第十一話 『恋の花 つぼみは今日も 下を向く』
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家から十五分くらい歩いたところに、『満天通り』という商店街がある。
近場に大型のショッピングモールが進出してきたことで存続の危機だと言われていた商店街だが、フタを開けてみれば客足は減るどころか逆に増えていた。
ここの店主たちは人懐っこいので、顔なじみのお客だけではなく、外から来たお客にも気軽に話しかける。そして、双方に時間があれば長話しだってかまわないというスタイルだ。
そんな話を聞きつけたのか、ショッピングモールでは迷子になりそうなお年寄りを中心にこちらへと流れてきていた。
ショッピングモールの店員が長い雑談をしていれば、きっとお叱りを受けてしまうのだろうが、この商店街ではそれが普通の光景である。
昨今の人間関係の気薄さに寂しさを感じている人が多いということなのだろう。商品の値段ではショッピングモールには敵わないが、この商店街はいつも多くの人でにぎわっている。
俺とかぐやは、商店街の中心にある小さな休憩所、噴水広場が見えるスポーツ用品店に来ている。
時期が冬だけに、店内には様々なウィンタースポーツ用の商品が目立つところに陳列されていた。
「おい康平、可愛い娘じゃないか。彼女か? 彼女か!?」
やっぱりというか……。短髪で日焼け顔の唯和叔父さんにそう訊かれる。
店に入った時からかぐやが気になっていたようで、叔父さんの目はランランと少年のように輝いていた。
それを訊かれたのは、何着かのスキーウェアを選んだかぐやが試着室に入ってから。それまで待っていたのは、そうではなかった時のための叔父さんなりの気遣いなのだろう。
「違うよ。あいつは――え、と……我が家の居候さ」
「居候?」
残念ではあるが――いやいや。残念ではないが、かぐやは彼女ではないし、まだ出会ってから48時間も経っていない間柄なので『友達』という表現もどうかと思う……。
首を傾ける叔父さんには申し訳ないが、他に言いようがない。
「あれ? 康平だ」
後ろから話しかけられたのでふり返ってみれば、そこにいたのは雫。その隣にはみのりもいる。
「康平くんもボードのメンテナンスに……って、そんなわけないか」
「ああ、そんなわけないぞ。俺が旅行で楽しみにしているのは温泉だからな――」
舌を出すみのりに、俺も舌を出し返す。
叔父さんが「琴原さんの板ね。メンテは終わってるよ」と言いながら店の奥へと行った。
「ボードのメンテナンスって、ふたりともスノボの板なんて持ってたんだ」
そう訊いた俺に、みのりが手を横に振る。
「私は持ってないよ。板をメンテナンスに出しているのは雫なんだよ」
「雫の? たしか……雫ってスノーボードは初めてだって言ってなかったけ?」
旅行先にはそれぞれのこだわりがあった。俺はのんびりとできる広い温泉。みのりは地元の素材をふんだんに使用してある料理というように……。
雫のこだわりは人気のない広いゲレンデだった。なるべく人にぶつかる心配のない場所が良いらしい。
行き先が御堂家のプライベートスキー場になったことで、一番喜んでいるのは雫なのかもしれない。
「もちろん初めてだよ。板はね、従姉のお姉ちゃんが新しい板を買ったからって、古い板をくれたんだ。せっかくだから、それを使おうかな~って」
お古とはいえ、自分の板を手に入れた雫は本当に嬉しそうだ。
「康平くんは何を買いに来たの? もしかして……」
みのりが陳列されているスノーボードの板を指差したが、俺は手を横に振る。
「そうじゃなくて、俺たちは――」
雫とみのりに説明しようとしたところで試着室のカーテンが開き、スキーウェアに着替えたかぐやが出てきた。
「康平、これが一番動きやすいぞ。サイズもピッタリじゃ――お? 雫とみのりも来ておったのか」
かぐやがふたりに気付いた。
「うわ~、かぐやさん可愛い。すごく似合ってるよ!」
その姿を見た雫が、目を大きくして胸の前で手を叩く。
「うんうん。私も同感! それを着てゲレンデに行ったら、きっと雪の妖精に見えちゃうよ!」
「そ、そうかの――」
みのりにも褒められたかぐやは照れ笑いを浮かべた。
「康平はどう思う? 私の格好はおかしくないか?」
かぐやにそう訊かれたが、俺はすぐに返答をすることができなかった。
「――康平?」
眉をひそめたかぐやに、俺はハッと我に返る。
「あ――い、いいんじゃないか。俺も似合っていると思うぞ」
そう答えるのがやっとだった。
うかつにも、俺はかぐやに見惚れていたらしい。
かぐやが選んだのは、白色をベースにした胸のところに紫色のラインが縦に入っているだけのシンプルなデザインのスキーウェアだ。
ファッションについて何も知らない俺が言うのもおこがましいのだが、シンプルなデザインの着衣というのは、その人が持っている本来の魅力を引き出してくれるものだと思う。
「そうか。私も気に入ったし、皆もそう言ってくれるのならばよいのであろう。うん、これに決めたぞ」
満足気に微笑んだかぐやが試着室へと戻っていった。
あのウェアを着てゲレンデに立つ姿を、みのりは『雪の妖精』と表現したが、俺なら――そうだな……って、何を考えているんだ俺はっ! いかんいかん、かぐやのことは考えないようにしないと……。
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姿を隠して皆さんを見下ろしている私。
姫様の監視任務中の私の下で、康平さんは自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をしています。
ふ~む。康平さんは何をそんなに悩んでいらっしゃるのでしょうか?
