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孤影悄然の白銀狼  作者: 丸
第1章 サグネゼルス編
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サグネゼルス編5 謎の男


(誰だ、あいつは? 少なくともサグネゼルスの者ではない)


 俺は気配と同時に反応したはずだ。それにも関わず姿を消したあの身のこなし、つまりはポルティアの者でもない。


 俺は男の正体を考えなら走っていた。すぐさま王宮護衛の門番の元へと辿り着く。


「アセナードさん! 今しがた何者かが目にも止まらぬ速さで」


「他国の賊だ。そいつはどちらへ向かった?」


「あちらの林の中へ去っていきました」


「承知した。お前は引き続き近辺を見張っていろ」


 答えると同時に俺は走り出した。

 日が落ち視界の悪い林の中だが明らかに誰かが通った跡がある。


(男の正体は不明。だが俺の動きを察知し、すかさず反応できるこれだけの速さがある。かなりの手の者である事は間違いないだろう、となると)


 俺は走りながら精神を研ぎ澄ます。

 耳が尖り瞬く間に聴覚が広範囲へと広がる。

 ナイフのように歯、爪とそれぞれの部位は鋭く鋭利な刃へと変わる。

 身体中の筋肉は膨れ上がり俺の五感は最高潮へと達する。


(僅かながらに残る賊が残した足跡からの摩擦の匂い、この距離ならまだ追い付けるな)


 ビースト化により身体能力の増した俺は加速度を増しどんどん匂いの元へと差を詰める。


「見えた!」


 ようやく視界に捉えられる範囲に男の背中が入る。


(先手必勝!)



 心中で叫ぶと同時に俺は大きく跳躍しその背中へと渾身の力を込めた一撃を放つ。


「なにっ!?」


 男の背中を撃ち抜くはずであった拳は空を切り俺は一瞬何が起きたか分からなくなる。

  何故ならそこに居るはずであった男の姿が俺の目の前には無かったからだ。


「残念だったなぁ。だがそんな殺気丸出しじゃあ例え後ろに目がなくても相手に気付かれちまうなぁ。

 お前は闇討ちってもんを解っちゃいねぇ」


 背後から聞こえる声に俺は慌てて振り返る。

 そこにはつい先程まで俺の目の前にいたはずの男が笑みを浮かべながら立っている。


「躱された……のか?」


「お前はスピードもパワーも間違いなく一流だ。さっきの一撃も喰らってたら完全にアウトだったぜ。

 だけども状況が悪かったなぁ。暗闇で俺のスピードに勝てる奴はそうはいやしねぇ。

 どれだけのパワーがあっても相手に当たらなきゃ意味がないぜ?」


「お前は一体何者だ?」


(こいつ、この姿を見ても俺だと気付いている。サグネゼルスの事を、王宮の事をどこまで知っているんだ)


 冷静な態度を装いつつも得体の知れない相手と攻撃を躱された衝撃に俺の内心には焦りが生じていた。


「まあまあ、そう殺気立てるなよ。俺はお前らにとって悪い存在じゃねぇ」


「そんな戯言信用できるか。お前は何者だと聞いている。目的はなんだ?」


「うーん。悪いがそれはちょっと言う訳にはいかねぇなぁ。俺も正体がバレるとまずい立場にいるんでね」


「ならば吐かせるまでだ」


 掴み所のない男の態度に痺れを切らし俺は再び飛びかかる。


「おっとっ!」


 俺の放った拳はまたも虚しく空を切り男の姿が視界から消える。


(ぐっ!またか、奴は何処へ消えた?)


 俺は暗闇の中辺りをキョロキョロと見回すが男の姿は見当たらない。


「学習しねぇ奴だなぁ。そんなに殺気ムンムンに出してたら行動なんて先読みされちまうってもんだぜ」


 暗闇から男の声だけが響く。

 男と違いこちらからは男の姿が確認できないどころか気配すら感じない。

 いつどのタイミングで何処からどう仕掛けられるか全く予想すら立たない。

 全身に冷や汗が走り遂には己の呼吸音と心拍音以外何も聞こえなくなる。


(何処だ、一体何処から来る?)


「教えてやるよ。闇討ちってのはこうやるんだよ」


 真後ろから放たれた男の声と同時に後頭部大きな打撃音と激痛が走る。


「あがっ!」


 動きに反応する間もなく俺は前のめりに地面へと倒れていた。


「なーに、殺しやしねえよ。さっきも言ったが俺はお前らの敵じゃねえ。でもよ、

 悪いけどこうでもしねえとお前ずっと追っかけてきそうだからな。

 ま、しばらくすれば動けるようになるだろうさ。それじゃあな」


 男は踵を返すと後ろ手を振りゆっくりと歩き出す。


「き……さま……ま……て」



 殴られた後頭部を擦りながら俺はヨロヨロと立ち上がり男を睨みつける。


「なっ? おいおい、手加減したとはいえまともに入ったはずだぜ? 何で起き上がれんだよ、お前」


「ああ、まともに入ったよ。おかげでこのザマだ。だがお前の打撃には重みが足りないな」


「な、なんて頑丈な野郎だ。どうやら手加減なんかしていい相手じゃなかったみたいだな」


「無論だ。お前程度の力では何百発打ち込んでも俺を倒す事は不可能だ」


 後頭部に走る痛みに耐えながら俺は男を挑発する。そう、俺には一つの考えが浮かんでいた。


(あと一撃だ、一撃だけ耐えれれば良い。頼む、乗ってくれ)


「やろう……言ってくれるじゃねーか?

