第十二話 『旅行の日 かぐやと過ごした 一週間』
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かぐやが家に来てから一週間くらい経っただろうか。ほんと、こいつを見ていると飽きないというか忙しいというか……。
俺たちは雫や京太郎たちに誘われ、連日のように遊びに出かけた。
ボーリングやカラオケ。水族館へ行ったり……。まあ、結構楽しい毎日だった。
意外だったのは、かぐやがボーリングでとんでもないスコアを出したことだろうか。初めてにもかかわらず、京太郎がコツを教えただけで230というハイスコアを出したのだ。
面白いようにストライクやスペアを取っていくかぐや。これには平均180というスコアを持つ京太郎も目を丸くしていた。
月世界から来たかぐやは、地上世界で流行っている歌謡曲なんて知らない。だからカラオケに行くのはどうかとも思ったのだが……。
「へ~。かぐやさんは流行の曲を知らないんだね。
だったら、このみのりさんが教えてあげちゃいましょう!」
カラオケ好きのみのりが何曲か歌ったのだが、かぐやはそれを1回聴いただけで憶えてしまった。
しかも、その透明感のある歌声は皆を感動させ、雫に至っては涙を流して聴いているほどだった。
仲間内では一番の美声を誇っていたみのりも、「参りました。これからはお師匠様と呼ばせてください」と、涙を流しながらかぐやの手を握っていた。
どうやら、かぐやは料理以外ならば抜群の器用さを持っているらしい。
そして、意外ではなかった事が水族館で証明された――。
泳ぐ魚の群れを見て、
「ほう。これは美味そうな魚じゃな」
と食い意地をはり。
深海生物を見て、
「なんじゃこのヘンテコな生き物は!?」
と騒ぎながらひとりで自由に動き回る。
あげくの果てには、
「康平、まだ見ておるのか? 食えもせぬ魚を見て楽しいとは、
こちらの人間は変わっておるのう。私はもうよい。ここで待っ
ておるので、好きなだけ見物してくるがよい」
と俺に不満の視線を送り、休憩所のソファーに寝そべってパンフレットを読み出す始末――。
かぐやは団体行動が苦手というか……できないみたいだ。
月世界では従者が身の回りの世話をするくらいの家柄で育ったかぐやは、人と合わせることが苦手なわがまま娘になっているらしい。
だから俺との口喧嘩も絶えない。ついこの間だって――
「康平。冷蔵庫にあったフクマル屋の特大シュークリームを知らぬか?」
「え? あれなら、俺へのおやつかと思ったから食った。
――ていうか、いま食ってる」
「ばかものっ! それは葉子の『着せ替え人形』に耐えた私への褒美じゃ!」
「わ、悪かったよっ、知らなかったんだ!
新しいの買ってくるから無理やり奪おうとするな! はみ出したクリーム
が落ちるだろっ!」
というやり取りがあった後日――
「かぐや、買ってきた焼き鳥ってどこに置いたっけ? 冷蔵庫にないんだよ」
「ああ、あれなら私が食った。
小腹が空いておったのでな、ちょうどよかったぞ」
「ぜ、ぜんぶ食っちまったのか……?」
「うむ。なかなか美味かった」
「愚か者めっ! あれは昼飯のおかずだぞ!
