第二十五話 『初デート――――そんなやつだと思わなかったッ!』
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お昼前の人が賑わう商店街。その中央にある噴水広場に鐘の音が鳴り響く――。
「あた~~~りぃ~~~~っ!」
運動会でよく見るテントの下。唯和叔父さんが長机に置いてある小さな釣鐘を打っている。
父親の弟である唯和叔父さんは、この広場が見える場所でスポーツ用品店を経営しているのだが、ここ三日間は商店街の役員として抽選会を仕切っているらしい。
「おお! 見ろ康平、また白玉で当たったぞ! 大量じゃの~!」
かぐやはホクホク顔でその当たりを喜んでいる。
「またか……」
俺はというと、また当たってしまったその景品にうんざりしていた。
後ろへ向いた唯和叔父さんはそれを手に取って振り向く。
「はいよ。参加賞のティッシュだよ!」
「うむ、確かに受け取った」
かぐやは口にかかる茶色のマフラーを下げ、ホクホク顔で26個目のティッシュの箱を受け取る。
かぐやが首に巻いているマフラーは俺が愛用していたものなのだが、旅行の時に貸して以来かぐやの愛用品となっている。おそらく、二度と俺へと戻ってくることはないだろう。
「康平、また増えたぞ。これを見たら葉子は喜ぶじゃろうな」
嬉しそうなかぐやはそれを俺が両手で抱えるティッシュへと積み重ねる。
「そりゃ喜ぶだろ……しばらくティッシュを買わなくてもいいからな」
かぐやの顔が見えない俺はティッシュの箱に向かって答えるしかなかった。
ボックスティッシュというのは重くはないのだが、さすがに26個は多すぎる。
まとまっているならまだしも、バラのそれを一個ずつ頭よりも上まで積み上げられているのでバランスを保つのも一苦労だ。
安売りしているボックスティッシュをまとめ買いしたことがある人ならわかるだろう。大抵は5個か6個のティッシュが袋にまとめられて売られている。それを4つ持つのも大変なのに、その全てをバラで抱えていると言えばわかってもらえるだろうか。
「叔父さ~ん。大きな袋ってないかな?」
さすがに辛くなってきたので、俺は叔父さんに助けを求める。
「次で最後だからもうちょっと待て。かぐやちゃんが三等を当てられるかどうかがかかっているんだ。康平も見守ってやれ」
「見守りたいけど前が見えないんだよ……」
俺は箱のバランスをとるので精一杯。視界に映るのはティッシュの箱だ。
いっそのこと地面に下ろしてしまいたいのだが……。なんというか、持ち始めてしまったからには最後まで耐えてみせるという意地が俺を支配している。
こういうどうでもいい意地を張るのが俺の子供っぽいところなのだろう。
ガラガラと音が鳴った。かぐやが抽選を始めたらしい。
「頼むぞかぐや。景品はティッシュ以外ならなんでもいい……。でも、出来れば三等を当ててくれ」
俺は心からそう願う。
抽選最終日に残っている大当たりは三等の電気暖房機だ。勉強机の下くらいしか置き場所が思いつかない小さなものではあるが、たまっている冬休みの宿題と戦う時には大きな戦力となってくれるだろう。
ちなみに、一等と二等は温泉旅行と最新式ではない掃除機だったらしい。それらは昨日で当てられてしまったので、残っている目玉景品が三等だというわけだ。
どうやらここは、最終日まで一等の当たり玉を隠しておくというインチキをしないまっとうな商店街らしい。大型のショッピングセンターにも屈しない客足を維持できているのは、こういった素直で堅実な商売をしているというのも大きな要因となっているのだろう。
「お! で、出たっ!」
唯和叔父さんの声に俺は期待をふくらませた。
「うそ!? 本当に! 三等が当たったの!?」
俺は当たり玉を確認したいのだが、あいにく箱が壁となっていて前が見えない。
最後の抽選で大当たりを出すなんて出来過ぎかもしれないが、27回もまわしたのだからそろそろ当たってもおかしくはない。
「やったぞ康平!」
かぐやの明るい声に俺は確信した。これで今晩から二枚重ねて靴下を履かなくても足下の暖は保証されたような――
