サグネゼルス編2 出会い
その時…俺は今の状況も忘れその少女に魅入られていた。
後ろで束ねられた長い髪の毛は鮮やかな栗色を放ち薄暗い森の中で一層目立っている。
まるで水晶のように透き通った円らな碧眼、触れば崩れてしまいそうな程に華奢な身体は高貴な装飾品とマントに包まれきらびやかに着飾っている。
歳の頃は俺とそう変わらないであろう。何故このような少女がこんな場所にいるのだろう?
見たところ良家の人間だ。もしやこの少女が今回会合に出席するポルティア人か?
「ウガアアアッ!!」
ビーストの叫び声で俺は我に返った。俺はこんな状況で何をボケっとしてたんだ。見ると獣が少女を庇うようにしていた兵士に飛びかかったところだった。
「っち!」
後ろの少女を身を呈して守ろうとした兵士の腕に野生ビーストが噛み付いたところへ俺は飛び出し横から体当たりをいれる。
「───!!」
俺に不意をつかれた形となった野生ビーストはそのまま数メートル先へ倒れ込んだ。
「えっ? だ、誰?」
突然現れた俺に状況が掴めずに少女は唖然とした表情になる。だが少女に構っていられる状況にない俺は言い放つ。
「早くそいつの血を止めてやれ! 傷はそんなに深くない!」
庇っていた男の腕が噛みちぎられる寸前で俺の体当たりが入ったため男の腕は繋がったままであった。だがその腕からは痛ましい鮮血が溢れていた。
「は、はい! コルトス! 大丈夫!? じっとしててね!」
「うぐっ……ファナ様…申し訳ありません……」
俺の後ろで少女が自分の羽織っていたマントを惜しみなく破り兵士の腕に巻き始めた。
「そこから動くなよ!」
「は、はい!」
突然現れた俺の雰囲気に圧倒されたのか少女は二つ返事をすると、蹲る兵士の肩を支えながら共にその場にしゃがみ込んだ。
それを後ろ目で確認したまま俺は先程突き飛ばしたビーストの方へと目を向ける。
「ウゥ……」
ビーストは俺の方を睨みながらゆっくりと立ち上がる。
馬車でルーイが倒したビーストも大した手練ではなかった。恐らく目の前のビーストも含めて元傭兵であったり武術の経験があった者ではないであろう。
(これならビースト化する必要はないか。それに……)
俺はちらりと後ろで震えているポルティア人を見る。まるで人外の化け物を見るかのようにその瞳は恐怖の色に染まっている。
(目の前で自分の仲間を殺され、傷付けられたらそうなるか。こいつらからすればビーストは皆、化け物、ならば)
俺は素早くビーストへと飛びかかった。
「許せ」
一言小さく呟き躱そうとするビーストの首を両手で掴み反対方向へと捻じ曲げた。
「ウゥ!!」
ビーストの断末魔の叫びと共に一瞬で決着はつき、頭が向いてはいけない方向へと向いたままビーストはその場に崩れ落ちた。
「そ、そんな、我々を赤子扱いしていたあの獣をいともあっさりと……」
後ろで少女に介抱されていた兵士の声が聞こえる。俺は振り向き二人の元へとゆっくりと歩み寄る。
「あ、貴方は一体?」
少女が俺に尋ねてくる。ビーストが倒れたとは言えそのビーストを一瞬で退け俺と言う得体の知れない存在への不安や恐怖は見受けられる。
「俺は」
問いかけに対して俺が返答をしようとしたその時。
「おーい、アセナード。やっと追いついたぜー」
地上から匂いを辿っていたのかルーイが姿を見せた。その姿は今まさに目の前で倒れたビーストと変わらないそれであった。
「えッ!!」
その姿を見た二人のポルティア人が再び恐怖に慄いた。
「おっと、慌てなさんな。俺達は別にあんたらの命なんか狙っちゃないぜ?」
その表情から自分へと向けられた感情を察したのだろう。ルーイは目の前で両手を開きながらビースト化を解き始めた。
一度ビースト化を解けば獣人もポルティア人と見た目の変わらぬ人間である。その姿を見た先程ファナと言われた少女が恐る恐る口を開いた。
「獣人……さん?」
「そりゃあここはサグネゼルスだぜ? 獣人がいるのは当たり前だろう。と言うよりお嬢さん? 今の口ぶりだと他にも俺達以外の獣人にもあった事ありそうな感じだな?」
俺も瞬間的に感じた違和感。彼女が言い放った言葉は以前にもビースト化を見た事があるような口ぶりだ。同じ事を思ったらしいルーイが問いかけてくれた。
