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プロローグ&第一話 『月夜の晩 落ちてきたのは かぐや様?』

□◆□◆

プロローグ

 私の名は『彦星』。私はあるお方に呼ばれて、久しぶりにここ月世界の都へと赴

きました。


 月世界の空に太陽はございません。しかしながら、昼間の空はいつも白くて明るいのです。そしてこの月世界でも、地上世界のように土の大地には草木が育ち、川には清らかな水が流れているのでございます。

 丈の低い草の隙間からは小動物たちが顔を出し、色とりどりの小鳥たちが美しい音色を奏でながら飛びまわる様子は、地上世界の方がご覧になれば楽園のように感じることでしょう。


 地上世界でいえば、平安時代にあったような寝殿造り。その大広間に通された私を待っていたのはとんでもない御方でした。すだれを豪華に飾ったに隔たれているのでお顔を拝見することは叶いませんが、まぎれもなくこの月世界の女王様でございます。

 凛としたお声が心地良く、病に伏せておられるとは思えないくらいのたたずまいでございました。


 私は緊張しながらも意気揚々としていたのですが、


 ――地上世界へ行って『彼女』を見守る――


そんなめいを受けてしまいました……。

 なぜ私なのでしょうか? 最近は真面目に働いているのに、仕事をサボったりしていないというのに……。

 宮中に呼ばれた時は嬉しかったのです。今までの働きが認められて、年に一度しか会えない愛しい姫君といつでも会えるようになるのかと思ったのですから。それがよりによって『おてんば娘』のお守りとは……。もう、ため息しか出ませんよ。


 しかし『断る』という選択肢は存在しませぬゆえ、私は一足先に地上世界へ向かうことにいたしましょう。――――やれやれ、トホホでございます……。



□◆□◆

第一話


 冬の寒い夜空に円を描く白い月。

 澄んだ空気のなか、月は今宵も柔らかな光を地上へと注いでおります。夜空に浮かんでいるようにも、夜空に丸い穴が開いているようにも見えるこの月を、人はいつからか満月と呼ぶようになっておりました。


 ――月ではウサギが餅をついている。

 ――月には女神が住んでいらっしゃる。


 古来より、人は夜空の月を見上げては空想に浸り、様々な思いを馳せていたようでございます。同じ天にあるものなれど、太陽と比べると月の光は目に優しい。そして柔らかくも神秘的でもあるその雰囲気が、多くの人々を魅了するのでございましょう。


 そんな満月に現れた小さな黒点。それが次第に大きく――いえ、宙に現れたのは薄い光の球体に包まれた人影で、どうやら地上へと落下しているようですね……。

 その球体のなかにいるのは女性で、長い髪を振り乱してなにやら暴れていらっしゃるご様子。

 このまま落ちても、そこは高台にある公園。誰に被害が出るものでもなく――と思ったのですが……。



「あ~。腹減ったぁ……」


 運悪く、落下地点には学生服にリュックを背負う少年がひとり。

 高校生でしょうか。ベンチに座っている彼は、グ~と鳴ったお腹を手で押さえています。

 そしてコンビニ袋から取り出した肉まんを食べようと、茶色のマフラーを下げて口を開けたその時――


「ぁぶぼッ!」


 はい、ごっつんこしてしまいました~。

 

 冷たい土の上に倒れる少年。

 頭上から人が降ってきたのです。普通ならば死んでいてもおかしくはないのですが……。


「ぃて~……。なんだ!? 何がぶつかった!?」


 生きておりましたっ! 素晴らしい事です! 危うく、降臨早々で罪なき少年が犠牲になってしまうところでした!


