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第二話 『演技かな? 演技じゃないなら おバカかな?』

□◆□◆



 居間の隣。八畳間の台所で俺とかぐやは夕食を――違うな。21時に近いから、俺たちはテーブルで向かい合って晩飯を食べている。


「康平、おかわりじゃ」


 かぐやと名乗った女の子が、とびきりの笑顔で皿を差し出してきた。


「……まだ食えるのか?」


 二杯目のカレーライスを食べている俺は、スプーンを置いて皿を受け取り、息を吐きながら席を立つ。

 これで彼女のおかわりは四杯目だ。かぐやは俺より頭一つ分小さくて腕も細い。何枚もの着物を着ているから定かではないが、体もきゃしゃなのだろう。きっと彼女の胃袋は信じられないくらい伸びるに違いない。


「悪いがこれで最後だ。カレーが無くなったからな」


 そう言いながらかぐやの前にカレーライスを置き、向かいの席に戻った俺は途中になっているカレーライスを食べ始める。


「それは残念じゃのう……。しかし、まあ良いか。腹八分目と言うしのう」


 かぐやのその言葉に、俺は危うく鼻からカレーを出しかけた。


「お前、ほんとに人間か?」


 ちょっとだけからかったつもりだったのだが、お箸でカレーを食べるかぐやは、口をもぐもぐさせながら俺を見てくる。


「ほへふぁひはうほ……」


 ……なんだって?


「いいから、飲み込んでからしゃべってくれ」


 俺は、まだかぐやが手を付けていない水の入ったコップを差し出した。


 カレーライスを食べるかぐやのほっぺたは、ヒマワリの種を丸ごと入れてしまったハムスターのように膨らんでいる。何を言ったのかは知らないが、聞き取ることは不可能だ。


 かぐやは水でカレーライスを流し込んでから、再び口を開いた。


「それは違うぞと言ったのじゃ。康平たちから見れば私は人間ではない。お前たちの認識でいうならば……う~ん、そうじゃのう……」


 腕を組んで考えるが、すぐに良い言葉が浮かんだらしく、かぐやはぽんっと手を叩いた。


「天女! そう、天女という言葉がふさわしかろう」


「天女ぉぉぉ?」


 俺のイメージにある天女とは、半透明の羽衣をまとって空を飛べる絶世の美女である。このかぐやも綺麗な娘だとは思うが、着物でのコスプレ姿はイメージからほど遠い。


「へ~。天上界にいるはずの『天女』さんが、なんで地上世界の俺の家でカレーを食ってるんだ?」


「女王に――元『かぐや』に月世界を追放されてしまったのじゃ……」


 よほど悔しいことなのか、彼女は箸をグッと握りしめた。


「かぐやは自分の名前だろ?」


 あきれた俺はため息を吐いた。嘘をつくのなら自分で決めた設定くらいは覚えていてほしいものだ。怒った顔をしていても、俺は騙されたりしない。


「細かいことを気にするな。私にも事情があるのじゃ」


 ボロが出たのだろう。かぐやは苦笑いで誤魔化している。

 もう少し話に付き合ってからいろいろとツッコミを入れてやろう。今夜は泊めてやるが、家出少女を長々と住まわせるわけにはいかないからな。


「それで、なんで月世界を追放されたんだ?」


「大それたことはしておらん。はたり小屋に天馬の糞を投げ込んでやっただけじゃ」


 俺が持つスプーンの動きが止まる。


「……それは、じゅうぶん大それたことだと思うぞ」


「なぜじゃ! たかが糞を撒き散らしただけではないか! あの程度の糞まみれで私を追放するとは……。ほんとに腹の立つクソババアじゃ!」


「聞いた俺が悪かったから、とにかく落ち着いてくれ」


 俺がかぐやをなだめた時、母親が二階から下りてきた。


「かぐやちゃ~ん。お部屋の準備ができたわよ」


 何が嬉しいのか、台所へ来た母親はニコニコ顔だ。


「かぐや……ちゃん?」


 俺の眉間にしわが寄る。

 母よ。相手は小娘だが、初対面なのにフレンドリーすぎないか?


 すでにカレーを食べ終えているかぐやが椅子から立ち上がる。


「そうか。手間をかけさせたな、礼を言うぞ」


 かぐやよ。一晩とはいえ、〝お世話になる〟立場にしては偉すぎやしないか?


 俺はそう思ったのだが、ふたりが気にしている様子はない。


「――それでね、かぐやちゃんに試着してほしいモノがあるのよ。新作なんだけどね、可愛いからきっと気に入るわよ!」


 階段を上っていく母の上機嫌な声。


「可哀相に。あいつ、着せ替え人形にされるぞ……」


 俺は少しだけかぐやに同情した。

 母親たちのデザイナー事務所は、手広く様々な着衣をデザインしている。今でこそもうないが、俺が小学生の頃には新作が出来るたびにおもちゃにされたものだ。身長がそこそこあったせいで、男物だけでなく女物まで着させられていたのは、俺にとって黒歴史以外のなにものでもない。


 食器の後片付けをした俺は二階へ上がる。ドアを開けて自室に入るなり、棚から一冊の本を取り出した。タイトルが『天体とか星座とか』という資料本だ。子供の頃から宇宙に興味がある俺にとっての愛読書である。

 ページをめくって『月の章』を開く。そこには隕石の衝突によってできたクレーターの写真や、重力が地球の6分の1ほどしかないことや大気もないというような説明文が記されている。当然ではあるが、月には住人がいるとは書かれていない。