「ええ、以前に母国ポルティアで一度だけお会いした事が……でもその時は先程の貴方のように会話する事ができたので」
「ああ、そう言うことか。それはさっきあんたらを襲ったのは野生ビーストだからだ」
ルーイが表情を引き締め言った。
「野生ビーストとは?」
それに対し返答したのはコルトスと呼ばれた兵士だった。マントを巻かれ応急処置を受けた腕が痛々しいがそこまでの深手ではなかったようだ。
「野生ビーストってのは俺達獣人の成れの果てだ。獣人は生まれついた体質で獣に姿を変える事ができる。俺達の間じゃこれをビースト化って呼んでる。そうなる事によって目鼻は利くようになり身体能力も数倍に膨れ上がる。だが、こいつには落とし穴があるんさ」
「落とし穴とは?」
「個人差があるがビースト化には限界があるんだ。時間が経てば経つほどに徐々に自我を失い身体がコントロールできなくなってくる。そしてそれが限界点を超えちまうと野生のただの獣になっちまう。俺達はそれを野生ビーストと呼んでる訳だ」
「じゃあ、先程我々を襲ってきたのがその野生ビーストという奴らと言う事か……」
「ああ、そうだ。野生ビーストに一度なっちまうと二度と戻る事はできねぇ。通常のサグネゼルス人よりも力があるだけに野放しにするのも厄介だ。ましてやあんたらポルティア人ではどれだけ鍛錬を積もうが太刀打ちはできねえ相手だよ」
話を聞いていたポルティア人二人の表情が落胆していくのが明らかに見て取れる。
「知らなかったのは仕方ねえが馬車に大量の食料を積んでたのも良くなかったな。野生ビーストはそこいらの獣と一緒だ。あれだけの食料積んでたら匂いをばらまいて襲って下さいって言ってようなもんだぜ」
「ルーイ、その辺にしておけ」
尚も辛い事実を突きつけ続けるルーイに俺は釘を刺す。
「あ…わりぃわりぃ。つい喋りすぎちまったみたいだな。ははは」
正直見知らぬポルティア人が命を落とそうがここサグネゼルスでは力無き者の良くある末路ではある。
だが目の前で親しい者が死にゆく辛さを知っている俺は珍しくも目の前の二人が少しばかり不憫に感じてしまった。
「そんな……」
ルーイの言葉を聞いていたコルトスが力無く言葉を発した。
「私のせいだ。私が何の予備知識もなく大丈夫だって言ったから、お父様にあれほど言われたのに」
同じくファナが両手で顔を覆う。その瞳からは大粒の涙が零れている。
「ファナ様、ご自分を責めてはなりません。誰がこのような事態を予測できたでしょうか……それよりも」
コルトスが泣いているファナを励ますと俺とルーイの方へと立ち上がり深々と頭を下げた。
「お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。貴方達が来てくれていなければ私もファナ様も命を落としていたでしょう」
今は悲しみよりも事態の収拾が優先、と言ったところか。流石に護衛を任されているだけの事はある男だな。
「私はポルティアから来ましたジュリウス家の近衛隊長のコルトス・リオーナと申します。後ろにいらっしゃるのがポルティア第一皇女のファナ・ジュリウス様です。この度は我が主君であるファナ様の危機をお助け頂きありがとうございました」
頭を下げたままコルトスが続ける。やはりあの少女はポルティアの王族だったようだ。
「そんな堅苦しくしなくて大丈夫だぜ。俺達にも俺達の目的があるから助けただけさ。別に仲良くしよーぜ、て訳じゃないぜ?」
「目的、とは?」
軽い返し方をしたルーイに対してコルトスが頭を上げ不思議そうな顔で尋ねる。
「俺の名前はルーイ。そっちの無愛想な奴がアセナード。俺達はサグネゼルスで傭兵をやってるんだわ。あんた達は今日サグネゼルスの王宮で会合予定のポルティアのお偉いさんで間違いないよな?」
「サグネゼルスで傭兵を務めている方々でしたか。如何にも。本日王宮にてポルティア、サグネゼルス間での和平交渉のため我々は参った次第。しかし、何故その事を?」