 少年は首を押さえながら見上げますが、そこにあるのは綺麗な満月のみ。しかし、視線を落とすと目の前に倒れている絶世の美女を発見いたしました。


「な、なんだコイツ……」


 気絶をしている彼女の長い髪に白い肌、そして艶やかな唇。まだ幼さは残っておりますが、その整った顔立ちに見とれている様子でございます。


「着物って……コスプレか?」


 ……違いましたね。少年の目を引いたのは、彼女の顔立ちよりもその着衣だったようです。

 何枚もの衣を重ね着しているにょうぼうしょうぞく姿。いわゆるじゅうひとえを身に纏った彼女の姿に、少年は驚いております。

 ちなみに〝十二単〟というのは、何枚もの着物を重ね着するという意味であり、実際に12枚もの着物を重ね着しているわけではございません。


「ぅ……う、ん……」


 なまめかしい声を出し、彼女はそっと目を開きます。そして、目の前に立っている少年と目が合うと――


「貴様っ! あれしきのことで、なぜ私が追放されなければならんのじゃ! だいたい、私にはまだ早いと何度も言ったではないか!」


 ガバッと起き上がり、少年の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶります。


「ま、待て! なんのことだか知らんが、俺はなにもしてないぞっ!」


 彼女のあまりの剣幕に、少年はなす術がありません。と、そこへ――


「ずいぶん騒がしいな」


「お嬢さんたち、こんなところで痴話喧嘩かい?」


 短髪の金髪と、ロン毛の茶髪。見るからにやんちゃで軽薄そうな二人組が現れました。


「彼女をこんなに怒らせて。お兄さん、彼氏失格だな~」


「え? いや、俺、彼氏じゃないです……」


 短髪の金髪に言われ、少年は慌てて首を横に振ります。

 二人組は少年よりも大きくて体格もよい。少年の腰が引けてしまうのも仕方ない事なのでしょう。


「妙チクリンな頭をしておるな。おぬしら、何者じゃ?」


 少年の胸を掴んだまま、彼女は不機嫌に振り向きます。

 その美しさに二人組は驚いたようですが、次の瞬間には卑しい笑みを浮かべました。


「お兄さんの彼女じゃないんだね? だったらさ、俺たちが連れて行っても問題はないわけだ」


「いや~、それはどうでしょう。彼女の意思というのもありますから……」


 ロン毛の茶髪に言われた少年は、愛想笑いを浮かべながら彼女の前に出ようとしますが、彼女がそれを阻みます。


「帰れるのか? 私は月世界へと帰れるのだな!」


 予想外の反応だったのでしょう。目を輝かせる彼女に、二人組は一瞬呆然とします。


「つきせかい? どこの店だか知らないけど、俺たちがそんな着物を着てても平気なところへ連れていってやるよ」


 短髪の金髪が「ひひひ」と笑う。しかし、その言葉で彼女は興味をなくしたらしく――


「なんじゃ、使者ではないのか。ならば去れ。おぬしたちに用はない」


 手の仕草で追い払おうとします。


 それでもめげないのが肉食系男子なのでありましょう(?)


