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第二十九話 『今どこに―― かぐやを探して あの場所へ』

□◆□◆




「なぁ母さん。俺がいなくなったら……さみしいか?」


 俺がそう切り出したのは、久しぶりに朝早い朝食を終え、何年振りかに洗い物の手伝いをしている時だった。


「なぁに突然。康平、どっかに行くの?」


 茶碗を洗う母親が横目で俺を見てくる。


「もし……もしもだよ。俺がどこか遠くの国へ行ったら、母さんは、その……さみしいのかな~って……」


「留学でもしたいの?」


「いや、留学ってわけじゃないんだけど……」


「永住?」


「まあ……そんな感じ」


「ふ~ん……」


 母親はすべての洗い物を終える。そして、俺が洗い物を食器乾燥機に入れている間にコーヒーを淹れてくれた。


 二人でテーブルにつき、淹れたての熱いコーヒーに口をつける。


「もしかして、かぐやちゃんが月に帰っちゃうの? 康平も一緒に行くつもり――ってこと?」


 マグカップを下した母親がそう切り出してきた。


「わ、わかる?」


「わかるわよ。何年あんたの親やってると思ってんの」


 母親は鼻を鳴らし、


「正直に言っちゃうと……さみしいわね」


複雑な笑みを浮かべた。


「出来れば近くにいてほしい。でもね、康平が幸せでいてくれるならどこへ行ってもかまわない。――両方とも本音よ。前半は親のわがままで、後半は親としての理想的な意見だけどね」


 マグカップを両手で持った母親は、コーヒーの液面を遠くを見る目で見つめる。


「それで、かぐやちゃんはなんて言ってるの?」


「まだ、話してないんだ……」


「いつ帰るって?」


「そ、それもよくわかんなくて……」


 何も答えられない俺に、母親はあきれたような溜息を吐く。


「大事なことなんだから二人でよく話し合わなくちゃダメじゃない。どうせ、かぐやちゃんが帰ることになったのを知った康平がベソかいたものだから、話し合いにならなかったんでしょ」


「な、なんでそんなこと――」


「わかるわよ。あんたの親だもん」


「べ、ベソなんてかいてないからな」


「でもそのせいでケンカして、かぐやちゃんが家に帰ってこなくなっちゃったんでしょ?」


「う゛っ……」


「わかるわよ。あんたの親だもん」


「ま、まだ何も言ってないぞ」


「先に言ってあげたの」


 かぐやのいないこの三日間、雫の家に遊びに行っているということで納得していると思っていたのだが、どうやらすべてお見通しだったらしい。


「とにかく、終業式が終わったらかぐやちゃんを迎えに行ってらっしゃい。母さん今日はクリスマスイベントで忙しいけど、途中で抜け出すから、夕方に少し話し合いましょ」


「仕事、抜け出せるのか?」


「息子の人生がかかっているんだもん。それより大事なことはないわ。ま、イベント衣装の責任者としてはちょっとマズいかもね」


 母親はペロッと舌を出す。


「ささ、もう時間よ。早くいかないと、また雫ちゃんたちを待たせちゃうわよ」


 時計を見れば、時刻は7時10分を過ぎていた。


「もうこんな時間!? じゃあ行ってくるから、夕方にな」


 席を立った俺は足早に玄関へ向かう。


「はいはい、行ってらっしゃい。ちゃんとかぐやちゃんを連れて帰るのよ。ケンカになったのは康平が悪いんだろうから、嫁に出ていかれた亭主の気持ちになって土下座してらっしゃい」


「どんな例えだっ!」


 背中で受けた言葉につっこみを返し、俺は玄関を出た――。







 パン屋の前で集合し、いつものようにそこで話をしてから俺たちは学校へ向かった。

 京太郎とマルに変わりはなく、雫とみのりもいつも通りだ。といっても、数日前にみんなで旅行に行ったばかり。大きな変化なんてそうそうあるわけもない。

 雫にはかぐやの様子を訊きたかったのだが、みんなの前ではそれも訊けない。雫もそれがわかっているのか、かぐやの名前も出さなかった。



 教室へ入るとクラスメイトとの久しぶりの再会。そして終業式を行うために体育館へ移動。校長の長くてありがたい話に疲れ果てたあと教室へ戻った。


 そういえば、真偽は確かではないが、校長の話が長いのには理由があるらしい。一定時間以上の話をしなければならないという決まりがあるらしく、そのためのマニュアルもあるのだとか……。