「またティッシュが当たったぞ! 全て同じものが当たるとは、私の運はすごいであろう!」
「え゛。 それは確かに……凄いことかもしれない」
思考が途切れ、意気消沈した俺はティッシュを落としてしまう。
27回もまわしてまともな景品が何一つ当たらないなんて、この引きの弱さは才能と言ってもいいかもしれない。
「あた~~~りぃ~~~~っ!」
もう聞きたくない鐘の音が鳴り響く。
ただの参加賞であるティッシュに鐘を鳴らすのはどうかとも思うのだが、ハズレがないことを知らないかぐやはティッシュをもらうたびに喜んだ。その様子に機嫌を良くした唯和叔父さんは15回目あたりから鐘を鳴らし続けている。
いつの間のかギャラリーに囲まれていた俺たちは、多くの人から拍手やおめでとうという言葉を送られていた。
その喝采へ、俺はなんとも言えない笑顔で会釈を返す。引けども引けどもティッシュのみ。その運のなさはさぞ面白かったことだろう。
「ありがとう! 皆の気持ちに感謝する!」
周りの人たちへ手を上げて応えるかぐや。
この気持ちの裏読みをしない素直さが、俺にはまぶしく感じられた――。
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「抽選をするのは帰る前にしておけばよかった……」
唯和叔父さんから大きなビニール袋を二枚もらい、ティッシュの箱を詰め込んだ俺はそうぼやく。
「康平。あの者たちは何をしておるのだ?」
顔を上げてかぐやの視線を追ってみれば、そこにいたのは若い男女だった。
「何をって……普通に歩いてるだけだろ?」
恋人同士なのだろう。歩きながらお互いに顔を見合わせて楽しそうだ。
「そうではなく、腕を組んで歩いておるではないか。あれでは歩きづらいのではないか?」
「ああ。そういうことな――」
俺が恋人同士だと思ったのは、あのふたりが腕を組んで歩いていたからだ。
「デートしているんだろ。恋人同士なら別におかしなことじゃないよ。寒いし、ああやって好きな人とくっついていれば温かいしな」
「そういうものなのか――」
かぐやの声を聞きながら二つの袋を持ち上げる。
やっぱり、重くはないが両手が塞がってしまうので大きな荷物だ。かぐやはよく理解していないようだが、俺にとっては初デートである。
「これじゃあただの買い出しだな……」
自分の姿に苦笑いしか出てこない。
「ならば、私も康平と腕を組んで歩いてみることにしよう」
唐突な言葉に、俺の思考が数秒停止した。
「なんだって?」
聞き間違いではないことを確かめる俺。
「私と康平もデートをしておるのだ。ならば、腕を組んで歩くのが道理である。それに――」
かぐやは顔を少し赤くした。
「わ、私も康平とくっついて歩いてみたい……」
ドッキ~~~ンっ!
と、俺の胸に大きな鼓動が突き上げる。
顔を真っ赤にして恥らいながらの上目遣い。
全ての男たちの願望であり憧れと言っても過言ではないそれを直視してしまった俺は、笑いを堪えたような「おふっ」という意味不明な声を出して上を向く。
これは反射的なもので意識してやったわけではない。ましてや鼻血が出そうになったわけでもない。ほとんどの男は嬉しい時にこういった反応をしてしまうものなのだ。
「……だめか?」
かぐやは指で俺の上着の袖を引く。
拗ねるような甘えるような……そんな声に俺の顔は崩壊寸前である。
グッと口を締めていなければ、きっとデレデレした俺の顔は温めたチーズのようにとろけて元に戻らないかもしれない。
「こんな人前でか? だ、だめじゃないけどさ~、俺、両手が塞がってるし……」
心ではニヤけていてもこう言ってしまうのは男の性。
そりゃあ少しは人前で腕を組むということに抵抗はある。しかしそんなことは問題ではない! 何か言い訳をすることでもう一度言ってもらいたいのだ。
もう一度腕を組みたいと言ってくれれば、俺は「しょ~がないな~」と照れながらも喜んで腕を差し出すだろう。27個のティッシュくらい片手で持ってやるっ!
