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孤影悄然の白銀狼  作者: 丸
第1章 サグネゼルス編
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サグネゼルス編7 アセナードの過去1


 会合を無事に終えた私は案内された部屋のソファに腰を掛け今日一日の事を思い出していた。


(辛く……長い一日だったわ)


 仲間の死、自身も命をいつ落としてもおかしくなかった、全ては自身の無知が招いてしまった事だろう。

 もっと異国の文化、治安、価値観、全てを知っておくべきだった。


(会合だって綱渡りだった。正直、キース様にお会いさえすれば話はつくと思っていた。しかし現実は違った。道中でルーイさんにこの国の現状、価値観を聞かされていなければ機転を利かせる事もできなかった。

 そして何よりアセナードさんの助言が無ければキース様の首を縦に振らせる事ができていたかどうか)


 そこで私の脳裏に今日あったばかりの獣人の顔が浮かぶ。


 年の頃は私とそう変わらないくらいであろう少年。


 ボサボサっとした銀色の短髪にどこか淀みを感じさせる灰色の瞳。まるで感情がプツリと切れているかのように常に遠くを見つめているようだった。


 コルトスと比べて身体は一回り小さく、私より少し背丈が高いくらいの体格。単にサグネゼルスで一番の実力者と言われただけではにわかに信じる事はできないだろう。

 

 だが、事実としてはその少年の強さを目の当たりにして身震いさえ覚えた程であった。


(ルーイさんとは対照的にあの人は私達に直接的な敵意はなかった)


 本人は依頼のため、報酬のため、と言っていたしこの国の傭兵の行動動機とも一致するのは勿論である。


(でも本当にそれだけの理由だったのかしら?)


 確かに私はそれを計算に入れて交渉材料としてポルティアからの資金援助を出した。

 道中で彼もお金が必要だ、と力強く発言したのは覚えているがそれは何のため?生きるために?


「そう言えば」


 交渉が無事成立した安堵感で少し上の空になっていたが彼は可愛がっている飛龍の手当てのために報酬を削っていた。

 獣人が動物を何より愛する種族だとは聞いていたが莫大なる報酬の半分も削るだろうか?


 親殺しのアセナード、その実力はサグネゼルスで右に出る者はいないと言われており誰もが彼には恐怖すると言う。


「でも、悪い人には見えなかったな。お礼もまだちゃんと言ってないし少し話してみたい」


 そう、私は彼の口からは直接何も聞いてはいない。なら直接話して聞けば良いだけの事だ。

 思い立った私はソファから腰を上げると部屋の扉を開ける。


「すみません。バルコニーはどちらですか?」


 王宮内の廊下を歩き近くにいた傭兵さんと思われる人物に私は訪ねた。


「バルコニーですか? それでしたらこのまま廊下を真っ直ぐ歩きますとございますが」


「ありがとうございます。ちょっと夜風に当たりなくなってしまいまして」


「ああ、そうですか。では何かあったら呼んで下さい」


 私は傭兵さんに会釈をするとそのままバルコニーへと向かった。


(バルコニーでコアトルの手当てをするって言ってたわよね。まだいるかしら?)


 突き当たった所に扉が目に入る。


(あの向こうがバルコニーに通じているのかしら?)


 私がそっと扉を開けると心地よい夜風に迎えられ、一人と一匹の姿が私の目に入った。

 ちょうどアセナードさんが怪我をしているコアトルの羽根を手当てしているところだった。

 とても優しい目で献身的に。いかに彼がその飛龍を家族のように思っているかが伝わってくる。


(初めて見た。あんな表情もできるのね)


 その瞳は昼に見た淀みは一切なく透き通っていた。あれが本来の彼なのかもしれない。


「ファナか?」


  急に声をかけられドキッと心臓が跳ね上がりそうになる。


「あ……ご、ごめんなさい。覗くつもりはなくて」


「では何か用か? 悪いが俺の務めはもう終わっている。今はこいつの手当てで忙しいのだが」


「いえ、今日、命を救って頂き会合成功の助言も頂いてそのお礼を言いたくて」


「無用だ。今日一日の出来事は全て依頼を成し遂げるために利害関係が一致していただけだ。だからお前に礼を言われる事はない」


「それでも私が助かったのもポルティアが一つの成果を挙げたのも事実です。

 ですから聞き流して頂いても結構ですので、私がしたいからさせて下さい」


「好きにしろ」


 それだけ言って彼はコアトルの羽根に包帯を巻き付ける。


『グワァッ!』


 その時、コアトルが悲痛な叫びを上げる。

 それもそのはず、彼の包帯の巻き方は明らかに手順を追っていない強引な巻き方であったからだ。


「あ、ダメですよ。そんな変な巻き方したら。折角の綺麗な羽根が変になっちゃいます」


 見ていられなくなった私は彼の手から包帯を奪うように取る。


「お、おい、用が済んだのなら」


「ダ・メ・で・す。大切なお友達なんでしょう。コアトルの羽根が不格好になっちゃっても良いんですか?

 下手をしたら飛べなくなっちゃいますよ? ちゃんとした包帯の巻き方くらいなら私でも知ってますよ」


「ぐっ……」


 飛べなくなると言うフレーズが効いたのか彼はそれ以上何も言い返せなくなる。


「さあ、コアトル、包帯を巻き直すからじっとしててね?」


 目一杯の笑みを浮かべ私はコアトルに不格好に巻き付けられた包帯に触ろうとする。


『ガァァッ!』


「きゃっ」


 俺に触るな、と言う声が聞こえてくるような明らかな拒絶。

 これでは昼間の光景だ。


「言ったろう。そいつは俺以外には懐かない。それにそいつは特にポルティア人を嫌っている」


「ポルティア人を? それはどうして?」


「飛龍狩りだ」


「飛龍狩り?」


 今日だけで何度も耳にしたその単語。まさかコアトルも?


「コアは過去に一度母親と共に飛龍狩りに遭っている。そしてその時に母親はコアを守ろうと必死に抵抗した末に殺された。 そう……ポルティア人に」


「そん……な」


 衝撃が心を襲った。まるで目の前の傷付いた飛龍に心臓をナイフで刺されたかのような。


「そう言う事だ。解ったならその包帯を俺に返して部屋に戻ってくれ。これ以上俺たちの事も詮索されたくない」


 ぶっきらぼうに言い放つアセナードさん。

 その言葉に対し私は俯いていた顔をあげる。


「……そうはいきません」


「なに?」


「私、今コアトルの過去を聞いて凄いショックを受けました。

 私利私欲を目的とした飛龍狩りに巻き込まれお母さんを失ってしまった事、そしてその犯人が我がポルティア人であった事。

 コアトル自身は勿論の事お友達であるアセナードさんにとっても私達ポルティア人は忌むべき存在なのでしょう。

 でも私の夢は世界の協和です。この世界から争いを無くす事が私の生きる理由。

 そんな話を聞いたら尚更ここから立ち去るわけにはいきません」


 私は再びコアトルへと歩み寄る。


「コアトル、ごめんなさいね。それでも私貴方の治療をしてあげたいの。だからお願い。じっとしててね?」


『ガァッ!!』


  月明かりの静かなバルコニーに一匹の怒号が鳴り響く。


 同時に左腕に急激な熱さが迸った。


(え?)


 気付くと私の腕には大きな飛龍の牙が突き刺さっていた。


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