「間違いないなら話は早い。今日俺達はその会合が無事に済むように警護をする予定で王宮に向かっていたところだ。そこへあんたらの馬車が倒れてるのを発見してここまで追いかけて来た訳だ。今日の会合が成立しない事には俺達も報酬が貰えない訳でね。あんたらに死なれちまったらこっちも困るって事になっちまう訳さ」
淡々とルーイは話を進めていく。
「なるほど、あくまでも職務の一環として助けて頂いたという訳ですか。
それでも結果としてファナ様をお救い頂いたのは変わりない事実。それには変わりありません」
ルーイから俺達の内情を聞くもコルトスの心情は変わらないようだ。過程がどうあれ自分の主君が無事であると言う部分が何よりも重要という事だろう。見上げた忠誠心だ。
「まあ、そっちにはどう受け取ってもらっても構わないさ。お互いの利害の一致のためにこのまま王宮まで同行してもらいたいってのが俺達の要望だ。悪いがあんたらに拒否権はないぜ?」
ルーイがやや強引に話を進める。今しがた獣人とただの人間の力の差を見せつけたばかりだ。恐らくその辺りの計算も入れての発言であろう。
「同行中のファナ様の身の安全は保証して頂けるんですよね?」
「勿論だ。俺達傭兵は金の上での約束は破らない。今日の俺達の報酬は会合が無事に成立して初めて成り立つ。それまでそちらのお姫様の身の安全は保証しよう」
一頻り続いた会話を終えコルトスは未だに座りながら寡黙を保っていたファナの方へと振り向く。
「ファナ様、ご一緒にお話を聞いていたでしょう? この二人と共に王宮へと向かいたいと思いますが宜しいですか?」
コルトスの問に対しファナが涙を拭いながら言う。
「条件が……あるわ」
「条件?」
今しがたまで恐怖と後悔の念で泣いていたファナから飛び出た意外な一言にルーイだけでなくコルトスも俺も驚く。
「レイルの…イクの…ヨウの…私を守るために命を投げ出してくれた近衛兵達の亡骸を葬ってあげたい。。彼ら三人の亡骸を一緒に連れて行って下さい。それが私が同行する条件です」
「お姫様、何を言ってるんだい? さっきも言ったが俺達は傭兵。金にならない事はしないんだよ。今はいち早く君を王宮に連れて行きたいんだ?そんな金にならない事は……」
「そんな事じゃない!!!」
突然の怒声に俺達は静まり返った。
「三人は……私のために命を投げ出してくれたの……私のために、ポルティアの、いえ、世界の未来のために……私は三人のためにも生きて平和な世界を作らければならないの。でも、このまま異国の地で誰にも弔われずに朽ち果てるなんて不憫すぎる。彼らは誰のために? 何のために命を捨ててくれたの? 私には彼らのその意志を継ぐ義務がある。だから、だから……」
何かを決心したかのような表情だ。つい先程まで泣きじゃくっていた人間とは思えない程の豹変ぶりである。
「彼らを弔い、彼らが如何に勇敢であったかを母国ポルティアに伝えさせてもらうために三人の亡骸も一緒に連れて行って下さい」
ファナは言い放つ。それに対するルーイは一瞬驚いた表情をするも、すぐにいつもの飄々とした態度へと戻り返す。
「お姫様? あ 勘違いしてもらっちゃ困る。さっきも言ったがこれは交渉じゃあないんだよ? あんたらに拒否権はない。俺達の目的のためにあんたらには同行してもらう」
「条件を飲んでくれない限り私が拒否をすると言ったら?」
「そしたら力づくでも連れて行かせてもらうかな? 俺達獣人の力は今さっき見せつけられたばかりだろ。抵抗できない事はいくらお城で育ったお姫様でも解るだろ?」
「もしそうなら……」
ファナはそう言うと自らの腰に下げていた鞘からナイフを取り出し自分の首筋に当てる。
「ファ、ファナ様!何を!」
慌ててファナに近付こうとしたコルトスをファナが静止する。
「コルトス。今私はポルティアの全てをこの肩に背負っているの。どうか貴方も聞いて欲しい」
「どうゆうつもりだい? お姫様?」
代わりに問いかけたのはルーイだ。
「もし、貴方達が力づくで私を連れて行こうとするならば私はこの地で仲間と共に死を選ぶ。このまま私だけ生きて帰っても彼らは浮かばれない。でも私が死んでしまったら貴方達の任務は失敗。報酬は貰えないでしょうね?」
「なるほど。条件を飲まないならばこの場で自害して俺達の仕事を台無しにしようって事か。中々に大胆な事を思いつくお姫さんだな」