「そんなこと言わずについておいでよ。俺たち、無料で24時間いつでも小説読み放題のサイトを知っているんだぜ。きっと気に入るって……」


 これが流行の口説き文句なのでしょうか? 言葉はともかく、ロン毛の茶髪がとった行動が、再び不機嫌になった彼女の逆鱗に触れてしまいます。


「無礼者ッ!」


 肩に触れられた彼女がその手を叩くように払いました。


「私に気安く触れるとは何事じゃッ!」


 続けて指を二人組へ向けると――


「ほんげえええッ!」


「おんごおおおッ!」


 おかしな叫び声をあげ、彼らは弾かれたように飛ばされていきます。


「ふん。そこで朝まで寝ておるがよい」


 砂場で目を回す彼らに、彼女は鼻を鳴らしました。


「さて、と――」


 ジロリ。と、彼女は少年に目を戻します。


「な、なんですか……?」


 引きつっている少年の震える声。

 普通の人間が、目の前であんなものを見せられては怖気づくのも致し方ないことでしょう。


「おぬしも、『使者』ではないのだな?」


「ええ、まあ……。ご期待のところ、申し訳ないんですが……」


 少年のぎこちない愛想笑いに、彼女は肩を落としながらため息を吐く。


「いや、よいのだ。私の早とちりであった。それにしても――」


 彼女は周りを見回します。


「ここが地上世界か。火を使わずに光を放つ柱に、光を出して動く箱……。話で聞いていたのとはずいぶん違うのう……」


「……え、と。それは、電灯と車のことですか?」


 彼女が不思議そうな顔をしている少年へと向き直りました。


「ほう、そのような名があるのか。どれも月世界にはないものであるから、私にはよくわからん。これからいろいろと教えてくれ」


「これから?」


「うむ。ここで出会ったのも何かの縁じゃ。私が月へと帰るまでの間、そなたには私の世話をさせてやろう」


「はい?」


 おや? とんでもなく上から目線ですね。少年の目もテンになっていますよ。


「ちょっと待ってくれ、月って……あの月のことですか?」


 少年は夜空の綺麗な満月を指差します。


「他にも月があるというのか?」


 首を傾ける彼女に対し、少年は笑みを見せました。


「ははは。絶対に関わっちゃいけない人だ……」


 ものすごくテンパっているようですね。小声ではありますが、思ったことが口から出ております。


「なんじゃ、不服か?」


「とんでもないです! 身に余る光栄に言葉がありません!」


 慌てて繕う少年に、彼女は満足そうに頷きました。


「そうかそうか、そこまで喜んでくれるとは私も嬉しいぞ。ときに、そなた名は何という」


「俺の? あ、いや、私のですね。え、と、ただこうへいと申します……」


「では康平、これからよろしく頼むぞ」


 いきなりの呼び捨てですが……、少年は笑みを絶やさず――


「そうですね。でも今日はもう遅いので、詳細は明日ということで! 今日のところはこれにて失礼いたしましゅ」


 口早にそう言うと、一礼して素早くこの場を立ち去ります。最後の言葉を噛んだところに混乱を感じますね。


「ずいぶん慌ただしい男じゃの~」


 一人残された彼女は小さな息を吐く。そして、夜空に浮かぶ満月に厳しい視線を送ります。


「――おのれババア。いったい何を考えておるのだ……」


 そのつぶやきに答える者はありません。高台の公園を吹き抜ける風だけが、彼女を慰めるかのようにやさしく髪を撫でてゆくのみでありました――。




 周りの新築と比べると、古民家に見えてしまう一軒家。


 息を切らす俺は玄関前で膝に手をつく。

 いつもの帰り道をいつものように帰っていただけなのに……。いきなり現れたコスプレ少女のせいで大変な目に合うところだった。そういえば、せっかく買った肉まんも食べる前に落としてしまった……。

 まったく、夜の僅か五分くらいの出来事のおかげで、今日という日の締めが最低な気分となってしまった。


「あら康平。今日も遅かったのね」


 玄関の引き戸を開けたら、そこにはまだ仕事着姿の母親がいた。

 仕事着といっても作業着やスーツ姿というわけではない。数人の仲間たちと会社を立ち上げ、ファッションデザイナーという仕事をしている母親は、雑誌のモデルが着ているような服で俺を迎えた。

 見た目が若い母親だから、そんな〝ちょっとオシャレな普段着〟も似合っているとは思うが、あいにく俺はそっちの方には全く興味がない。


「母さんこそ、今帰ってきたばかりなんだろ?」


 母親の手には弁当箱。玄関の隣にある自室に荷物を置いて、それを台所へ持っていこうとしたところだったのだろう。

 靴を脱ぐ前に、俺はリュックから弁当箱を取り出して母親へ渡す。


「それで? 冬休みに行く旅行先は決まったの?」


 靴を脱ぐ俺の頭上から母親が質問してきた。


「まだだよ。どこの温泉にするかで意見が分かれてて……」


「温泉って……。スキー場にスノーボードをしに行くんじゃないの?」


「それはしずくきょうろうたちが楽しみにしているだけで、俺のメインは温泉なの」


「ふ~ん、年寄りみたいなことを言うのね。それで、そこの彼女と我が家で会議の延長をするってことか」


「彼女?」


 ぽんっと手を叩く母親を見上げた俺は、その視線をたどって後ろを振り向く。玄関を開いて立っているのは――公園で出会った着物姿の少女だった。


「なッ!? なんでお前がここにいるんだ!?」


 驚いた俺は尻餅をついてしまう。


 言うべきことでもないが、俺は自慢が出来るくらい足が速い。その俺が全力で走って逃げたんだ。それに、何度かふり返ってついて来ていないかの確認もした。だから、彼女がここにいるわけがないんだ!