見ているこちらとしては、とてもおもしろい――いえいえ、心配になってしまいます。
しかし、私とは別の心配をしている方もいらっしゃるようで……。
「し、雫。告白のタイミング、クリスマスなんて待ってられないよ――」
雫さんの手を引いて、康平さんから離れたみのりさんが耳打ちをしました。
「で、でも、かぐやさんはその気がないって……」
困惑する雫さん。その肩を、みのりさんはグッと引き寄せます。
「なにいってるの! 康平くんのあの目を見たでしょ! かぐやさんにその気がなくても、康平くんがその気になっちゃったらどうすのよ!」
「ま、まだ出会って二日くらなわけだし。い、いくらなんでも、好きになるのははやすぎるんじゃないかな……」
「あ~ん、もうっ! 康平くんと同じでのんびり屋さんなんだから! いい? 時間は『愛』を育んでくれるものであって『片想い』には関係ないの! 好きになるのに時間なんて関係ないんだから! 恋は『する』んじゃなくて『している』ものなの。気付いたときにはしているものを『恋』っていうのよ!」
「あ、あはは。たしかに、大ピンチかも……。みのり、目が怖いよ~」
小声でまくし立てるみのりさんに、雫さんはたじろいでいるようです。
「康平くんのことだから、かぐやさんをちゃんと意識するまでまだじかんがあるはずだわ。雫、旅行が終わるまでには告白するのよ!」
「こ、心の準備が……」
「準備なんていらないの! ドーンと、あたって砕けるくらいの気持ちでぶつかっちゃいなさい!」
「うぅ、砕けたくはないよ~……」
――う~む……。想ってくれる方がいるなんて、康平さんは幸せ者ですね。
言葉ではいろいろと言う方ですが、思ったよりも誠実な男性のようですし、その良さがわかる人にはわかるのでしょう。
「お~い。雫もみのりも、そんなところでなんの話をしてるんだ?」
康平さんがおふたりへ話しかけました。その手には、姫様から受け取ったスキーウェアを持っています。
目が合った雫さんは硬直し、慌てて近くの棚へと手を伸ばしました。
「え、と……。これだよ! このニット帽が可愛いねって話してたんだ」
ピンク色のニット帽を手に、雫さんは目でみのりさんへフォローを要求。
「そうそう。私たち、帽子も買いに来たから選んでたんだ~」
みのりさんは笑ってその場を繕います。
「そうだった。かぐやの帽子も買わなきゃな。かぐや、向こうに行って、雫たちと一緒に選ぼうぜ」
「うむ。寒くならぬよう、耳まで隠れるものを所望する」
「だったらニット帽だな。ウェアのラインに合わせて紫色に……いや、やっぱり白色かな?」
「私はよくわからんのでな。康平に任せる」
「それは構わないけど。俺はセンスないからな、あとで文句を言うなよ」
康平さんと姫様が並んで歩いてきます。
何気ない会話ですが、おふたりの新密度が上がっているような……。そんな姿を見て、雫さんとみのりさんが肩を落としました。
「しずく~。変なアシストしてどうすんの……」
「わ、わざとじゃないもん……」
――この後、皆さんでそれぞれの帽子を選び、雫さんは板を受け取ってお店を後にいたしました。
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