そう、もう一度言ってくれさえすれば――
「康平くん」
俺を呼ぶ声がした。
キターーーーッ! とばかりに俺は二つの大きなビニール袋を左手にまとめる。
「しゅ、しゅうがね~な~。そこまで言うのなら……」
少々言葉を噛んでしまったが自然に振舞っているはずだ。
「なにが"しゅうがない"の?」
「ん?」
右腕を差し出そうとしたところで、俺はその声が後ろから聞こえてきたことに気付く。
「ど~も~。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「みのり? 雫もか。お前らこんなところで何やってるんだ?」
振り返るとみのりと雫がいる。
「なにしてるって言われても。たぶん康平くんたちと同じことだよ」
「俺たちと同じぃ~?」
ということは、このふたりもデートをしているのだろうか?
雫が手に持つ紙袋を持ち上げる。
「うん、私たちも買い出しなんだ。ちょっとぎりぎりだけど、康平とかぐやさんもお昼の買い出しなんでしょ?」
「なんだ。ふたりは買い出しだったのか」
今の時刻は十一時半。27回という抽選は思ったよりも時間を食ってしまったようだ。たしかに、少し遅めの買い出しと思われても不思議ではない。
「康平たちはちがうの?」
俺の大荷物を見てキョトンとする雫。その隣にいるみのりがイタズラな笑みをうかべた。
「もしかして~。ふたりはデートしているんだったりして」
その言葉に俺はドキッとした。
もちろん俺たちはデートをしているのだが、あらためて他の人から言われることでやはりこれはデートなのだという実感が湧いてくる。
「はは……ま、まあな」
少し曖昧な返事ではあるが伝わっているだろう。
俺もかぐやもデートをしているのだが、それを言葉にすることに照れが入ってしまい、こういった返事が精いっぱいなのだ。
「――ん? ふたりとも固まって……どうしたんだ?」
何かおかしなことを言ったのだろうか? 雫とみのりがポカーンとした顔で俺を見てくる。
「康平。葉子から頼まれていた福引きは終わったわけだが、次はどうするのだ? 私は腹が減ったぞ。小遣いを貰っておるのだから飯を食いに行きたいのだが」
そう言われて振り向けば、かぐやは俺の傍ではなく三歩離れたところに立っていた。ついさっきまで俺の袖を掴んでいたはずなのだが……まるで瞬間移動したかのような素早さだ。
「な、な~んだ――」
みのりの声に俺はもう一度向き直る。
「ふたりはおつかいに来てただけなんだね。デートだなんて、康平くんからそんな冗談が出るとは思わなかったからビックリしたよ~。ね、雫」
「う、うん」
みのりと雫の笑顔がぎこちない。
俺とかぐやがデートするのはそんなにおかしいことなのか?
「そりゃそうだよね。かぐやさんみたいな美人に康平くんが相手じゃ――」
なんだ? その美女と野獣とでも言いたげな顔は――
「――ちょっと貧相だよね」
「誰が貧相かっ!」
みのりからの思わぬ言葉に、俺は間髪入れずつっこんだ。
たしかに、俺みたいな平凡な男がかぐやを連れて歩いていてもデートには見えないかもしれない。けれども――え~と……――う~ん……――どうしよう、返す言葉がないぞ。
「みのりっ、それは言い過ぎだよ。康平は――」
「康平は貧相などではない」
雫がなにかフォローを入れてくれようとしたが、それよりもかぐやの言葉のほうが早かった。
「康平は良い男じゃ。誠実で優しくて、頼りがいのある男であるぞ」
「かぐや?」
その思わぬ言葉に俺は目を丸くした。
かぐやの目――。もしかして、怒っているのか?