ルーイの目じりが上がりその表情に怒気が混じる。
この女、先程までの僅かな会話のやりとりで俺達の目的が報酬である事を逆手に取ってきたか。
確かにこの場でファナに自害をされたら今日の会合は不成立となり俺達の報酬は出ない。
更に言えば俺達傭兵の仕事は一度失敗をすれば信用は無くなり次に今回のような報酬の依頼を受けれる可能性は無くなるだろう。
放っておいて王宮で待機するという選択肢もあるがこの二人がまた野生ビーストに襲われない保証はない。
「会合の警護を依頼されているって事は恐らく依頼主はサグネゼルスの王族関係者ではないかしら? 報酬額もそれなりの物、それを破綻にしても良いの? お金が欲しいのよね?傭兵さん」
尚も言葉で俺達にプレッシャーをかけてくるファナ。この女、どこまで読んでいるのか。
「お姫様よ? あんまり獣人を舐めるんじゃねえよ?俺達がその気になれば……」
「ルーイ、構わないだろう、やめておけ」
静止したのは俺だった。
「アセナード……」
「そんなに意固地になるな。依頼外とは言えそちらの姫様の要望はそこまで大した事でもない。それを受けるだけで同行してもらえるなら問題ないだろう」
「だけどよ、アセナード、わざわざポルティア人の言う事を聞くのも癪じゃねぇか?」
そう、ルーイは他種族を見下す部分がある。いや、ルーイに限らず力に溺れるサグネゼルス人でルーイのような考えを持つ者は少なくない。
「ルーイ、俺は今日の依頼は何としてでも成功させたいと言っただろう? それとも俺を怒らせたいのか?」
だが俺にも俺の目的があるのだ。口調こそゆっくりとしたものであったが双方の鋭い眼光がルーイに突き刺さる。
「い、いや、まあ、お前がそこまで言うならな。悪かったよ」
俺の醸し出した雰囲気に圧倒されルーイも折れたようだ。実際にはやり合うつもりなど毛頭ない。
本気を出した俺とのルーイでは勝敗は目に見えている。
「と言う訳だ姫様。俺の仲間が悪かったな。お前の条件を飲ませてもらう。だからお前にも王宮までは同行してもらう。早くその物騒な物を降ろしてくれ」
それを聞いたファナは首筋に当てていたナイフを腰の鞘へと戻し緊張から解かれたように安堵の息を吐く。
「ふぅ……怖かった」
「よく言う。俺達が条件飲まなかったら本気で喉元掻っ切るつもりだっただろう?」
「いいえ、貴方達は必ず条件を飲んでくれると思っていたわ。利のためなら何でもするんでしょ?」
こちらに笑顔を向けて答えるファナだがその肩は小刻みに震えていた。精一杯平然を装ってはいるが本気で命を絶つ覚悟だったのだろう。
(それだけの覚悟と信念があったという事か。こいつもただの温室育ちのお姫様って訳でも無さそうだな。それにさっきのこいつの瞳)
哀しみを乗り越えようとする力強い瞳。あれはあの時の俺と同じ瞳。
「それじゃあここから王宮までは俺達が乗ってきた馬車で同行してもらう。ルーイ、二人を頼む」
「解った。お姫様の仲間達の亡骸はどうするつもりだ?」
「俺が一足先にコアの背中に乗せて運ぶ。先に王宮に行き国王に事の顛末と亡骸を安置させてもらえるように話すつもりだ」
「なーるほど。それなら話も早く済みそうだな」
ルーイに指示を出しコアの元へと俺が歩き出した俺の背中に声がかかる。
「待って下さい」
振り向くとファナが何か言いたげな表情をしていた。
「さっきは助けてくれてありがとうございました。改めて私はファナ・ジュリウスと言います。ポルティア第一皇女です。でも姫って呼ばれるのは好きじゃないんです。普通にファナって呼んで下さい」
俺に対して深々と頭を下げて改めて名乗るファナ。ルーイとのやり取りに助け舟を出した事を恩義に感じているのだろう。
「アセナードだ」
俺はそう一言だけ発し再びファナに背を向け近くに倒れていたファナの仲間達の亡骸を抱えコアトルが待機している森の外へと向かったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よーし、倒れてた馬車は片付けたし準備はできたな」
森から出た俺達はファナ達が乗っていた馬車を片付け自分達の乗っていた馬車の元へと戻った。
