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孤影悄然の白銀狼  作者: 丸
第1章 サグネゼルス編
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サグネゼルス編4 会合2

  

「ルーイさん、ポルティアのお二人様、王宮へと到着致しました」


 馬車を運転していた男の声に反応しルーイさんが目を覚まし軽く伸びをしながら立ち上がった。


「おーし、着いたか、姫さん、コルトス、ここがサグネゼルスの王宮だ」


 王宮を紹介されつつ私とコルトスも馬車を降りると先に到着していたアセナードさんが出迎えてくれる。


「思っていたよりも早かったな。国王には話はつけてある。だが時間が押している。疲れているところ悪いが早速会合に入ってもらいたい」


「アセナードさん、その……」


「三人の亡骸は王宮にある安置室に移してある。事情も話してあるから安心しろ」


「は、はい。今回の件は本当にありがとうございます」


 言葉を最後まで発しないうちにアセナードさんに返答され私は戸惑いつつも頭を下げる。

 迅速な行動に異国の私の我が儘をすんなり通してもらえる発言力。本当にこの人はサグネゼルス随一の実力者なのであろう。


「こっちだ。付いてきてくれ」


 私達一行はアセナードさんに誘導されるがままに王宮の一室へと案内された。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「これはファナ嬢、本日は遠路はるばるご苦労であった」


 応接室の扉を開けるとテーブルを挟み正面の椅子に深々と腰を掛けている男性が挨拶をしてきた。


「いいえ、とんでもございません。ご無沙汰しております。キース様」


 黒髪の短髪に太い眉、口周りには整えられた髭が輪っか状に揃っていて初見ではやや威圧さを感じる。

 がっしりときた肩幅に胴着のような黒い服を着ている恰幅の良いこの男性こそが、以前にも何度かお父様との会合で見た事のあるサグネゼルスの王・キース様である。私が一人で直接会話をするのは今回が初めてである。


「まあまあお互いに知らない仲ではないのだからそう固くならずに。一先ず掛けなさい」


 その一言を受け私はキース様の正面の椅子に彼と向き合う形で座る。彼の背後にはアセナードさんとルーイさんが控えるように立っておりそれに習うように私の背後にはコルトスが立つ形となった。人払いをしているのか今この場にいるのはこの五人だけである。


「キース様、この度はご多忙な所今回のようなお時間を取っていただき……」


「まあまあファナ嬢、先程も言ったがそう言った固い挨拶は構わないのですぐに本題に入ろうではないか。ポルティアから求められた会合だ。──何が望みかね?」


 流石は一国をまとめあげる王だけあって話が早い。既に概ねのこちらの目的は予想済みと言ったところだろうか?

 私は緊張から渇く唇を軽く舐めて湿らせて言葉を発する。


「では単刀直入に申させてもらいます。此の度ポルティアで行われる予定の六ヶ国の協和会議に出席して頂きたたいと思いそのお話のためこの場を設けてもらいました」


 切り出した私の言葉に他の四人がそれぞれの反応を見せる。

 眉一つ動かさずそのまま立ち続けるアセナードさん。驚いたように目を見開きキース様の様子を伺うルーイさん。後ろから緊張のオーラが伝わってくるコルトス。


 そして、


「なるほど、世界共和とな」


 よいしょ、と掛けていた椅子に深々と背を預ける格好となりキース様は微笑を浮かべる。まるで私を品定めするかのような笑みである。


「ファナ嬢、どうやら本日は会合ではなく交渉と言う事になりそうだな」


「交渉……と言いますと?」


「そのままの言葉だ。私は今のサグネゼルスは良い国だと思っている。確かにポルティアと比べてしまうと難民は多く血の気の荒い民も多い。だがそれは我々獣人の運命(さだめ)でもある。故に民は各々が自分自身の力で今日、明日を生きていかなくてはならない。だが私はそれで良いと思っているのだよ」


「それでも……良い?」


 私は自分の耳を疑った。一国の王が自分の国に難民が溢れていて明日をも知れぬ毎日を送っている。

 その事実を知っていてそれでも良いだなんて。


「そうだ。それでも良い。ファナ嬢、根本的な話をさせてもらうが我がサグネゼルスには貴国程の財力は持ち合わせていない。先進的な技術もはるかに劣っているだろう。

 だが一つだけ貴国より勝っている物がある。それは何だと思う?」


「ポルティアよりも勝っている物?」


「それは、力だ」


 私が答えるよりも早くキース様が言う。


「そこにいるアセナードとルーイが象徴的であるように我が国の民は戦闘能力に長けている。

 この国の全ては力で形成されている。力のある者が勝ち上がり生き残る。その分の報酬も与えている。

 残念ながら貴国のように民全員を豊かにできる程の財力は持ち合わせていないのでな。

 だからこそ勝ち上がった者のみが豊かになる事ができるのだよ。だがそれの何が悪い?

