第十三話 『雪景色 ゲレンデよりも 暖房を……』
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俺たちを乗せた内装豪華な輸送ヘリは、ローターの音を響かせて山へと進んでいく。
外の景色は街からうっすらと雪化粧をした村へと変わり、入った山は木々も埋まる豪雪地帯だ。
山間を抜けた少し開けた盆地にオレンジ色の誘導灯が見える。
円の中にあるHの文字。その中央でライトを振る人影がある。あれが御堂家別荘用の専用ヘリポートなのだろう。
ゆっくりと高度を下げた輸送ヘリはそこへ着陸し、ローターの回転数を下げていく。
「ここから少し歩くことになる。途中で取りに来るのは面倒なのでな、忘れ物には気をつけろよ」
京太郎に言われ、手荷物を持った俺たちはもう一度身の回りを確認した。
乗り込むときは側面からだったが、降りるときは後ろかららしい。徐々に後部のハッチが下がっていく。
映画のワンシーンのようで、とてもかっこいい――と思ったのもつかの間――。
「うわ……寒ぅぅぅ~――」
俺たちは入り込んできた冷気に身を震わせた。
さすがは豪雪の山の中。その寒さはまだ積雪のない街とは比べ物にならない。
そんななか、一人だけ幸せそうな顔をしている男がいる――。
「おお、涼しいな。気持ちいい~」
……マルだ。
「マルくんは寒くないの?」
肘を抱えるみのりが信じられないという目をする。
「ぜ~んぜん。ヘリの中はちょっと暑かったから、今はちょうどいいよ」
体重100キロを超えるマルの体は分厚い肉の衣に覆われている。その抜群の保温性は、俺たちにはちょうど良い室温のなかで汗が流れるほどに優れていた。
俺たちで例えるならば、真夏の外から帰ってきて冷凍庫のトビラを開けて涼むような感覚なのかもしれない。
「みのり。寒いなら抱きしめてやろうか?」
マルが腕を広げた。
いつもみのりがやっている冗談をマネしているのだろうが、そのスケベ顔では冗談になっていない。
「結構ですぅ~。私は雫と温め合うもんね~」
みのりが隣にいた雫を抱きしめた。
「うぐ……。く、苦しいんですけど……」
両手に荷物を持っている雫は、大きな胸に顔を埋まらせたまま身動きができないでいる。
「うわ~。俺もまぜてほしいな~」
そう言ったマルに、みのりは「べ~」と舌を出した。
俺はそんなみんなに声をかける。
「京太郎が待っているんだからはやく降りようぜ。かぐや、荷物を忘れるなよ……って……大丈夫か?」
振り向けば、かぐやは寒さで震えていた。
「ゆ、雪山とはこんなに寒いものなのか……。こんなことなら、到着する前にスキーウェアというのを着ておくべきであった……」
奥歯を噛みしめ、悔しそうな顔で身を縮ませている。
かぐやは寒さに弱いらしい。
後部ハッチの向こう、ヘリポートから100mほど離れた所に二階建ての建物が見えている。
天気は良いが、外はさらに寒いだろう。
「別荘はもう見えているけど……今から着るか?」
俺はそう声をかけたが――
「いや、すぐに行けるのであれば大丈夫じゃ。皆も着てはおらぬしの――」
かぐやはバッグを持ち上げて背筋を伸ばす。
やせ我慢をしているのが見え見えだ。
「それなら、これを貸してやるよ」
俺は首からマフラーを外し、かぐやの首へと巻いてやる。
「おお。首が温かいだけでもずいぶん違うの――ん?」
何かに気付いたのか、マフラーを手にしたかぐやがアゴを引いて鼻を鳴らす。
「……康平の匂いがする」
「お前は犬か……」
俺はそうツッコミをいれてから上着のチャックを首まで引き上げた。
それは愛用しているマフラーで、三日前に洗濯したので汚くはないし臭くもない――はずだ。
「皆、荷物は持ったようだな。では行くとしよう」
京太郎に促され、俺たちはヘリから降りた――。
そこは一面の銀世界だった。
汚れのない真っ白な雪は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
山の澄んだ空気が心地いい。冷たくはあるが、吸い込んだ空気が身体の中を綺麗にしてくれるような気がする。
この湿気を含んだ寒さというのは、街で感じる刺すような寒さとは全然違う。
気持ち良いというか和むというか……何とも言えない特別な感じだ。
「うぅ~寒い……」
――身を縮ませるかぐやには関係のない光景なのかもしれない……。
ヘリポートから別荘までの道はきれいに除雪されていた。
京太郎が言っていた通り、前もって準備してくれた人がいるのだろう。
ヘリの中から見えた雪の多さに「もしかしたら雪中行軍かも……」と心配していたのだが、俺たちは京太郎を先頭に難なく歩くことができている。
別荘の正面がゲレンデになっているようだ。思っていたよりもかなり広い。
傍には小屋があり、そこからは二人乗りが出来るリフトまである。
山奥のプライベートスキー場だから小さいと聞いていたが、200人くらいなら余裕で楽しめるのではないだろうか?
あらためて京太郎の――御堂家のすごさというのを実感した。
「さあ着いたぞ。我が家の別荘へようこそ」
振り向いた京太郎が皆にウインクをする。
俺やマルがやれば「気持ち悪い」と言われそうなその仕草も、モデル顔負けの京太郎がするのなら『絵』になるのだから文句も出てこない。
「か、かっけぇぇぇ……」
この別荘を前に、マルがポカ~ンと口を開ける。
「ああ……すごいな……」
俺もつられて口が開く。
その別荘は二階建てで、大きな木を伐り出して建てられたロッジ風。
組まれた丸太の年輪がはっきりと見える。まるで西洋のおとぎ話に迷い込んだような独特な雰囲気だ。
「みてみて雫ぅ。煙突があるよ!」
みのりが屋根の上を指差した。
「ほんとだ。けっこう大きいから、サンタさんも余裕で入れそうだね!」
今が12月の半ばだからなのだろう。見上げる雫の発想もそれなりだ。
その屋根には煙突があり、そこから出ている空気が揺れていた。きっと室内には暖炉があるのだろう。
燃えカスや灰色の煙は出ていないので、工場で使用しているようなフィルターを通して排気しているのかもしれない。
「ほう。なかなか見かけぬ家屋であるな。して、そのなかは暖かいのか?」
かぐやも興味はあるようなのだが、赤い鼻をマフラーで隠す仕草から、一刻も早くなかへと入りたそうだ。
京太郎が「これは失礼いたしました」と言いながらドアを開けた。
「大丈夫です、暖かいですよ。まずは温かい飲み物でもいかがですか?」
高級ホテルのドアマンのような仕草も様になっている。
「おお。それはありがたい。康平、ついて参れ!」
花より団子――とでもいうのだろうか? かぐやの目が輝き、戦場で先陣を駆けるように別荘のなかへと入っていった。
「はは。急に元気になったな……」
俺のつぶやきに雫たちも笑顔を見せた。
「さあ、みんなも入ってくれ。十分に温まった後、存分に遊ぼうではないか!」
片腕を上げた京太郎につられ、俺たちも高々と腕を上げた。
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