 それが本当ならば、校長という仕事も大変なのだろう。話のネタに頭を悩ませ、生徒からは恨まれる。俺にはとても耐えられそうにない仕事だ。


 しばらくすると担任が戻ってきて成績表を配る。俺の成績は中の上。残念ながら上の下には少しばかり足りなかった。成績表を配り終えると、今度は担任からもありがたい話を聞かされる。問題を起こすなよとクギをさされ、来年度は受験生だとか受験はとっくに始まっていると思えだとか……そんなワンパターンな内容だ。たまには自分が受験生の時にはこんな気晴らしをしたとかどんな遊びををしたとか、気持ちが前向きになるような話をしてもらいたいものだ。


 たいして忙しかったわけではないのだが、時間はいつの間にかに過ぎている。気が付けば午前が終わろうとしていた。



 学校のチャイムが鳴り、簡単なホームルームを終えた俺は席を立つ。

 今からが本当の冬休み。短い期間ではあるが、会えなくなる友人との会話で盛り上がっているクラスメイトたち。そのなかを進んだ俺は雫の席まで向かった。

 今日はクリスマスイブ。この後、俺たちはいつものメンバーでカラオケに行き、そのあと京太郎の家でクリスマスパーティーをすることになっている。だが、俺はその前にかぐやを迎えに行かなければならない。


 雫は席で荷物をまとめている。いつもはチャイムと同時に雫の席へ行くみのりの姿はない。俺にとっては好都合だ。


「雫。ひとりなのか? みのりは?」


「ん~……ちょっとね。少し待っててって言われたから……」


 俺の問いかけに愛想笑いをする雫。


「なんだ、トイレか」


 そう言った次の瞬間、俺は雫のひじ打ちを喰らった。


「そういうのは口に出しちゃダメ」


 雫はフンッと鼻を鳴らす。

 みのりがトイレに行っているのなら、ここで少しかぐやの様子を訊く時間はあるだろう。


「なあ雫。ちょっと訊いていいか?」


「訊きたいこと? なに?」


 雫がキョトンとした顔で俺を見上げる。


 今の俺が訊きたいことは一つしかない。それは雫もわかっているはずだ。これはまたからかわれているのかもしれない。


「なにって、かぐやのことなんだけど……今日はどんな様子だった?」


 俺はなるべく下からの言い方を心がける。

 かぐやの情報は雫しか持っていないのだ。


「家具屋? そんなこと訊かれても……。康平、家具でも買うの?」


「いやいや、発音がおかしい。家具屋じゃなくて、雫の家にいる『かぐや』のことを訊いたんだけど……」


「私の家に? え~と……かぐやって、だれ?」


 俺はその言葉に絶句した。なぜかって、それは雫が本当に知らないという顔をしたからであり、雫がこんな表情で嘘をつけるやつじゃないことを知っているからだった。


「な、何言ってんだよ。かぐやだよ。三日前から雫の家にいるだろ?」


「康平? どうしちゃったの? なんか……怖いよ」


 うろたえる俺に、雫が一歩身を引く。


「康平、やっと冬休み本番だな! 早くカラオケに行こうぜ~!」


 後ろからマルに肩を組まれる。


「マル、悪いな。俺さ、かぐやを迎えに行くから、あとで合流するよ」


「ぬわにぃぃぃ、かぐやだとっ!?」


 大げさに驚いたマルが手を放した。


「康平っ、かぐやって誰だっ! お前の彼女かっ!? いつの間に彼女なんか作りやがったんだこの裏切り者っ!」


「ちょ、ちょっと待て! マル! お前まで何言ってんだよ!」


 マルまでかぐやを知らないなんて、そんなバカなっ!?