 選出された兵を持つ我が国ならば仮に六ヶ国がぶつかったとしても間違いなく優位に立つことができるであろう。

 つまりは力がある限り我が国は揺らぐ事はない。攻めたければ攻めてくるが良い。

 ファナ嬢、これがサグネゼルスだ。仮に世界共和を結ぶのであれば我が国は唯一の象徴である力を奮う機会を失う。それは我が国の象徴を失うという事になる。

 何故そうなると解っていて世界共和の盟約を結ぶ必要があろうか?」


「そ、それは……」


 キース様の馬車の中でルーイさんに聞かされた話の通りであった。これがサグネゼルスと言う国である。力が全て、己が全て、他人の事を考えている余裕なんてない、それは当然である。 国を治める国王がこうなのであるから。


「すまんすまん、つい熱くなってしまったな。ファナ嬢? 貴国が提案する世界共和の件だが何故それを求める? それを呑む事により我が国にはどんなメリットがある? 我が国の力と言う財産を覆すだけの理由があるのか?

 それを聞かせて頂きたい、それが交渉だ」


(それでもこちらの話を聞く気はあるようね。その辺りはやはり一国の王と言うところかしら。絶対に成功させる、レイル、ヨウ、イク、私に勇気を……)


 先ず私は一の矢を放つ事にした。


「キース様、貴方の国を想う気持ち、国の現状、しっかりと聞かせて頂きました。

 その上でこちらもご提案をさせていただきます」


 私はちらりとキース様の後ろに立っているアセナードさんの方へと目を向ける。

 彼は相変わらず表情も変えずにこの会話を聞いている。


「大変失礼ながらポルティアは財力に溢れており私にその資金の使い道の権限は与えられております。

 先ずは当然ながら世界共和へのご賛同を頂けましたらポルティアからサグネゼルスへの資金援助をさせて頂きたいと思います」


「ほぅ、まあ正攻法だな。だがファナ嬢、我が国はあくまでも力無き民に分配するだけの資金がないだけであって私や後ろの二人のようなそれなりの地位にいる者はそこまで資金には困っていない。

 確かにポルティアからの援助が受けれると言うのはありがたい話ではあるがそれだけでは首を縦に降る事はできんなぁ」


 キース様は意味深に笑みを浮かべ答える。次の言葉を待つように、それで終わりか?と問いかけてくるように。


(だけどここまてまは私の計算通り、私の狙いはキース様の後ろにいる二人、特にアセナードさんにもこの話を聞かせる事だから)


 馬車の中でのルーイさんの話を思い出す。

 サグネゼルスの傭兵達は皆お金を目的に動いている。国への忠義と言う物は無い、と。

 キース様に聞いた話の内容、考え方と丸々一致する。要はこの国はお金に対するウェイトが高いのだ。一部の人間を除いて全員が明日を生きるのに精一杯だから当たり前である。そしてその一部とは今目の前にいる皇族のみ。


 私は再び渇く唇を軽く舐めた。


(忠義が無いのから貴方はともかく後ろの二人はこの提案をどう思っているかしら?)


 更に私はアセナードさんがキース様に亡くなった近衛兵三人の安置、更にはこの場を繋いでくれた事も思い出していた。


(この国を支配しているのは力、そしてアセナードさんはこの国で一番の実力者だと言っていた。そう考えれば厳しいキース様がアセナードさんの意見を取り入れたのも頷ける)


 私は頭の中で情報を整理しサグネゼルスと言う国での常識を逆手に取って考えていた。

 つまり、この場で交渉を成立させるために必要なのはキース様を納得させる事ではない。

 何故ならば恐らくキース様よりもアセナードさんの方が強いからだ。忠義がないのであればキース様もいつアセナードさんに寝首を駆られるか解ったものじゃない。恐らく今回アセナードさん、ルーイさんを護衛につけたのはキース様本人であろう。