ルーイ、ファナ、コルトスと三人が馬車に乗る。
「アセナードさん?貴方は馬車には乗らないのですか?」
荷台から顔を出したファナが俺に向かって尋ねる。
「ああ、俺にはこいつがいるからな。 コアー!」
俺が空へ向かって一声かけると森の上空で待機していたコアが大きな翼を羽ばたかせながら俺の元へと着地した。
「こ、これは、飛竜!?」
同じく荷台から顔を出していたコルトスが驚いた表情をする。ポルティア人には見慣れない光景であろう。
「人には決して自ら近付く事のない飛竜が何故?獣人は動物と話せると聞くが特別なのか?」
「それは違うな。獣人たって半分は人間だ。あいつら飛竜は近付いてきやしねえ。アセナードとコアトルだけが特別なんだよ」
コルトスに対して光景に見慣れているルーイが説明を入れる。
「まあ、可愛い」
その説明を聞いてか聞かずかファナが荷台から降りこちらへと近付いてくる。
「アセナードさんにとても懐いているんですね。触っても良いかしら?」
言いながら警戒心なくコアの頭を撫でようとファナが手を伸ばす。
「ガァァッ!!」
その刹那、コアが威嚇するようにファナに向かい吠える。
「きゃあッ!」
驚いたファナはその場で後ろに尻餅を着く形となった。
「ファナ様!大丈夫ですか!?」
ファナを心配したコルトスが荷台から降りファナを抱き起こす形をとった。
「はっはっは、さっき言っただろう?アセナードだけは特別なんだよ。それが飛竜の本来の人間に対する行動だぜ?」
こうなると解っていたのだろう。荷台からルーイが意地の悪い笑い声を発しながら言う。
「いたたた、コアトルって言うのよね? ごめんねコアトル、いきなりで怖がらせてしまったみたいね」
当の本人は気にも止めない様子で身体を起こしてもらいながら謝罪を入れる。
「全くファナ様、いきなり無茶な行動をしないで下さい。今見たでしょう。飛竜はそもそも人間には懐かない生き物なのですよ。しかし何故アセナード殿には?」
その問いに対し俺は答えることなくファナの仲間達の亡骸をコアの背に乗せる。
「コア、嫌だろうが今回だけは我慢してくれ。こいつらは亡骸だ。動く事はない。それにこうしないと依頼が遂行できないんでな」
『いいだろう。今回だけだぞ』
他の三人には聞こえない小さな声で俺はコアに伝える。幸い、俺の言う事は聞いてくれるため承諾を得る。
(恐らくこのポルティア人達も先程のコルトスのように忠義に熱い者達だったのだろう。 目の前で親しき者が死ぬのは辛かっただろう)
俺はほんの一瞬だけ悲しげに亡骸を眺めすぐにコアの背に乗る。その瞬間を見つめていた少女の存在には気付かずに。
「ルーイ、俺は先に王宮へ向かう。後は任せたぞ」
「解った。後から追いつくぜ。さあお二人さん、飛竜の怖さも解ったところで改めて荷台に乗ってもらおうか?」
ルーイに促されファナとコルトスの二人は再び荷台へと乗る。
「コア、王宮まで頼む」
『任せろ』
コアは翼を羽ばたかせ上空へと舞い上がる。こいつの背中に乗れば王宮まではそう時間はかからない。
『なあ、アセナ?』
「なんだ?」
空を移動中にコアが俺に話しかけてくる。
『さっきの人間の女だが。何故言う事を聞いたのだ? お前なら構えていたナイフを瞬時に弾き飛ばしルーイの言うように力づくで連れて行く事もできたであろう?』
「見てたのか?」
『うむ。お前に何かあったらあんな木々突き破ってでも助けに入るつもりだったからな』
「やめてくれ。お前の身体でそんな事したらせっかくの綺麗な羽根ももげちまって二度と飛べなくなっちまうぞ?」
『そう言うな。お前が死んでしまって独りになるくらいならこんな翼なんていくらでもくれてやるさ』
「大丈夫だって。お前を独りにはしないってあの日約束しただろ? それよりファナの事だったな」
『うむ』
「あの時の俺と同じ瞳をしていたからさ」
『あの時?』
「まあ、気にするな。ただの気まぐれだと思ってくれ」
『うむ。お前がそう言うならば』
そのやり取りを最後に王宮に到着するまで俺達は一言も発する事はなかった。お互いに過去の想いを胸に秘め。
これが俺とファナの出会いであった。