 胸倉を掴まれた俺はそれを振りほどく。そこにみのりが戻ってきた。


「聞こえっちゃったよ~! 康平くん、彼女が出来たって本当?」


「か、彼女……。こ、康平に彼女ぉぉぉっ!? ……はぅっ!」


「わわっ! 雫っ、こんなところで倒れないでよ~!」


 戻ってくるなり、みのりは倒れそうになる雫を支える。


 動揺する俺の肩を京太郎が叩く。


「なかなかおもしろそうな話をしているではないか。只野、その彼女とやらも我が家のパーティーに招待するがよい!」


「さんせ~! 康平くんにどんな彼女ができたのか、みんなで品定めしよっ!」


 京太郎の提案に、みのりが片手を挙げて賛成する。


「康平に彼女が出来た……。な、仲間だと思っていたのに、仲間だと思っていたのにぃぃぃっ!」


 へたりこんだマルは、呪いでもかけるかのような目で俺を見上げてくる。


「みんな何言ってんだよ……。なに言ってんだよッ!」


 俺の怒声に、京太郎たちだけでなくクラス中が静まり返った。


「かぐやだよ! 俺の家で夕飯食ったし、一緒に旅行だってしたじゃないかっ!」


 信じられなかった。揃いも揃って俺をからかっているのならタチが悪すぎる。


「康平の家で夕飯は食ったな。でも、かぐやって誰だ?」


 マルが首を傾げる。


「只野、旅行とはこの間行った我が家の別荘のことを言っているのか?」


「かぐやなんて人いたっけ?」


「うう……私は何もわからない……何も考えられません……」


 京太郎もみのりも雫も、揃ってかぐやを知らないという。

 それは、どう見ても俺をからかっているという雰囲気ではない。


「そ、そうだ、カメラ! 旅行に行った時、みんなで一緒にスマホで写真を撮ったじゃないか!」


 俺はスマホを取り出してアルバムを開く。


「……あれ? そんな、そんなバカなっ!? なんで? どうして!?」


 何枚めくっても、写っているはずのかぐやの姿がない。かぐやが写っているはずの場所には雪しかなかった。


「康平くん、大丈夫……?」


 俺を本気で心配してくれるみのりの視線が胸に刺さる。


「はは……なんだよ……これ……」


 みんなの記憶だけでなく記録からもかぐやが消えている。

 かぐやは幻で存在していなかった。そう言われている気がした。


「こんな……こんなことあるはずがないッ!」


「待て只野っ!」


 京太郎の制止を振り切り、俺は教室を飛び出した。


 こんなバカなことあってたまるかっ! かぐやは雫の家にいるはず。全部説明してもらうからなっ!