 そこまで読みを入れ私は二の矢を放つ。


「はい、勿論それだけではありません。

 この度、キース様に見ていただきたい物がございます」


「見ていただきたい物? それは興味深いな」


「コルトス、例の物を出して」


「はい、少々お待ち下さいませ」


 私の指示によりコルトスが荷物の中からある物を取りだし机の上に置く。


「ファナ嬢、これは一体?」


「はい、こちらの機械ですが映像を映し出す事ができる機械です」


「映像とは? 一体何だ?」


 これには流石のキース様も笑みを崩し訝しげな表情を浮かべる。

 サグネゼルスの文化レベルを考えれば初めて見る機械の塊にしかみえないだろう。

 そう、コルトスが荷物から出した物とは私が作り出したモニターとカメラである。


「こちらのカメラと言う機械で撮った映像をこちらのモニターと言う機械で映す事ができます。

 これにより遠く離れた場所で起きた事柄をいつでも把握する事ができます。現時点にてポルティアでの最新技術により産み出された機械です」


「遠く離れた場所の事柄を把握できるだと? ファナ嬢、それは大きく出ましたな。サヴィアの魔人達でも流石にそんな事はできまい」


「では実際に見て頂いた方が早いでしょう。コルトス、そのカメラを持って廊下の方へと出てみなさい」


「はい、では失礼を致します」


 コルトスがカメラを持ったまま扉を開け廊下へと移動する。

 するとモニターには廊下の様子が映し出される。


「こ、これは!?」


 モニターに映し出された廊下の映像を見てキース様が目を見開く。試験的にカメラを廊下へと設置したコルトスはまた私の後ろへと戻ってくる。


「このように例え無人であっても映像を映し続ける事が可能です」


「ま、間違いない……これはこの王宮の廊下だ。ポルティアの技術とはここまで進化していたのか……」


(このキース様の反応、これは思った以上に効果があったみたいね)


 私はここで用意していた言葉で畳み掛ける。


「キース様、大変残念ではございますが貴国では心無い野盗による飛竜狩りと呼ばれる事件が多発していると聞いています」


「う、うむ……」


「動物と共存し、愛するサグネゼルスではそれはさぞ心痛い事かと思います。

 ですがこのカメラを街に設置すれば映像としてこちらのモニターで確認する事ができます。これを試みるだけでも飛竜狩りの抑制に繋がるかと思います」


「た、確かに……飛竜狩りの件に関してだけは正直私も頭を抱えていたところだ」


 行きの馬車の中でコルトスに聞いた飛竜狩りの話。本当はサグネゼルスでの旅の記録をつける事が目的であったこのカメラであったが私はこれを上手く利用する事にした。


「キース様、もし世界共和の席に来ていただけるのであればこのカメラ、ポルティアの技術をもっていくらでもお作り致します。先程の資金援助の件も勿論の事」


「う、うむ……これは確かに素晴らしい。だが協和を結んでしまったら我が国は……」


「キース様、貴方が仰る通りサグネゼルスの獣人の力はとても素晴らしい物だと私も共感いたします。

 現に私とコルトスは道中にアセナードさん、ルーイさんに命を救って頂きました。

 その力で愛する動物達を、私の願望も叶えて頂けるのであれば国民達もお救いするためにもどうか世界共和の席へとご出席願いませんか?

 サグネゼルスの力とポルティアの技術、この二つを合わせる事により両国の発展、世界の平和へと……」


「そこにいるのは誰だ!」


 そこまで言いかけた時、突如アセナードさんが扉へと駆け寄り乱暴に扉を開け放った。

 突然の事に和もキース様もびくりと肩を震わせる。


「ア、アセナード急にどうした? 交渉の途中だと言うのに」


「今誰かが……」


 突然の出来事に驚きつつもコルトスが扉の向こう側へと出て辺りを見回す。


「誰も居ないようですが? 何かの勘違いでは?」


「いや、俺も誰かの気配を感じたぜ。まあこいつ程バカみたいに早くは反応できなかったけどな」


 続いて廊下の様子を探るルーイさんがアセナードさんに横指を指しながら言う。


「今日の会合はポルティア、サグネゼルスの両国でも上層部しか知らない情報だ。もしかしたら何処かの賊かもしれねぇな」


「私には何も感じなかった。本当に誰かいたのだろうか?」


 コルトスの発言に私も同意だ。そもそも部屋の外に誰か居たとしても解るのだろうか?


「ファナ? 先程言っていたがそのカメラと言う機械で調べる事はできないのか?」


「あ……」


 アセナードさんの問いかけに一同がハッとなる。そう言えば先程コルトスが廊下に設置してからカメラはそのままであった。もし本当に誰かがいたのであればそこに映像が残っているはずだ。



「ファナ嬢、この映像と言うのは時間を遡る事もできるのか?」


「はい、機械自体が無事であれば」


「な、なんと……」


 まさかこの場で早速役に立つとは。

 思いながら私は記録映像をやや戻し五人全員でモニターに目を向ける。


「こ、これは……?」


 そこには確かに映る人影があった。

 口元を何やらマフラーのような物で纏い顔はよく見えないがスラッとした長身に装束のような服装、恐らく男性なのは間違いないだろう。

 その人影はアセナードさんが扉を開ける直前にカメラで拾いきれない程の速度で画面から姿を消していた。


「賊か!ルーイ、この部屋の護衛を頼む!」


 人影の所在を確認するや否やアセナードさんが部屋を飛び出す。


「ア、アセナードさん」


「おっと、お姫様よ、まあここはあいつに任せようじゃねえか」


 呼びかけた私を静止するルーイさん。


「まだ会合は終わっちゃいねえ。それに他にも賊が紛れてるかもしれねぇ。悪いがそれまでは二人共この部屋に待機しててもらうぜ」


 まだ仕事の途中だ、言わんばかりのルーイさんに私は呆然と立ち尽くすだけであった。

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