 ならお望み通り何百発と打ち込んでやるよ。お前にゃ俺のスピードを捕らえる事は不可能だからな」


 そう、この男のスピードは異質そのものだ。ビースト化している今の状態でも肉眼で捕らえる事ができない。 だがさっきの一撃で解った事がある。


「死んでも後悔すんじゃねぇぞぉぉ!」


(かかった!)


 男の姿が俺の視界から消える、と同時に俺は頭部へと両腕を構える。

 両腕へと走る凄まじい衝撃に耐えながらも俺は打ち込んだ男の腕を抱える形となる。


「捕らえたぞ」


「なっ!離しやがれ!


「残念ながら俺とお前では腕力に圧倒的な差がある。お前の力では振りほどく事はできまい」


 そう、この男はスピードこそ恐ろしいが打撃の力自体は大した事はない。あくまでスピードを武器に相手の急所に打ち込んでこそ効果が発揮される。


(挑発して冷静さを欠かせれば一撃目と同じく頭部を狙ってくるのは明白。

 来る場所が解っていれば防御も捕らえる事も難しくない)


 未だ俺の固めた腕から逃れようと足をばたつかせる男に拳を繰り出しながら言い放つ。


「お前には欠けてる物が二つある。その力の無さと……頭だ!」


 手応え充分の一打が男の腹部へと突き刺さる。


「ごぶっ!!」


 口から血を吐き出し男は数メートル先まで吹き飛ぶ。

 ぷるぷると足は震え、かなりのダメージを与えたのは間違いなさそうだ。


「……て……めぇ……っ、くっそ……」


「お前のスピードと奇襲攻撃、間違いなく俺が今まで出会った中で一番の使い手だ。

 だが肉弾戦の経験が少しばかり甘かったようだな。

良かったよ。お前が考え足らずに俺の挑発に乗ってくれて」


「……ちくしょお。まんまとお前の口車に…乗っちまったってか……クソッタレ……が。

 でもよぉ、お前も強がっちゃあいるが足に来てるみてぇだけどな?」


「……っ……」


 そう、虚勢を張ってはいるが男に喰らった二発の攻撃は確実に響いている。

 男と同じく俺の両足も痙攣を抑える事ができないでいた。


「へへ…俺としてももう一発喰らったら今度は立ってられる自信がないんでな。ここらで帰らせてもらうぜ。どうせまた会うことになるしな」


「……何? どうゆう事だ?」


「あばよ!」


「おい、待て!一体どうゆう」


 俺は男の方へと手を伸ばすが捨て台詞を吐くと同時に男は闇夜へと消えていった。


(想像以上にダメージが残っている。ましてや奴のスピードだとこれ以上は追えないか)


 男の気配が完全に消え去り緊張感が溶けると同時に俺は地面に膝をつく形となった。


「くそ……奴は一体何者だったんだ。

 俺は本気でかかっていた。それでもこのザマか……

まだまだ世界には得体の知れない者がごまんと存在するという事なのか……それにしても本当に痛いな…

早く帰らねば……コアが心配する……」


 疲労感と痛みが全身を駆け巡ると同時に俺はその場に膝をつき意識が薄れていった。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





『アセナ! しっかりしろ! アセナ!』



「……コア?」



 よく聞き慣れた飛竜の呼び声に俺の意識は覚醒する。


『無事か? アセナ!』


「ああ、すまない……う!」


 起き上がろうとすると後頭部に痛みが走った。


『アセナ、無理をするな。かなりの一打を喰らっている。そのままもう少し寝ておけ』


「ぐ、あいつは一体何者だったんだ」


『俺にも解らん。少なくともサグネゼルス、ポルティア、双方の者ではないな。

 だがお前をこのような目に遭わせた報いは必ず受けさせてやる。

 アセナ、すまなかった。木々が邪魔して助けに入るのが遅れてしまった』


 そう言えばここは王宮間近の林の中。コアの大きい身体では入る事ができないはずだ。そこにきて俺はようやくコアの両翼に目を向ける。


「コア!お前、羽根が」


 コアの羽根は所々に木々の小枝が突き刺さり血が流れていた。

 木々の間を無理やり突き破って来たことが容易に想像できる。


『大した事でない。こんな物は暫くすれば癒える。

だがもしお前を失ってしまったらそれは二度と戻る事はない』


 痛みの引いてきた俺はゆっくりと立ち上がりコアの首元をそっと抱きしめる。


「コア、心配かけてすまなかった。だが俺は必ずお前を一人にはしない。

 あの日に誓った約束は必ず守る。俺達は死ぬ時は一緒だ」


『うむ。もう俺の家族はお前しかいない。だからこそ俺もこの命はお前のために使うとあの日に決めたのだ』


 コアもそっと俺の首筋に鼻先をすり寄せてくる。心地良い体温が鼻先から伝わってくる。


『アセナ、そろそろ痛みは引いたか? 王宮まで戻るぞ。背中に乗れ』


「ああ」


 何分かの抱擁を終え俺はコアの背中へと跨る。 傷ついた両翼を大きく羽ばたかせ夜空へと一気に舞い上がる。


(まさか俺が負けるとはな。だが俺を殺すチャンスはいくらでもあったはずだ。言葉通り奴には別の目的が? それに近いうちにまた会うとも言っていた。奴の正体は一体?)



 男の残した意味深な言葉を気にしつつ俺は王宮へと戻るのであった

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