 学校を出た俺は、雫の家に向かって走った――。





 雫の家の前。息を切らす俺は玄関のチャイムを鳴らす。


 家のなかから女の人の声。雫のお母さんだ。


「あら、康平くん? 久しぶりね~!」


 玄関のドアを開けたおばさんは、俺を見るなり目を輝かせた。


「ど、どうも、お久しぶりです」


 雫とよく似た笑顔に、俺は会釈を返す。

 そういえば、雫の家に来るのは二年ぶりくらいだろうか。雫とは幼なじみではあるが、外や俺の家でみんなと会ったりはしているので雫の家に集まることはほとんどない。


「終業式は終わったの? ごめんね、雫はまだ帰ってないのよ。あがって待っててくれる? 外は寒いでしょ」


 どうやって家に上がらせてもらおうかを考えていた俺にとって、渡りに船とはこのことだろう。しかし、その前に確認しておく必要がある。


「おばさん、かぐやって知ってます? 三日ほどこの家に泊まってるはずなんですけど」


「かぐやさん?」


「はい。髪の長い女の子なんですけど」


「みのりちゃんじゃなくて? ん~、そんな子いたかしら? 雫がうちにいるって言ってたの?」


 やっぱり。おばさんも憶えていないんだ。

 ということは、かぐやはもうこの家にはいない。


「すみません間違いだったみたいです。俺、他に行くところがあるんで、今日は失礼します」


「そう、残念ね。また遊びに来てね、約束よ」


「はは。はい、必ず……」


 残念がるおばさんに愛想笑いを返し、俺はその場を後にした。


 次に俺が向かうのは自宅。もしかしたらかぐやが戻ってきているかもしれない。





「ただいま! かぐや、いるか!」


 玄関を開き、俺は家の中へ入った。


 家のなかは静まり返っている。俺は玄関の鍵を開けて入ったのだから当然といえば当然なのだが、かぐやには一応合鍵を渡してある。もしかしたら隠れているのかもしれない。


「かぐや、いるんだろ」


 かぐやの部屋にはいない。


「帰ってないのか? まさか、もう月世界に帰ったんじゃ……まてよ。たしか、いつ帰るっていうのを彦星ってやつが言っていたような……」


 俺は懸命にかぐやと彦星の会話を思い出す。



  「たしかに、私がいつ帰ろうと康平にとっては同じこと。

   そういった意味ではこのまま帰るほうがよいのかもしれぬ――」



 違うッ! これはかぐやの言葉だ。もっと前、もっと前だ……。


 胸を貫かれたような衝撃を受けた言葉。最初に思い出してしまうとは……自分で思っている以上に、俺はショックを受けているのだろう。



  「――ということです。ですから今回は大掛かりなことはしないそうなので、

   私がお連れすることになります。心の準備をなさっておいてください」



 そうだ。彦星がそう言ったあと、会話が進んでいって--



  「いっそのこと、今すぐ月世界へお戻りになりますか?

   今帰るも新月の晩に帰るも同じことでございましょう?」



 これだッ! 新月の晩……彦星は確かにそう言っていたはず!



「新月の晩か! ……新月の晩って--いつだ?」


 スマホを取り出した俺は検索をかける。


「新月って月のない夜のことなのか。それは……え?」


 スマホ画面に映されている日付。それは12月24日。


「24日って……今日じゃないかっ! 今晩……かぐやが……いなくなる?」


 俺は気落ちしそうになったが、頭にある名案が浮かぶ。


「着物……そうだ、かぐやが着ていた着物を先に手に入れておけば――」


 階段を下りて母親の部屋へ向かう。


 母親は着物に施されている刺繍が珍しいといって、研究するためにかぐやから着物を借りている。かぐやが月世界へと帰ろうとしているのなら、こっちの世界では存在しない素材でできている着物をそのままにしておくはずがない。

 たしか昔話でもあった気がする。地上に降りた天女に惚れたある男が、その天女の羽衣を隠して嫁にしたという物語だったような……。なんだか最低な男だな。

 人質を取るようで気は引けるが、それでも、かぐやと話をするためには仕方がない。




「――かぐやのやつ、帰ってきたんだ……」


 母親の部屋を開けた俺は呆然としてそれを見た。


 着物がかけられていたところにそれがない。

 母親はあくまで自分の興味のために借りていたので着物を外へ持ち出すようなことはしない。この世界の素材ではないから外へは持ち出すなと、俺にまで念を押したくらいだ。つまり、その着物がないということは、かぐや自身が持ち出したということに違いない。


「あいつ、ほんとうに黙って帰るつもりかよ……」


 別れの言葉も言いたくないほど、俺はかぐやを傷つけてしまったのだろうか?

 顔も見たくないほど、嫌われてしまったのだろうか?


「俺は、嫌だぞ……このままさよならなんて……俺は絶対に嫌だからなッ!」


 折れそうになった心を奮い立たせ、俺は家を飛び出した。


 どこを探せばいいのかなんてわからない。けれど、俺はこのまま諦められるほど物分りがいい人間じゃないッ!そんな軽い気持ちの好きじゃないッ!