みのりが本心で言っているわけではないのはわかっているし、こんなのいつもの冗談でしかないのだが――。
「あ~……ごめん。少し言い過ぎちゃったかも」
かぐやの気迫を感じ取ったのだろう。みのりは素直に頭を下げた。
こういう展開になると困るのは俺のほうである。
「いや、俺はなんとも思ってないから。それにさ――」
「――じゃが、みのりにも一理ある」
緊張しかけた空気をなんとかほぐそうとしたところで再びかぐやが口を開いた。
「康平は食い意地が汚いしすぐに大きな声を出す。基本的には良い男ではあるが心が貧相じゃな。康平、お前はの、心が貧相なのじゃ」
「大事なことみたいに二回も言うなっ! 内面までけなされたら俺はいいとこなしじゃないか!」
「ほれみろ、すぐに大きな声を出す」
「おまえというやつは~~~……」
シラ~とした顔で耳を塞ぐかぐや。
マフラーでその首をしめてやりたい気分だ。
今のやり取りがよかったのか、一時は緊張しかけた空気が一気に和む。
その代償として、俺は三人からイジられることになってしまったがそれは良しとしておかなければならないだろう。
この後、俺とかぐやは昼飯を食べに近くのファミレスに入った。せっかく会ったのだからと、かぐやは雫とみのりも誘ったのだが、ふたりはまだ買い出しの途中だからと言って去っていった。まあどちらかといえば、俺はかぐやとふたりのほうがいいので笑顔で手を振ったわけだ。それにしても――
かぐやにだってみのりが本心で言ったわけではないのはわかっていたはずだ。それでもつい怒ってしまったのは……本当に俺を好きでいてくれている証拠なのだろう。俺だって、かぐやが何かを言われたりしたら――それが冗談であったとしてもいい気分はしない。
◇
「あれ? かぐやのやつ、どこに行ったんだ?」
支払いを済ませた俺がファミレスから出ると、先に出ているはずのかぐやの姿がない。
辺りを見回すが、やはりかぐやはいない。人通りはそこそこあるし、冬休みということもあって似た背格好の女の子の姿もあるが、俺がかぐやを見分けられないわけがない。
「あいつ――今度は何に興味を持ったんだぁ?」
好奇心旺盛なかぐやは、興味をひくものがあればそちらへと引き寄せられてしまう。きっと何かおもしろそうな物を見つけてしまい、そちらへと行ってしまったのだろう。
まだ出会ってから日は浅いものの、同じ屋根の下で暮らしてきたのでかぐやの習性だって理解しているつもりだ。
何に興味を持ったのかは知らないが、すぐに戻ってくることはないだろう。どうやら俺が探しに行くしかなさそうだ。
「恋においては最初に惚れたほうが弱いって聞いたことがあるけど――あれって本当かもな」
どこかで聞いたことのある言葉を思い出して口が弛む。
「まったく、どこへ行ったのやら……」
二つの大きなビニール袋を握り直した俺は、かぐやを探しに足を踏み出した。
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――――大通りにはいない。ということは、どこかの小道に入ったのだろう。
「やっぱり寒いな。手がかじかんできた……」
ある小道に入った俺は自動販売機を目指す。手が冷たくて仕方がない。そこで温かい飲み物を買ってカイロの代わりにするつもりだ。
ビルに挟まれた路地の角に自動販売機が二つ並んでいる。
俺が買うのは温かいレモンティー。俺にとっては――いや、きっとかぐやにとっても想い入れのある飲み物だろう。
「かぐやのぶんも買っておくか。またぬるいレモンティーを飲ませてやる」
微妙な温度のレモンティーを飲んでしかめっ面をするかぐやを想像すると笑みがこぼれてくる。
黙っていなくなったのだから罰としてはちょうどいいだろう。
ポケットから財布を取り出そうとした時、角の向こうから声が聞こえてきた。
「なんだ。そんなところにいたのか」
それは間違いなくかぐやの声。偶然にも、俺はかぐやのいる小道に入ってきたらしい。
「え?」
飲み物は後回しにして声のする方へ向かった俺は、かぐやが俺の知らない男性と話をしているのを見てとっさに隠れてしまう。
