第二十八話 『時が来た 別れの朝に 揺れる胸――』
すみません。今回は短めですm(__)m
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琴原家の台所。そこに姫様と雫さんがいらっしゃいます。
「ごめんね康平。かぐやさん、今日も無理みたい……。――――それは大丈夫だと思うよ。かぐやさんには考えがあって、帰るタイミングを計っているだけだろうし……え? どこに帰るって……康平の家でしょ? ――――うん、わかった。そう伝えるね。それじゃ、明日学校で」
エプロン姿の雫さんが電話を切り、スマホをテーブルに置きました。
「こ、康平はなんと言っておったのだ?」
「気になるぅ?」
同じくエプロン姿の姫様に、雫さんはイタズラな笑みを返します。
「べ、別に気になどしておらん」
姫様は再び、割った卵をかき混ぜる作業に戻ります。
手を止めて雫さんの会話に聞き耳を立てていたのはバレバレなのですが、やはり素直にはなれないようです。
「ふ~ん、気にならないんだぁ~。だったら康平からの伝言も言う必要はないのか
な?」
「そ、それは聞かせてもらおう。言伝があるならそれを聞くのは礼儀だからな」
「かぐやさん素直じゃないな~。なんだかカワイイよ~」
「し、雫っ!」
雫さんにからかわれ、姫様は耳まで赤くなりました。
「あはは、ごめんね。うらやましかったから、ちょっとイジワルしちゃった」
ペロッと舌を出す雫さん。
「うらやましい?」
手を止めた姫様に雫さんは頷きます。
「こんなふうに康平とケンカが出来て、何度も連絡してくるくらい心配してもらえて……うらやましいな~って」
「何を言う。雫と康平は幼なじみなのであろう。それならば一度や二度のケンカではすんでおらぬのではないか?」
それを聞いた雫さんは、少し寂しそうに笑いました。
「ま~ね。たしかにケンカをした事がないわけじゃないけど、それはその場限りの小さな口喧嘩で、何日も続くケンカってしたことないんだ。私はすぐに謝っちゃうし、康平だって謝ってくるのは早い方だから。かぐやさんと康平みたいなケンカとなると、みのりとしたくらいかな……。だからね、少しだけかぐやさんに嫉妬しちゃってるかも――」
「雫……」
「――な~んてね! 康平からの伝言なんだけど、“かぐやに言わなきゃいけないことがある。俺は待ってるから、落ち着いたら戻ってきてほしい”だって。大丈夫だよ。今作ってるケーキをお土産にして帰れば、きっとすぐに康平と仲直りできるから」
康平さんの声色を真似た雫さん。振り返ると冷蔵庫を開けて牛乳を取り出しました。
「え~と……あれれ、牛乳の分量ってどのくらいだっけ? ん~、やっぱりまだ覚えきれてないな~。部屋に本を取りに行ってくるから、かぐやさんは待ってて」
慌ただしく台所を出て行く雫さん。その背中に姫様は目礼します。
「すまぬ雫。これは私の最後のわがままじゃ……あと一日。あと一日だけ、私に時間をくれ……」
今は姫様が雫さんの家に来て三日目の晩。そして、新月の晩とは明日の夜。
姫様が月世界へとお戻りになるまであと一日……。雫さんに教わりながら作っているこのケーキが、姫様から康平さんへの最後の贈り物となるでしょう――。
◇
寒さが身に凍みる早朝。身支度を終えた姫様は琴原家の玄関を開け、冷たい外へと歩み出ました。
その手には包装された箱が一つ。トナカイがサンタクロースの衣装を着ているプリントがたくさん施されている箱。両手の平に乗るくらい小さなその箱を、姫様は揺らさぬよう大切に持っておいでです。
「彦星。そこにおるな――」
<はい。ここにおります>
呼ばれた私は声だけを姫様へお伝えしました。
「今晩は新月じゃ。それまでに為すべきことを成すがよい」
<いまからですか? みなさんにお別れを言わなくてもよろしいので?>
「どうせ皆の記憶から私を消すのであろう。それならば別れを言うことに意味はあるまい」
<そう――ですか……>
私には皆さんへの――特に康平さんへのお別れの言葉から逃げているようにしか見えないのですが……。
「私はやるべきことがある。機を見て只野家へ戻るゆえ、それまでに私の元へ戻ってまいれ」
<……はい。仰せのままに――>
歩み出した姫様を見送り、私は小さく息を吐きます。
<姫様がそのおつもりなら、私は可能性を残してみましょうか――>
そうつぶやいた私は振り返り、琴原家を見上げます。
<まずは雫さんとそのご家族からですね――>
姫様を見たことがあるというくらいの方ならば、姫様が地上世界から消えた瞬間に姫様の記憶は失われます。しかし、直接関わりを持った方々というのはそういうわけにはいきません。
一人一人、私が完全に記憶を消して回る必要があります。その人数は決して多くはないとはいえ、少ないわけでもありません。
今日の私は、大変忙しく動き回ることになりそうです――。
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読んでくださり、ありがとうございました。