自腹切って買ってきたのに、俺の分まで食うとは何事だ!」
「また買ってくればよいではないか。
その程度のことで騒ぐとは、器の小さいやつじゃのう」
「こ、こいつはぁぁぁ……」
「買いに行くなら、あのネギを間に刺してあるやつを十本ほど所望する」
「誰が行くかっ! 昼飯はごはんにふりかけで我慢しろっ!」
なんてこともしばしば……。
そんな喧嘩を母親は、
「いいじゃない。兄妹喧嘩見てるみたいで、母さんは楽しいわよ」
とニコニコしながら見ているだけだ。
なにかとクセの強いかぐやだが、良いところもある。
「康平。ちと訊きたいのだが――」
地上世界の勉強を続けているかぐやは、ちょくちょく俺の部屋へとやってくる。
質問の内容は、主に生活の仕方についてのことが多い。この国のことであったり海外のことであったり――。
わからないことは一緒に調べたりもするのだが、何かを尋ねてくる時のかぐやはとにかく素直に話を聞く。
ものすごい頑張り屋さんだ。
その真剣なまなざしで見つめられると、こちらも適当なことは言えないので必死に調べたりもする。おかげで、この数日で俺の知識もかなり増えたと思う。
かぐやのいろんな一面は、俺の心を大きく揺らしている。
「一目惚れしたのだろう? かぐや嬢に――」
否定し続けている京太郎の言葉だが……たぶん正解だ。
少なくとも、俺はかぐやに好意を持っている。しかし、これが『恋』なのかは別として、俺はそれを認めたくないし認めるわけにはいかないんだ。なぜなら――
「康平。どうやら迎えが来たようじゃ」
かぐやの声にハッとして、俺は顔を上げた。
見つめる視線を追うと、一台の黒い車が家の前で待つ俺たちへと向かってくる。
今日は旅行当日。あれは京太郎が寄こした迎えの車だ。
「京太郎のやつ、何を考えているんだ……?」
俺の声は震えている。でも、それは仕方がない。
ゆっくりと止まったその車は、海外のセレブたちが乗るようなリムジンだったのだ。
「只野康平様と月野かぐや様ですね。お待たせいたしました」
降りてきた運転手が一礼し、そのドアを開ける。
車内には、雫とみのり、そしてマルの三人が姿勢正しく硬直していた。
……うん。気持ちはよくわかる――。
◇
俺たちを乗せたリムジンは、御堂家が所有しているヘリポートまでやってきた。
「ぶはぁっ! 車に乗っていただけなのに、すんげえ疲れたぞ……」
降車したマルが大きく息を吐いた。
「あはは、ほんとだね。私、リムジンなんて初めてだったよ」
「京太郎くんも人が悪いよね。言ってくれてたら心の準備をしておけたのに」
雫とみのりもホッとした顔をしている。
高級車に圧倒された俺も同じだ。
京太郎が「迎えを寄こす」と言ってはいたが、まさかリムジンが来るなんて夢にも思わなかった。
リムジンなんて一般庶民には縁遠い車だ。広くて快適そうではあったが、慣れない緊張に精神的な疲労が半端ない。
「天馬に引かせたわけでもないのに、あれだけの速さで走るとはな。康平、車というのは大したものじゃな」
ピンピンしているのは、俺に耳打ちしてくるかぐやだけだろう。
「おはよう諸君――」
ヘリコプターから、京太郎がこちらへ向かってきた。
「ヘリの準備はできているぞ。さ、荷物を積んでくれ」
「おはよう京太郎。……なんだか、どっかで見たことがあるようなでっかいヘリだな」
前後に大きなローターが二つもあるヘリコプターに、俺はまたしても面食らう。
「人数と荷物を考えれば、小型のヘリでは間に合わないからな。あいにくだが、アレしか空きがなかったのだ。ちなみに、自衛隊と同じものだからな。たぶんテレビで見たことがあるのだろう」
なるほどね。災害救助訓練とかの映像で見たような気がする。
俺たちは輸送ヘリに荷物を積み込んで席に座る。
その改装された機内は、まるで写真で見た飛行機のファーストクラスのようだ。
「それでは、これより皆を我が御堂家の別荘へとご招待しよう!」
京太郎の声が合図だったかのように、輸送ヘリはローターを動かして浮かび上がる。
「お、おぉ!? 雑誌で見ただけだが、こちらの人間も本当に空を飛ぶ船をつくったのじゃな……」
隣の席のかぐやが窓を見ながら小声で感心する。
防音処理をしてあるのだろう。ローターの音はうるさいが、ヘッドホンを装着して話をしなければならないほではない。
『遊びに行く』だけなのにこの交通手段。それは俺たちの常識からはあまりにもかけ離れていた。
あまりのスケールにみんなは唖然としていたが、それにもすぐに慣れた俺たちは興奮し、機内は大いに盛り上がった――。
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