それはかぐやがとても悲しそうな顔で話をしていたことも理由の一つなのかもしれない。
「ナンパって感じじゃないな……」
自動販売機の陰からそっと様子を窺う。
俺はかぐやといつも一緒にいて笑ったりケンカをしたりしているから気にしなくなっていたが、かぐやは誰が見ても美人である。出会った時のように変な男に絡まれているようなら手を引いて逃げようと思っていたのだが、どうやらそんな様子ではない。
その男は中性的な顔立ちをした美男子。長い髪をオールバックにして紐で束ねている。下はジーンズをはいているが、真冬だというのに上着は白いシャツ一枚しか着ておらず、しかもその胸元はあいている。身長は俺よりも頭ひとつ大きく、京太郎と並べば同じくらいかもしれない。
ふたりは知り合いなのだろうか? ヘンなヤツには違いないが、かぐやに警戒する様子はなく、むしろ彼の話を真剣な眼差しで聞いている。
「――ということです。ですから今回は大掛かりなことはしないそうなので、私がお連れすることになります。心の準備をなさっておいてください」
「じゃ、じゃが急すぎるぞ。それはあまりにも勝手な話ではないか」
「それについては私が決めたことではありませんので、お答えのしようがありません。姫様が直接お尋ねになられればよろしいかと存じます――」
「う゛……し、しかし……」
姫様? ということは、あの男はかぐやが月世界から来たことを知っている?
「――もしや、お戻りなるのを拒否なさるおつもりですか?」
「そ、そんなことはない。私とて、いつかは戻らねばならない日が来ることはわかっておった。しかし、話があまりにも……」
業務的な口調の問いかけに、かぐやは苦悶の表情を見せる。
「戻らねば――ならない――ですか……。心中をお察しするに、気がかりなのは康平さんのことでごさいますね」
俺? なんで俺のことを知っているんだ? あの男には会ったことがないはずなのに……。
「いっそのこと、今すぐ月世界へお戻りになりますか? 今帰るも新月の晩に帰るも同じことでございましょう?」
か、帰る!? あいつは、かぐやを月世界へと連れ戻しに来たっていうのか!?
「そ、それは――」
かぐやが小さな拳を固める。
待て待て待て待て! まさか、帰るなんて言わないよな? 俺を残して、黙って帰るなんて、そんなこと言わないよな。――かぐや!
「たしかに、私がいつ帰ろうと康平にとっては同じこと。そういった意味ではこのまま帰るほうがよいのかもしれぬ――」
俺の手から力が抜けた――
「だ、誰――康平? まさか、今の話を聞いておったのか!?」
落としたビニール袋の音に反応したかぐやが俺を見つけた。
「こ、これはこれは康平さん、はじめまして。わたくし、彦星と申します――」
彦星と名乗ったオールバックの男がぎこちない笑みを浮かべて丁寧なお辞儀をするが、俺にはそれに応える余裕がない。
「こうやってお会いするのは初めてなんですけどね。実はですね、姫様がこちらへ来て以来、ずっとあなた方を――って、あれ?」
俺は軽い口調になった彦星を無視してかぐやの前に立つ。
「かぐや……どういうことだよ? 帰るって、今帰ってもいいってなんだよ……」
嘘であってほしかった。俺はかぐやが好きで、かぐやも俺のことを好きでいてくれて、ふたりの想いは同じだと、そう思っていた。でも、俺だけがそう思っていただけなのか?
「こ、康平。今のは、つまり――その――」
「言いたいことがあるならはっきり言えよ。かぐやにとって俺は――別れの言葉も言う価値がない男なんだろ。おまえが黙っていなくなっても、全然平気な顔をしていられる男だと――そう思ってるんだろ!」
「康平、それは違うぞ!」
「何が違うんだよッ! いつかぐやがいなくなったって、俺にとっては同じ事だって言ったじゃないかッ!」
感情の爆発――。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……。胸が、心が――――苦しい……。
「俺のことを好きだといってくれたのも嘘だったんだろ。俺をからかって遊んでただけなんじゃないのか!」
違うッ! こんなこと本心じゃない! 誰か、誰か俺を止めてくれぇぇぇッ!
