模様は見たことがないわ! よ~く観察して勉強させてもらいたいのよ。ねっ! かぐやちゃん、お願い!」


 母親は手を合わせてかぐやを拝む。

 俺にはよくわからないが、デザイナーという仕事をしているプロだからこそ気付いた〝匠の技〟なのだろう。


「なんじゃ、そんなことか。だったら好きなだけ見るがよい。そこまで言ってもらえるなら、織女たちもさぞ喜ぶじゃろう。機織り小屋の者達にも聞かせてやりたいわ」


「どうした? そのなかに友達でもいるのか?」


 嬉しそうに微笑んでいるかぐやに、俺はそう訊いてみた。


「うむ。幼少の頃より、私の着物はすべて同じ機織り小屋の織女たちがこしらえてくれておるのでな。家族や姉妹と同じだと思っておる」


「そんな機織り小屋に、お前は天馬の糞を投げ込んだんじゃなかったけ?」


「康平、私は今メシを食っておる。頼むから〝クソ〟の話はやめてくれぬか?」


 勝ち誇った顔でご飯をほおばるかぐやに、俺はぐうの音も出ない。

 昨晩、俺はかぐやに同じことを言ってしまったのだ。


 両手を上げて喜んでいる母親が何かに気がついた。


「康平、そろそろ行かなくていいの? とっくに7時をまわってるわよ?」


「ええっ!? もうそんな時間なのか!?」


 時計を確認すると、時刻は7時20分。早起きしたのに思わぬ時間を食ってしまった。

 俺の通う高校は、ゆっくり歩いても30分はかからない。けれども、学校近くのパン屋で友人たちと待ち合わせ、しばらく話をしてから登校するというのが日課となっているのだ。


 階段を駆け上がった俺は、自室で素早く制服に着替える。リュックとマフラーを手に取り、急いで階段を駆け下りるとそのまま靴を履いて――と、その前に……。


「それじゃ、行ってくるから!」


 台所へ顔を出した俺は一声かける。ついでに出来立ての目玉焼きをつまんで口に入れると、勢いよく玄関へ向かった。


「こら康平! それは私の目玉焼きであるぞ!」


 背中にかぐやの怒声が響くが、そんなものに構っているヒマはない。


「おえおおやうあうあ!」


「何と言っておるのかわからんわ!」


 かぐやが玄関まで出てきたのだろうが、俺はすでに家から出て駆けだしている。


 “俺のをやるからさ!”と言ったつもりなのだが、目玉焼きが熱くてちゃんとした言葉にならなかったようだ。

 俺は健康な男子学生。なにも食わずに走れるわけがない。

 我が家に居座るならば、かぐやには自分の食糧は自分で死守するということを覚えてもらわなければならないだろう。


 しかし――、本当にかぐやと一緒に暮らすことになってしまうとは……。

 昨夜の俺に会えるなら、「帰り道を変更しろ」と言ってやりたい。

 まったく、朝から気分はトホホだな……。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


追伸)第一話の最後に一文加えました。

  「〇〇でございます」という口調だったのは『彦星』というキャラクターです。

   第四話以降にもちょくちょく登場しますので、よろしくお願いしますm(__)m

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