「十二単なんて古風ね。長くてきれいな髪には似合ってるけど、首もとが寒かったんじゃない?」


 おい母よ。ガッチガチの着物姿を見てその程度の反応かッ!――と言いたかったのだが、驚く俺の口は動いてくれない。


「ささ、上がってくださいな。うれしいわ~、康平が『彼女』を連れてくるなんて初めてなのよ」


 母親はニコニコ顔でスリッパを用意する。


「しばらく世話になる事になった。よろしく頼む」


 我が家に侵入してきた彼女の言葉に、母親は眉をひそめた。


「しばらくって……。康平、あんたたち同棲でも始めるの? まだ高校生なんだから節度を持って暮らしなさいよ。そりゃあ若い時の方がいいとは思うけど、若すぎる母親っていうのはいろいろと大変なんだからね――」


「そんなことあるかいッ、なんの心配をしてるんだよ!」


 あまりのおバカな発言に、ようやく俺は声が出た。


「あ。でも、そうなると私は〝おばあちゃん〟になるのね。おばあちゃんに見えないおばあちゃんっていうのもカッコイイかも!」


 妙な想像をしてはしゃぐ母親。


 そうだ。俺の母親はこういう人間だった……。自分の世界に入り込むと人の話を聞かなくなる母親に、俺は心の底からがっかりした。


「どうもはじめまして。私は康平の母で、ただようっていいます! あなたのお名前は?」


 家に上がった彼女に対し、上機嫌に手を差し出す母親。


「私は月世界の……あ。言ってはならんのだったな――」


 母親の手を無視する彼女は、腕を組んでなにやら考えた後にこう言った。


「私は月の『かぐや』じゃ」


「へ~、『月野かぐや』さんっていうの。お顔と同じで綺麗な名前ですね」


「そなたこそ若々しいではないか。とても康平のような大きな子供がいるようには見えんぞ」


「ふふ。それはよく言われるけど、かぐやさんみたいな美人さんに言われるのはうれしいわ」


 途中で間違いがあるようなのだが、会話は何事もないように進んでいく。

 多少の違和感など気にしないところが女性同士の会話のすごいところだと思う。話の方向が飛び回っているにもかかわらず、会話が成立してしまうのだ。とても男の俺がついていける領分ではない。


「――それじゃ、お部屋は康平の隣が空いているから、そこを使ってくださいな」


 なんですと!? 俺は今、とんでもない言葉を聞いたような……。


「こらこら、本当に泊めるのかよ!? 俺と彼女は関係がないんだぞっ」


 他に行くところがなさそうだから可哀相だとは思うが、さすがに得体の知れない女の子と一緒には住めない。訳のわからない力でさっきの二人組をふっ飛ばしたように、俺までふっ飛ばされたらたまったもんじゃない!


 母親は息をついてから俺に微笑んだ。

 なんだろう。嫌な予感しかしない……。


「カンケイがないのなら、母さんはひと安心よ。さっきはカッコイイかもなんて言っちゃったけど、やっぱり〝おばあちゃん〟になるのは早すぎると思うもん」


 やっぱり通じてないぃぃぃっ!


「そのカンケイじゃなくて! 俺はこの娘とは一切関係がないんだってば!」


 俺はもう一度訴えるが――


「それはわかったわよ。康平の身の潔白は信じてあげるから。それはそうと、かぐやさんお腹へってない? 昨日の残り物しかないんだけど、カレーがあるから召し上がります?」


 母親は台所へと彼女を誘う。


 全然わかってないじゃんか……


「ほほう、カレーとな。それはどのようなものなのじゃ?」


 かぐやという少女も興味があるらしい。スリッパも履かずについて行く。


「マジか……。ほんとうに、あいつと暮らすのかよ……」


 玄関だけに響いた俺の声。それが俺の脱力さを物語っていた――。



 これはこれは、予想に反しておもしろい――いえ、大変興味深い展開となったようでございます。

 降臨して最初に出会った男性と共に暮らすことになるとは……。これは偶然の出会い? それとも運命の出会いなのでしょうか? 私にはわかりかねますが、この出会いが『かぐや』様にとって良き経験となることを願ってしまいます。


 わたくしの名は『ひこぼし』。月世界から参りました『使者』であり、今は『監視官』でございます。

 さてさて、姫様はこれからどのような物語を紡いでいくのでしょうか。

 わたくしも興味が出てきたことですし、しばらく見守ってみることにいたします――。 



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

 遅筆ですので定期的な投稿は難しいと思いますが、読んでくださる方に「楽しい!」と思ってもらえるように頑張りますのでよろしくお願いしますm(__)m

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