「なにを言う!? 私は康平に嘘などつかん!」
「だったら、なんでこのまま帰るなんて言えるんだよ! おまえが――」
もういい。俺よ、ここでいちど落ち着こう。最悪な言葉を出す前に、ここで言葉を飲み込んでくれッ!
「おまえがそんなやつだと思わなかったッ! 俺にかまわずすきにしろよッ!」
冷静でいようとする俺は、暴走する俺を止めることが出来なかった――。
「ぁ――」
小さな声を出したかぐやは、この世の終わりにひとり残されてしまったような哀しい瞳を俺に向けた。
それを直視した俺は我に返る。しかし、心の暴走は止まってくれない。このままではさらに酷いことを言ってしまいそうで……。だから俺は――俺は――
「あああああああ……ッ!」
叫び声を上げ――――この場から逃げ出した――――。
□◆□◆
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は少しあとがきを書こうと思います。
本当ならば完結した時にまとめて書くような事なのですが、この回は作者にとって一番重要と言ってもよいお話になるので、こうして筆をとらせて頂きました。
私がこの物語を書く時、『恋愛』というジャンルでの連載に挑戦してみようと思った時、絶対に入れたい言葉がありました。
それが、サブタイトルや作中に出てくる――
「そんなやつだと思わなかったッ!」
――という言葉です。
いろいろな作品でよく見かける言葉ではありますが、実際に誰かに言われた時、または言ってしまった時、お互いに酷く心が傷ついてしまう言葉の一つだと思います。
では、どういった人に前文のような言葉を言ってしまうのか?
私の個人的な見解ですが、『大切に想っている人』だからこそ出てしまう言葉なのだと思っています。
恋人に限らず友人との関係にも当てはまりますが、特別に想う感情が薄い人に言うことはあまりない言葉なのではないでしょうか?
その人が好きだから、大切に想っているからこそ――――それが誤解であっても「裏切られた」感が強く出てしまい感情の高ぶりが抑えきれず、『つい』出てしまう――――そんな言葉だと思います。
仲の良い人に例え冗談で言ったのだとしても言われた方は傷つき、その表情を見たこちらも後悔から落ち込んでしまうのではないでしょうか。
もし、このあとがきを読んでいる方のなかに「大切に想っている人から言われてしまった・言ってしまった」場面を想像してしまった方がいたらごめんなさい。それはただの想像です。落ち込む気分になってしまっても気にすることはありません。ですが――
「落ち込んだわッ!」
とお怒りの方。大切に想っているその人を想いうかべて下の文を言ってみてください。
「私はあなたが大好きです!」
小さな声で構いません。周りに誰かがいて恥ずかしいという方は心で言うだけでも構いません。
私も言いますのでご一緒に。せ~のっ!
「私はあなたが大好きです!」
――――どうですか? なんだか口もとがニンマリしていませんか?(笑)
今の貴方の素敵な笑顔が、恋人や友人との関係を円滑にする重要な鍵なのだと思います。
口にしてしまった言葉をなかったことにはできません。つい感情が高ぶってしまうことはありますが、そんな時ほどいちど言葉を飲み込み、吐き出す言葉の意味を考える瞬間を持ちたいな~と思いながら書き上げたのが今回のお話でした。
長々としたあとがきですみませんm(__)m
作中のかぐやが、なぜ「私がいつ帰ろうと康平にとっては同じこと。そういった意味ではこのまま帰るほうがよいのかもしれぬ――」と言ったのかは次話以降で明らかになります。
あとはエンディングへ向けて駆け抜けるのみ。どうか、このまま最後までお付き合いくださいませm(__)m