 かぐやに嫌われてしまったのだとしても、せめて、せめてあの時傷つけたことを謝って、ちゃんと……ちゃんと俺の想いを……。




 出会った公園。商店街。図書館。冬休みが始まり誰もいなくなった学校……。かぐやが立ち寄ったことのある場所をすべて探す。しかし、そのどこにもかぐやの姿はない――。

 時間は刻一刻と進む。青空はあっという間にオレンジ色となり、流れてきた分厚い雲によって地上はすぐに暗くなった。

 この間、何度も京太郎や雫たちからの着信があったのだが、俺はそれを無視してかぐやを探し続ける――。


 どこもかしこもクリスマス一色になっている。輝くイルミネーション、家族連れやカップルの笑顔。そんな人たちの間を縫うようにして俺はかぐやを探した。



 ――何時間探しているのだろうか?

 家が立ち並んでいる道を走っていた時に、夕飯のいい匂いがしていたのもずいぶん前のような気がする。しだいに俺の息は切れ、足は痛みで棒のようになっていたのだが――今ではその痛みすら通り越し、足の感覚がない……。各家の石垣や電柱に手をつかなければ歩くこともままならなくなってきた――。


「かぐや……ごめんな。もう……限界だ……」


 足を引きずるようにして歩いている。一段と冷え込んだ寒さに加え、一歩踏み出すたびにフラつく俺にもう体力は残っていない。

 意識しているわけではなかったが、足は自然と自宅の方へと向かっていた。


 自宅が目に映る。このまま家に入り、とにかく暖かい飲み物と休息を――と、体がそんな要求をしているようだ。


 自宅の前まで来た俺は、そのまま玄関の方へ――行かず、自宅を通り過ぎた。

 体は休息をとりたがっているし、疲労から思考能力が低下している脳も休息を欲しがっている。

 しかし、俺の心がそれを拒否した。



 もう一度……。もう一度だけ、あの場所に行きたかった。


 かぐやと出会い、気持ちを確かめ合ったあの公園へ――。



 電柱の明かりが作り出す影。その自分の影を見ながら、俺は一歩一歩ゆっくりと追いかける。


 ふと、首の後ろに冷たい感触があった。

 下を向く俺の視界に、白い綿のようなものが入ってくる。

 ひらひらと落ちた白い綿は、アスファルトと接触した瞬間に溶けてなくなってしまう。


「……雪?」


 手のひらを上に向けると、そこに落ちた雪が小さな水滴となった。


「珍しいな。ホワイトクリスマスか……」


 暗い空を見上げると、分厚い雲から雪が舞い降りている。

 クリスマスに雪が降るなんて何年振りだろうか。前にそれがあった時、俺は小さな子供だったような気がする。


 空を見上げながら目をつむり、俺は顔に舞い落ちる雪の感触を感じる。

 不思議と冷たくはない。指の先でそっと触れられたような……そんな優しい感触の雪だ。


「クリスマスイブか……。なにか願い事を叶えてくれたらいいのに……」


 その願い事は決まっている。そして、その願い事は叶わないことも、薄々わかっている。

 もしその願い事が叶うようならば、それはきっと――


「奇跡……かもな」


 自虐的な笑みがこぼれた。

 こんなことになってしまったのは自分のせいなのだ。全て、俺の言葉と行動が招いてしまった結果なのだ。


 目じりから温かいものが流れ落ちた。

 俺は服の袖でそれを拭い、公園のなかへ入っていく。


 公園に電灯はあるが、どうせ今の俺は視界が滲んで何も見えやしない。


 とりあえず、ベンチに座ろう。ベンチに座って、それから……それから――。


 何をするのかもわからないまま、俺はベンチの方へと顔を上げた。


 誰もいない公園にただ一人。俺だけがいる――――と思っていた。


「あ……あぁ……」


 俺の視界には人影が映っている。

 それはベンチに座った、茶色のマフラーを愛用とした髪の長い着物姿の女の子。


 視界は滲んでいるが、俺が彼女を見間違うはずはない。だから俺は――


「か、かぐやっ!」


 力の限り、そう叫んだ。



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


 次回、最終話です。

 本日中に投稿するので、あと少し、お付き合いくださいm(__)m

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