「な~にが月世界のかぐやだ。『竹取物語』じゃねぇつうの」


 昔話を思い出した俺は、かぐやにこの本を見せてやることにする。

 中二病的な妄想も結構だが、かぐやは少し度が過ぎていると思う。十二単を着ていることではなく、今この家にいるという事実がだ。

 俺の母親はあんな感じだから、俺が一晩くらい帰ってこなくても大して気にはしないだろう。せいぜい「連絡くらい入れてよね」といわれる程度だ。でもかぐやは女の子だ。年齢も俺と変わらないであろうあのの両親は、きっと心配しているに違いない。

 きつい言い方になってしまうかもしれないが、かぐやの妄想を打破して、明日はちゃんと家に帰るよう説得しなければならない。


 ドアノブに手を伸ばしたのだが、俺よりも先にドアを開いた人物がいた。


「康平。ちと聞いてみるのじゃが、この『ぶらじあ』というのはどのようにして身に着けるものなのだ?」


 ドアを開けたのはかぐやだった。質問の内容にも驚いたが、本当に驚いたのはその姿だ。

 上半身は白い衣一枚。腰から下は袴をはいているが、前を手で押さえただけの白い衣は着崩れしており、素肌が膨らみの一部と共に見えてしまっている。


「ばばばばば馬鹿者かお前はっ! そんなカッコウで来るやつがあるか!」


 俺は慌てて背を向ける。

 こういった時に目を閉じてしまうのはなぜなのだろうか? 背を向けているのだから、目を開けていても見えるわけがないのに……。しかも、こういう時に限って見えてしまった膨らみの一部を、想像力というやつが全体像へと広げていくのだから困ったものである。


「なにを怒っておるのだ? それよりも、はやく質問に答えるがよい」


 かぐやは俺の動揺を気にもしていないようだ。なにやらヒュンヒュンと音がしているが、これはブラジャーを振り回している音なのだろう。


「そんなの母さんに聞けばいいだろっ」


 俺は背を向けたまま答えた。男の俺にそんなことを訊かないでほしい。


「葉子は『しゃわー』というのを浴びておるのだそうだ。よって、今いる従者は康平だけなのだ。そなたは私の世話をすると言ったではないか」


「誰が従者だ! って、いい加減に前を隠せよ!」


 思わず振り返った俺は、胸の谷間が目に入ってしまったことで再び背を向ける。

 目のやり場に困って話をするどころではない。と、そこへ――


「なんだか賑やかね。なんの話しをしているのかしら――」


 タオルで髪を拭く母親が顔を出した。そして、かぐやの恰好を見るやその表情が笑顔のまま凍りつく。

 まずいぞ、状況としてはかなり不利。この母親のことだ、よからぬ誤解をしているに違いないだろう。


「康平。思春期というのはね、子供から大人になる通過期のことで、ホルモンバランスが崩れてしまっているの。ヘンなところで怒りっぽくなったり、衝動を抑えるのが大変になる時期なんだけど……。さすがに、お母さんがいる時にかぐやさんにそんな恰好をさせるのはやり過ぎじゃないかしら」


 淡々と話す無感情な声に俺は青ざめる。こういう反応をした母親は、決まってその後に長くて厳しいお説教をしてくるのだ。


「いや、ちがうんだ母さん。これには理由があって……」


 下着のつけ方を訊かれただけなのだと説明しようとしたのだが、はたして信じてくれるのだろうか?

 そんな疑問を持った俺は口ごもってしまう。


「葉子、良いのだ。康平にはいろいろと教えてもらうつもりでおるのだ」


 胸が半分見えているかぐや。彼女としてはフォローを入れたつもりなのかもしれないが、圧倒的に説明が足りない。そして、そういうセリフは状況を考えて発言してもらいたい。さもないと――-


「いろいろと教えてもらうって……」


 母親が小刻みに震えだす。


 ほ~らね。ヘンな誤解が止まらなくなってしまう。


「かぐやさん、湯船を張ったからお風呂に入ってきてくださいな。私は康平と話をしなければいけませんので――」


 オホホホ……と不気味に笑う母親に、首を掴まれた俺は引きずられていく。

 この母親、学生時代にはレスリングの地区大会で優勝経験を持つ猛者である。そして、今でも運動不足解消のために月に数回はジムに通っている。細い腕に見えるが、これは筋肉の塊だ。残念ながら、俺程度では抵抗もできない。


 幼い子供が引きずるぬいぐるみのように階段を下りた俺は、母親の自室で『清く正しい男女交際』についてのお説教を受けることになってしまった。

 言い訳をしても逆効果になってしまうことを知っている俺は、お言葉を左から右へと流しながら黙ってうなだれていたのだが――思ったよりも早く解放されることになった。風呂場からかぐやの悲鳴が響いてきたのだ。


「ちょ、ちょっと見てくるわね」


 驚いた母親が様子を見に行ったが、すぐに不思議そうな顔をして戻ってくる。

 風呂場に入ったかぐやがノズルを上げたところ、急にシャワーの水が襲ってきて驚いたらしい。


「シャワーに襲われたなんて初めて聞いたぞ……」


「シャワーなんて知らないって感じだったけど……。康平、あの娘ってどういう娘なの?」


 その問いには答えられなかった。


「そんなの、俺が知りたいよ……」


 厄介な娘と関わってしまったと、肩が落ちた俺は深いため息をついた。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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